運命の番には番がいた(平凡オメガ受け)

6:榊原春樹とαらしくないα「口を開かなければって言われるタイプ?」

 店は思った以上に奥行きがあり、部屋数も多い。
 清掃は大変だろうが春樹は自分が働く場所として安心もしていた。
 やることが多いのなら仕事を首にならないだろう。
 この店を首になったら次はない。あったとしても待遇はここより悪くなる。
 ウララの艶めかしさを目のあたりにすれば自分がΩとして如何に足りないのかが分かる。
 春樹は今までずっと顔の造形について「平凡」「普通」と評価を受けていたのだと思っていた。
 顔立ちも実際、どこにでもい顔かもしれない。
 見苦しいと言われなくても美しいとは言われない。
 髪形や服装を気にすれば「一般人として格好いい」というランクまで上がるかもしれない。
 
 ウララと自分の違いを春樹は空気だと思った。
 
 見た目よりもΩとして生まれ育って少なくとも二十年以上は人から性的な目で見られたウララ。
 人を惑わせる視線や身体の動かし方を知っている。
 誰かに媚びているわけではない。自然と頭のてっぺんから指の先までが何重にも目には見えない魅力のベールをまとっている。
 Ωとして生きてきたからこそ学び取って培った立ち振る舞いだ。春樹はそう分析すればするほど自分の欠点や欠陥が見えてきた。
 
 番(つがい)になる相手を見つける最低条件はクリアしている。
 αとの接触。それが一番、春樹だけではどうしようもないことだった。
 この店に勤めていれば出会いは何とかなる可能性が高い。
 お客さんとしてくるαから紹介してもらえるかもしれない。
 
 αにとってΩらしさのない春樹を求めるレアケースはあるのだろうか。
 
 
 
 廊下は間接照明しかなく転ばないように春樹は用心深く歩いていた。
 初日からドジな奴だと思われたくない。
 ウララが何も言わずにスッと横に避けた意味が分からず立ち止まると誰かに当たってしまった。
 前方から人が来ていたらしい。
 相手も驚いて混乱したのか、なぜか春樹を抱きしめるとそのまま近くにあった扉を開けて電気をつけた。
 
 部屋の電気は間接照明だけではないようで廊下よりも明るい。
 拷問器具にしか見えない道具が置かれていたが春樹は見なかったことにする。
 部屋に入るのではなく明るい中で春樹を確認しようとした相手はきっとαだ。
 
 端整な顔立ちだがウララの放つ香り立つ甘さがない。どちらかといえばストイックな雰囲気の真面目そうな美丈夫。三十代中ほどに見える相手は春樹を上から下まで見た後にまた抱きしめた。
 
「ちょ、オーナー! 何してんですかっ」
 
 成り行きを見ていたウララが手に持っていたファイルで美丈夫の頭を叩く。
 オーナーと呼ばれた彼はウララを春樹の横に立たせて二人を眺めた。
 
「身長はウララの方があるが、わずかな違いだ」
「ええ、それで」
「この残念顔の方が明らかにちいさくデフォルメされた印象を受ける。理由はなんだ」
「春樹くんをかわいいと思ったならそう言ってくださいよ」
「同じ制服を着ているのに、こんなにも違う。理由はなんだ」
 
 オーナーは人と会話をする気がないのか春樹を舐めまわすように見る。
 背中から胸からべたべたと触ってまた抱きしめる。動物に気に入られたような気分で春樹は苦笑する。
 緊張が解けると口も軽くなる。
 
「ウララさんが十頭身なのに横にいるのが七頭身か六頭身ぐらいだからじゃないですか」
「顔のサイズの違いで全体のサイズ感が違って感じるのか。足が短めで顔も幼い作りなことが輪をかけている」
「もう少し大人っぽく見えるようにしないと店のイメージとして悪いでしょうか」
「幼い少年があくせく働くのを見て愉悦に浸る大人が多いから問題ない」
 
 そう言いながらオーナーは春樹の髪の毛を後ろになでつけるように動かす。
 
「髪型を変えるのも働く際のスイッチになっていい」
「ありがとうございます」
 
 オーナーからのアドバイスとして春樹は素直に受け取って頭を下げた。
 その姿に何を思ったのかオーナーは春樹の頭を撫で続けた。頭を下げたまま体勢を戻せないでいるとウララが「オーナーなんなんですか」と不服そうな声を上げる。
 店長代理の方が立場が強いのかウララにオーナーに対する敬いはない。単純に親しいのかもしれない。
 
「姉さんが言う通り、コロポックルのようだと思ってね。働き者の小人であることを期待するよ」
 
 握手に応じながら春樹の頭の中には親切なお姉さんが浮かぶ。
 似ているようには見えないがこの店で春樹が働けるのは彼女のおかげだ。
 
「山田凪、コロポックルを観察するために今月は店になるべく顔を出す」
「あ、榊原春樹です。……コロポックルって名乗った方がいいですか」
「名乗らなくても誰もが君をコロポックルだと思うだろう」
 
 コロポックルはアイヌ語で「蕗の葉の下の人」という意味だ。そこから転じているのか北海道では小人をコロポックルと呼ぶことがあるという。ゲームや漫画のアイテムや味方キャラクターの名前として春樹も馴染みがある。
 
 小さくて純朴だと思われたのだろうと春樹はプラスにとらえたがウララは違う。
 オーナーである山田凪を「春樹くんをバカにしないで。春樹くんだって生きてるんですよ」と批難した。
 庇ってくれているのは分かるが「こんなのでもΩとしてやっていかないとならないんですから」と言われてしまうと思った以上に事態は深刻なのだと改めて思い知らされる。
 
「どうしても番(つがい)が必要になったら凪さんを頼りなさい。凪さん、お金は持ってるから」
「オーナー、それ、自分で言いますか」
「コロポックルに遺産を残して早めに死ぬよ。お買い得だね」
「縁起でもないです。あの、お気持ち有り難いです。長生きしてください」

 春樹の言葉に感動したのか「性格のキツイΩしかいないからこの店に来るの嫌だったけど、しばらくはコロポックルに会いに来るわ」と独り言を残して去って行った。
 
 今までピリピリとした高圧的なαばかり見ていたので自由人なオーナーの姿はαとして意外だった。ウララに聞くとαでもΩでも、もちろんβであったとしてもイレギュラーな人だと言われた。確かにとても独特だ。
 
 
2017/08/12
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