運命の番には番がいた(平凡オメガ受け)

19:榊原春樹の決断「それはないって思ったら顔に出ちゃうタイプ」
 βとして生活していた人物が運命の番であるαとの接触でΩになったという、実際の体験談を記録したのか、創作された脚本のあるドラマなのか、わからない映像を見せられて、榊原春樹は自分の中にあり続けた違和感に納得した。
 
 春樹は自分の中に異邦人としての感覚が根強くあった。
 この世界は春樹にとって知らない理屈が当たり前にある場所だ。
 
 元βのΩは春樹の持ち合わせる戸惑いと似たものを持っていた。
 
 βはαやΩの繋がりを他人事にしていることがある。自分たちβは関係のないと哀れんだり嘲ったり羨みながら関わり合いにならないものだと思っている。
 
 春樹はバース性そのものが存在しない世界で生きていたので、このβの感覚もαがΩに思う気持ちも、Ωが社会やαに抱く感情も知識として頭に入れても、本当の意味では理解できない。
 
 バース性にまつわる人々の感情として春樹が連想するのはマイノリティへの差別だ。
 
 敏感な人はすごく敏感で春樹にそのつもりがなくても自分が非難されたと受け止めて過剰な反応を示す。春樹はその背景にあるものを知識として知っているので自分が軽率なことをしたのだと反省して謝罪する。悪気はないのだと釈明することはしない。相手は春樹が異世界から来たことなど知らない。知ったところで気持ちは収まらない。
 
 謝っていても、どこか春樹は「この程度のことで?」と思ってしまうことがある。それが顔に出てしまうことも。自分に否があるとすれば、直せないある種の無神経さだと春樹も自覚している。
 
 
 
 元βがαと意思疎通が上手くいかずに度重なるすれ違いの末に延々とレイプ同然に犯される映像を見せられながら春樹もまた桐文隆司に抱かれた。
 
 自分が無神経で物事を理解しきれないからこうなるのではないのかと春樹は熱に浮かされるような頭で思った。
 バース性にすぐ適応できていたのなら春樹と隆司の間に障害となるものはなかった。
 
 真意はどうであれ隆司と結婚しているお姉さん、山田渚はβであり、隆司目線では恋愛対象外の相手。春樹が子供を産んでも、春樹が隆司と番になっても山田渚は歓迎する。表面上だけかもしれないが確実に二人を祝福してくれる。
 
 運命の番であるαとΩを阻むものなどない。
 そう思っているのが隆司であり、そう思えないのが春樹だ。
 平行線になっていることにお互いが分かっているのに溝は広がっていく。
 
 無修正のAVという非合法に思えるものを堂々と見せるのは、隆司からすると春樹に対する親切心だ。「運命を感じた者同士は必ずこうして結ばれる」と教えるために厚意からしている。脅迫と似たようなものになっている自覚はない。春樹がどうあがいても見せている映像と同じようなことになると伝えてくるのは隆司の感じる現実がそうなっているからだ。
 
 αという上位の人間が支配する社会。
 Ωはいくら保障があるといっても発情期(ヒート)やそれにともなうα誘惑フェロモンなどのせいで社会生活が困難になることが多い。
 
 隆司は春樹が子供を産むことで国から援助を受けられるので得しかないと話す。
 事実であったとしてもお金のために子供を産むなんてことは二十歳になったばかりの春樹には考えられない。
 この世界に来たことでΩになったが、男なので自分が子供を産むということだって違和感が強く恐ろしい。
 
 春樹の恐怖が隆司に伝わらないのかと思えば、そんなに愚かでもなかった。隆司は春樹の困惑を分かった上で運命を信じていた。固定観念のように運命の番と結ばれるのだという気持ちがある。
 
 隆司を異常だと思うとこの世界、バース性自体への違和感が大きくなって異邦人として知らない場所にいる自分を強く感じることになってしまう。それは榊原春樹をとても孤独にする。自分の過去を知る人間がいないこと、自分が好きだったゲームなどがないことで好きなものを誰かと永遠に共有できなくなったこと、さみしさを誘発するものは数多い。
 
 だから、出会いが運命だというのなら嬉しいものにして欲しかった。
 女性の匂いが微かに残るような寝室など最低だ。
 
 
「出会えなかった今までの時間ぜんぶに嫉妬してくれ」
 
 
 隆司はそんな無茶なことを春樹に願う。

 子供っぽくて滅茶苦茶だと春樹が思っているのは隆司も感じたのだろう。ずっと運命の番を探していたのだと口にする。免罪符にならない気持ちを押し通そうとする幼稚さが逆に隆司を憎めないものにさせていた。春樹の中にあるこの世界に馴染めていない自分の責任というものを意識させられ、罪悪感が刺激される。
 
