運命の番には番がいた(平凡オメガ受け)

20:榊原春樹の無意識の本音「この世界に来てよかったことは一つもない」
 繰り返されるαとΩの営み。この世界の常識の教育あるいは桐文隆司というαが信じて求めているαとΩの関係性。
 
 榊原春樹は桐文隆司の言動に衝撃を受けたことを上手く飲み込めなかった。他人に期待して裏切られたと嘆くのは自分本位に物事をとらえすぎていると思ったからだ。
 
 自分は自分で他人は他人だ。
 
 周囲からΩとしての容姿を哀れまれ、侮蔑され、将来を心配されたところで春樹の境遇を誰かが肩代わりしてくれるわけではない。春樹は事実は事実として受け止めて生きてきたつもりだった。
 
 たったの一年でも、それでも、番というものに夢を見ていた。
 
 自分の理解者になってくれる、自分の考えに同調してくれる、そういった相手と出会い番になるのだと「もしも」の話として頭の中で思い描いていた。
 
 運命の番という強制的ともいえる相性がいい桐文隆司との出会いで飲み続けた薬は無駄になり発情期(ヒート)を起こしてしまう。隆司は自分と春樹が番になることを疑っていない。そうではない可能性を見ない。少しでも目の前に出そうとすれば春樹への束縛は物理的にも精神的にも酷くなっていくだろう。
 
 隆司との子に対して積極的な気持ちを見せない春樹に見せている映像はαの手を取らないΩの悲惨な末路やαのおかげで幸福を手に入れたΩの話だ。
 
 αとΩの幸せのために踏みつけにされ続ける人口の大多数に当たるβ。
 
 隆司はαの中でも上の方にいる人種としては優しいのだろうと見続ける映像の中のαと比較して思う。支配的なαらしいαの姿は春樹が逃げ出そうとすると現れる。服を着たり玄関の方を見つめるだけで隆司の一人称が「俺」に変わる。
 
 二重人格というわけではなくメッキが剥がれるように着込んだ余裕が消えうせる。
 運命の相手を待ち続けた隆司からすると春樹と番にならない未来はありえない。二人が愛し合い、春樹が隆司の子を産むことは出会った瞬間に決まっている。少なくとも隆司はそう信じている。
 
 たとえば春樹が結婚はそこまで年の差がない男女がすることが一般的だと感じている、そのぐらいの当たり前の感覚で隆司は自分と春樹がすでに結びついていると思っている。
 
 だからこそ、逃げるための突破口はひとつしかない。
 思い浮かんだとしてもやってはいけないことだと罪悪感で胸が痛くなりながら春樹は選んだ。
 自分を生かすために、自分らしく在り続けようとするために全く関係ない相手に迷惑をかける。
 
 
 
 山田凪が言ったように綺麗になるためのサプリメントと口にしたら隆司はアフターピルを飲ませてくれた。
 Ωとして地味な見た目というのが春樹のコンプレックスになるのは隆司も理解できるらしい。この世界に暮らすαである隆司の方がよほど分かるのかもしれない。飲まなくても十分かわいいし魅力的だと告げながらサプリメントに偽装している薬を取り上げようとはしなかった。
 
 そういった対応を見ると根本的に悪人というわけではないのだと春樹も思うが、隆司を受け止める心のゆとりはない。乳首に穴が開けられるのは自分の人生の中で認められないと春樹は強く感じている。春樹の中にある拒否感に理解を示さない隆司と交渉する余地はない。
 
 頭を撫でられながら繋がっていると愛されて幸せな気持ちになってしまうのだが、中に精液を出されると発情期(ヒート)が落ち着くようで、つい数秒前までの自分の感覚に寒気がする。射精後の賢者モードの虚無感とはまた違う。自分自身の温度差が春樹を混乱に叩き込む。
 
 つけっぱなしのテレビから流れてくるΩのαを求める言葉を隆司に投げかける自分の頭のおかしさが怖い。
 
 発情期(ヒート)、真っ最中の春樹の頭の中にあるのは隆司の陰茎だ。自分の中に入れてもらいたいと強く思う。甘くねだって見せることに羞恥心を抱いても身体は頭の中が真っ白になる快楽を求めて足を開く。αを誘うためにΩは淫らになるのだと解説するアナウンサーの言葉に後押しされるように隆司と繋がるリスクやハードルが下がっていく。
 
 今まで馴染みのなかった性的な行為の連続に身体も心も悲鳴を上げているのに発情期(ヒート)の状態だと身体が人に触れられたことがないなんて嘘みたいに乱れてしまう。
 
 喘ぎ続けて喉が痛んでも、射精し続けて陰嚢の中が空だと感じても、挿入され続けてお尻がどうになったように思っても、Ωの身体はΩのままだ。春樹の体質が変わるわけじゃない。仮に隆司の子を産んだとしても春樹がΩであるのは変わらない。
 
