運命の番には番がいた(平凡オメガ受け)

11:榊原春樹の発情期(ヒート)「それはそれ、これはこれ」

 目が合って、どちらともなく近づいた。
 
 頭では相手がお客さんの中の遅れてきた一人だと理解している。
 スーツ姿で山田凪と同じような年代。
 年上の男性に少なからず春樹は緊張するが、全身を支配する震えは快楽からだ。
 ウララが冗談のように「濡れるって、わかる」と口にしたことを春樹は思い出す。
 まるで粗相をしたように下着が汚れる感覚に後ずさる。
 
「きみ、は」
 
 声を聞いただけで心臓が跳ね上げる。
 春樹よりも十は年上だろう男の落ち着いた声音に気持ちが浮つく。
 男は足元がおぼつかなくなっている春樹の腰を抱き寄せる。
 
 誰にも邪魔されたくないという本能的な行動なのか、理性などないのに手を取り合って二人で店のプレイルームに入った。
 今日は使用されることのない部屋。
 鍵は春樹のポケットの中。
 声も匂いも外に漏れない部屋の中にはこれからすることに必要なものは全て揃っている。
 
 自分の状態がおかしいと頭の隅で思いながらも春樹は衝動にあらがえない。
 これが薬を飲まないと三カ月に一回にやってくる発情期(ヒート)だと理解しても男の手を振り払えない。
 
 フレームレスの眼鏡と切れ長のまなざし。
 キッチリと着込まれたスーツから普段は真面目でエリートであっても人当たりが悪くなさそうだと瞬間的に判断するが、興奮した男の姿からその印象もぼやけてしまう。
 
「かわいい、かわ、いいっ」
 
 顔を舐めまわす勢いでのキスの合間に男は春樹を褒め続けた。
 胸が詰まる思いがするのは今まであまりにもΩとして不出来であると貶められていたからだ。
 山田凪以外の誰にもかわいいと表現されたことがない。
 春樹からすれば成人する男に対してかわいいなんて表現はからかいにしかならないので構わなかった。山田凪の素朴な小人のかわいさというのも都会に染まりきっていない田舎者の言い換えに聞こえる。
 
 人間不信ではないが、元々春樹は臆病で真面目だ。
 まったくの他人からの指摘でも自分に非があるのなら直せるものなら直そうと思う。
 直すことが不可能な容姿の部分を延々と悪いものとして話題に上げられ続けるのは受け流していても無意識にストレスが溜まっていた。
 仕方がないことだと自分に言い聞かせても飲み下せない不安と腹立たしさはあった。
 
 諦めても開き直りにまで至らない春樹の見た目に関して、男は身体のパーツにくちづけながら「かわいい」と微笑む。
 
 髪型がかわいい、目じりがかわいい、耳の形がかわいい、小指の爪がかわいい、喉仏がかわいい。
 
 春樹は自分のものであるというように舐めて吸って跡をつけていく。
 この幸福感を知らずに生きていくなんてあってはならないと男は春樹に囁いた。
 春樹も強くうなずいて同時に誰とも知らない相手に身体を許そうとしている状況に危機感を覚える。
 男を拒絶しようにも理性はどろりと溶けてまともに働かない。
 
 熱の解放を訴える身体に従って春樹は自分から服を脱いでいく。
 男が乱暴に引っ張って弾け飛んだボタンは後で見つかるだろうか。
 自分がおかしくなっている自覚があっても身体がこれは正しい行動だと主張する。
 男の匂いも体温も心地よくて好ましい。
 
 泣きながら淋しかったと春樹が口にすると男は大丈夫だと力強く抱きしめた。
 出会ってすぐの相手なのに自分の不安をすべて受け止めてくれると感じた。
 男だけは自分の味方だと何も知らないのに確信できてしまう。
 
 肉体だけが先行したなら春樹も壁に頭を打ち付けて自分の行動を阻止したかもしれない。
 心すら春樹は男に持っていかれていた。
 
 慎重だからこそ春樹は元の世界でひとめぼれなど信じていなかった。
 バース性があるこの世界でもαとΩの結びつきは他人事だった。
 薬を飲んでいるので発情期(ヒート)は自分には関係がない。
 だから問題は馴染める職場さがしだ。
 