 隆司にとっての当り前を当たり前に感じられない自分が悪いと判断力の低くなっている発情期(ヒート)だからこそか、春樹は思ってしまう。
 
 
「ハルちゃんに、運命の相手に会ったら渡そうと思っていたものがいっぱいある」
 
 
 穏やかに満ち足りたように隆司が見せる各種の道具に春樹の血の気は引いた。同時に罪悪感も消えた。
 
「まずはボディピアスかな? 自分だけのΩだっていうのはうなじだけじゃなくて身体中を飾り付けてアピールするべきだよね。私はハルちゃんに赤い石のついたこれが似合うと思う」
 
 当然のような顔で乳首にピアスをつける話をしないでもらいたいと春樹は思った。お客さんの中にえぐいレベルでボディピアスをつけている人がいなければ春樹は失神したかもしれない。
 
 お客さんの裸を見てビックリするという失礼なことをしたが、その時についていたキャストであるチャチャンが羞恥プレイの一環という演出にしてくれたので問題は出なかった。このぐらいで驚いていたら「SMクラブ下剋上Ω」で働けないと笑いながら言われたのでSM的なことは調べたが、自分がされるなんて想像したことがない。
 
 隆司には自分が求めていることがハードプレイだという自覚がない。見ているAVの内容が内容なので、予想できたことではあるが、春樹は今まで以上に全力で逃げたくなった。
 
 逃げた先の心配ばかりをしていた自分の考えの浅さを反省する。
 逃げてもどうにもならないと堂々巡りの思考に身を浸らせるのは愚か者のすることだ。無駄な時間を使っていた。
 
 春樹は一度自分が達して、隆司に中出しされたことによって発情期(ヒート)状態が落ち着き、頭の中がハッキリしていることを感謝しながら深く息を吐き出した。
 
 頭の中に想像するのはチャチャンの姿だ。春樹と似ても似つかない少女めいた容姿の美しいΩ。男を床に這いつくばらせることを生きがいにしているように見えるチャチャン。決して、相手に主導権を握らせることのない傲慢で高慢ちきで愛らしいお姫様。甘え上手でありながら相手に求めるのは服従というチャチャンの手腕は見せてもらってきた。
 
 
「隆司さん、俺の胸、乳首が嫌いですか?」
 
 
 乳首だけではなく、へそ、陰茎、アナル周り、なんて言いながらボディピアスを並べ立てる隆司に話しかける。できるだけ拗ねたように見えるよう心掛けた。
 
「俺の身体が綺麗じゃないから、俺だけだと満足できないから、こういうのをつけたいってことですよね」
 
 チャチャンならもっと居丈高(いたけだか)だろうが春樹にはこのぐらいが精一杯だ。相手の要求をはねつけるには話術が必要だ。自分がどうしたいと伝えるのではなく相手のやる気を折るところから始める。
 
「お姉さんもですけれど、お店でもΩとして見れたものじゃないってよく言われています。だから、飾り立てないと恥ずかしいって思われるのも仕方ないです」
 
 連日、容姿を酷評されているのは本当のことなので口に出してきて悲しくなってきた。発情期(ヒート)の余韻として感情が高ぶりやすいのかもしれない。涙がこぼれる前に隆司はお宝グッズのようなものをゴミ箱に捨てだした。宝石がついていたり高そうなものもあるので、つけることはないにしても後でゴミ箱から救出すべきだと春樹は冷静に考えた。
 
「違うんだ、ハルちゃん! ハルちゃんは素晴らしいけど、けど」
 
 逃げようとしている春樹を察しているからこそ子供やボディピアスを隆司は求めるのだろう。
 番防止のチョーカーを春樹は店から出るときに外さなかった。今も隆司は春樹のうなじを噛めずにいる。そのストレスから時折、言葉遣いが乱暴になり一人称が「俺」になったりする桐文隆司が現れる。
 
 大人の余裕を持とうとして失敗する隆司に親しみを感じないわけではないが、受け入れられないものは受け入れられないと表明していくべきだと春樹は思った。
 
 桐文隆司のすべてを否定したいわけでも、この世界を嫌いたいわけでもない。
 ただ榊原春樹は自分を押し殺して生きていくことができない人間だった。
 疑問でも違和感でも自分が感じたことを一瞬は騙せても、誤魔化せない。
 
 納得いかないことは納得いかないままで、腑に落ちないという感覚は続く。
 
 人に嘘を吐くことが出来ないと思っていたが本当に嘘を混ぜることならできそうだと春樹は覚えてしまった。
 二十歳になったことで大人のずるさを手に入れたのだろうか。
 
 淡々と逃げるために必要な道筋を春樹は思い描く。他人を巻き込むことも人を騙したり裏切ることも春樹にとって悪いことだったが、背に腹はかえられない。カルネアデスの板、緊急避難としての行動は罪に問えない。この世界でも春樹の常識が通じるのなら、だが。
 
 
2017/09/16
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