 永遠に延々と続くと思えば絶望ばかりがある。
 だから、その場しのぎであっても春樹には休息が必要だった。
 心も体も一旦、隆司から離れたい。
 
 
「ハルちゃんがずっとここで気分よく生活できるように部屋は模様替えするね」
 
 
 対面座位で微笑みながら隆司は言った。春樹に嫉妬してもらいたいという気持ちが消えたのか、自分の作戦の失敗を悟ったのか、どちらであるのかは分からない。だが、次の段階を見越して動いているのは春樹でもわかった。
 
「今回の発情期(ヒート)で妊娠できなくても気にしないで。優秀なαは妊娠させにくいって統計が出てるんだ。ハルちゃんは何も悪くないからね」
 
 自分へのフォローというよりも自分が優秀だというアピールに聞こえるのは性格が悪いのだろう。春樹は顔を伏せることで自嘲を隠す。
 
「発情期(ヒート)を誘発させる薬があるから、お店に話を通していっぱい子づくりしよう」
 
 優しく囁く隆司に春樹は首を横に振る。好き勝手言い放ちながら相手に自分の提案を飲ませていたチャチャンを思い出す。高飛車な態度には出られなくてもチャチャンの利己的な振る舞いを思い出せば、不思議と勇気が湧いてくる。
 映像で流れているαとΩの関係とは違うものを春樹は知っている。自分がΩであったとしてもαを受け入れるだけの器ではないと強く主張している人たちを忘れていない。
 
 頭が回らない発情期(ヒート)の中でもきちんと自分の足で立っていたΩたちを春樹は思い出せる。
 
「……隆司さんはそれでいいんですか」
 
 冷静な時に切り出すつもりだったが、熱い息を吐き出しながら春樹はこれでよかったと小さく笑う。隆司と繋がっている状況であることで、自分の本音が見えにくくなったはずだと春樹は確信する。意識的に括約筋に力を入れて隆司を締めつける。
 
「隆司さんはβがΩを満足させられるわけがないって、そういうシチュエーションが好きなんですよね。それなのに、このまま俺と番になっていいんですか」
 
 αを持ち上げるためにβを落とす、ある種、偏った内容の映像ばかりを春樹は見せられ続けた。突破口はここしかない。
 
「俺は隆司さんっていうαしか知らないのでβも実はすごいんじゃないのかって、たぶん思います。この世界の人間じゃないから、αとβの違いってよくわかっていないんです」
 
 プライドの高いαからしたら随分な侮辱だろう。どこにでもいるβと同一視されるのは耐えがたいという選民思想が、αにあるのは言葉の端々から感じていた。
 
「お店にいるβが、ラクトさんっていう俺の先輩……隆司さんも会った、俺の服や鞄を持ってきてくれた人」
「……彼が、なんだい」
「実は告白されてるんです」
 
 胸が痛むのは全く関係のないラクトを巻き込むことか、泣きそうな顔をした隆司に対してか。
 隆司は春樹がどんな提案をしようとしているのか察している。
 
「告白を、受けてみようと思います」
「な、なんで……」
「隆司さんが最初に見せてくれた、借金のあるΩの少年と同じです。βであるラクトさんよりαである隆司さんを俺は選ぶんだって、俺自身の身体に教えてもらいたいんです」
 
 隆司が運命に固執するのならそれを逆に利用するしかない。
 
「俺と隆司さんは運命の相手だから誰と比べても俺は隆司さんを選ぶんですよね」
 
 自分の唯一を春樹だと隆司は言い続けた。それと同時にβに犯されていたΩがαに犯されることになった際の表情や反応の差に興奮していた。Ωにとってαこそが番であり、傍にいるのが正しい相手だと証明された瞬間にエクスタシーを感じていた。βを踏みにじるようなΩの姿に支配欲を満たしていた。
 
「αである隆司さんがβのラクトさんに負けるわけがありませんよね」
 
 あくまでラクトを踏み台にして愛を高めるのだと言いたげな春樹。本心など関係ない。
 隆司の陰茎をずっぽりと受け入れて浮気の相談をするわけがない。たちの悪い火遊びの話だ。
 
「俺は隆司さんのところに戻ってきますよ」
 
 この言葉が嘘になるのか本当になるのか春樹自身にもまだ分からなかった。
 逃亡するにも覚悟を決めるにも時間は必要だ。熱に浮かされた状態でこの先の未来を決めることなど春樹にはできない。
 
 運命の番に番がいるのだと聞かされた時点で、春樹に待っているだけで訪れる幸せなど来ないのだ。自分で選んで掴み取りにいかなければならない。自由も、愛も、居場所も何もかも。他人に与えられるものは不安定すぎて春樹の心を臆病にさせる。
 
 相手が自分を攻撃しているわけではないと頭で理解していても傷つけば痛みを感じる。何がつらいのか分かっていながら、つらいまま暮らすことは春樹にはできない。自分を守るのは自分の務めだ。
 
 
2017/09/18
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