 ニュースを見て世界と自分の常識をすり合わせて、ときどきは待ち合わせをしていた友人のことを思い出しながら元の世界に戻れるなんていう夢を見ない。
 
 この一年間ずっと榊原春樹は孤独だった。
 親も友人も知人もいない。
 好きなゲームも漫画も見当たらない。
 
 ラクトが大量に持っていたグッズは春樹の知っていたゲームキャラクターだったが、作ったという山田凪はデザイン元を教えてくれなかった。少なくとも山田凪本人が考えたのではなくデザイナーがいるらしい。
 
 心の孤独を埋めるように男は荒々しくも慈しみを持って春樹に触れる。
 男の声、男が与えてくる熱、触れあう肌に幸せを感じた。この世界にやってきて初めて、一番安全な場所に辿り着いたのだと男の腕の中で思う。
 
 自分らしくないという気持ちを蹴り飛ばすような常識はずれの快楽。
 身体中が男に愛されたがっているのを春樹は止めることができない。
 
 こんなにも幸せで満たされたことはない。
 性的な欲求を発散しただけじゃなく精神が安定する。
 一年間ずっと春樹の中にあった孤独感は埋められた。

 
 
「あの」
 
 
 我に返って時間を確認するとすでに翌日の朝七時。
 身体中が痛み、声もかすれるのだが春樹はベッドの上に正座をして男を見る。
 
「榊原春樹、昨日二十歳になりました。……Ωです」
 
 言わなくてもΩなのは分かっているのかもしれないが念のため付け足した。
 男は春樹を抱きしめてキスをした後に同じようにベッドの上で正座する。
 
 裸で情事のあとが色濃く残ったふたりが正座して見つめ合う。
 異様な構図だが十時間前後もっと異様な時間をすごしたので何てことない。
 
「桐文(きりふみ)隆司(たかし)、三十二歳だ。ここには昨日、同僚に誘われて来たのだが……」
 
 頭を抱えて後悔していたのなら水に流して忘れるのが大人だろう。
 キスの余韻も冷めやらぬ中で春樹は淡々と考えていた。
 だが、意外にも桐文隆司は春樹の手を取って「君は私の運命の人だ」と口にした。
 随分と情熱的に「ずっと探していた」と春樹を抱きしめる。
 
 嬉しいのと照れくさいのとこれで様々な意味で安心できると肩の力が抜けた。
 昨晩の異常行動が発情期(ヒート)だというのはこの世界に不慣れな春樹でも察している。
 薬を飲まなかったら定期的にあの状態になってしまっていたのかと思うと寒気が走る。
 薬代が高かったとしても医者の勧め通りに服用していてよかったと振り返って思うほど、理性が飛んでいた。
 運命というのはチャチャンから聞いた「運命の番」「魂の番」というものだろう。
 都市伝説ではなく本当に実在するらしい。
 
 
「私にはすでに番(つがい)がいるんだ」
 
 
 聞き間違いでないとするなら桐文隆司はそう言った。
 事実上の番にはなれないという宣告なのか、これから愛人あるいは二号さんになってくれという願いなのか春樹では判断できない。
 
 気づけなかったが彼の左指には指輪がはまっている。
 既婚者ということなんだろう。
 
 春樹は自分の立ち位置が深夜のバーで意気投合して一夜を共にして交際がスタートすると思いきや相手に奥さんがいると知った女性だと理解した。
 
 幸い、店に出ていたことで首にはαに噛みつかれないよう番防止のチョーカーをつけていた。
 既婚者と番になったわけではない。最悪は免れた。
 発情期(ヒート)に中だしをされると孕んでしまうらしいので懐は痛いがアフターピルを手に入れなければならない。
 
 春樹の考えを知ってか知らずか隆司は更に言った。
 
 
「それでも君に私の子供を産んでほしい」
 
 
2017/08/24
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