これは優しい殺人だろう【先輩】
※先輩視点。
後輩が太った。
尋常じゃない太り方に危機感を覚える。そんなレベルの太り方だ。
中学のときから人の好意というものを断れないタイプの人間だった。
あいつを動かす魔法の言葉がある
「お前のために言っているんだ」
そう言われるとあいつは反論できない。
自分のためを思って吐き出された言葉はなんでも受け入れないといけないと考えている。
あいつは見た目が平凡で普通で無害だが言葉を額面通りに受け取る癖がある。
心根が優しすぎる。
生徒会の親衛隊に絡まれても学園のルールを知らない自分に丁寧に教えてくれていると受け取る。
馬鹿正直に八つ当たりで絡んできた相手に頭を下げたり詳しく話を聞いたりするので親衛隊のやつらは調子を崩していた。嫌味を嫌味と受け取らない。頭が悪いからじゃない。他人の言動を悪い意味ではなく良い意味にとらえるべきだと思っている。
オレが出て行って何かをするよりも後輩が無害で自分たちが思っていたような人間じゃないと知る方がトラブルが少ないと放置した。きちんと物事を判断できる人間ならあいつが悪いヤツじゃないのはすぐにわかる。
学園に馴染むにはオレの存在は邪魔になる。
だから、生徒会と後輩の関係は放っておいていた。
それがこんなことになるなんて。
「貴様に何の権限がある」
犬や猫に餌を与えるように会長は好意を持った相手を餌付ける。
これは有名なことだ。
犬でも猫でも会長が飼えば太る。
中学のころに人間もまた何人かが太らされたらしい。
急に体重が変動した人間はもれなく会長とかかわりを持ったとされるレベル。
学園内とはいえ人気のある男なのでそいつと付き合えた幸せ太りというやつだとオレは聞き流していたが実際に目の前にしたら看過できない。
「ダイエット中の人間に食い物を渡そうとするな」
「だから、貴様に何の権限がある。食べるか食べないかは」
「オレが決める」
何か言いたそうな後輩の口を押えてオレが会長に答えるとメチャクチャにらんできた。
個別包装のクッキーをチラつかせて後輩の視線を奪うとなんと自分で食べた。
何をしているのかと呆然としていたら後輩が会長に近寄ってクッキーのカスがついた指を舐める。
驚きで後輩を捕まえていた手の力が抜けたらしい。
ほっぺたはぷにぷにしていて性的な対象から遠のいたはずなのに舌の動かし方がエロい。
後輩に自覚はないが身体が敏感で感じやすいし、一生懸命で健気な上に性的なものへのハードルが低い。
自分が他人に性的な目を向けられていると思わないので卑猥な触れられ方をしても勘違いだと受け流す。
舐めるだけでは飽き足らずに会長の指をしゃぶる後輩の頭を思いっきり叩く。
意地汚いと思ったのか我に返った後輩は恥ずかしそうにうつむく。
昨日今日のことではなく会長がこういう風に後輩が動くよう覚え込ませたに違いない。
元々、気が弱くお人好しな普通のやつだ。食欲に突き動かされて人の指をしゃぶろうとする人間じゃない。
会長が口に入れたクッキーを飲み込んでいないことにオレは戦慄した。
放っておいたら指を舐め終わって物足りない後輩に口移しでもしただろう。
すでにオレ知らないところで常習化していた可能性がある。
ここで問題になるのが後輩の食欲ではなく性格だ。
陥れられた。ハメられた。なんてことは思わず、自分がお腹を空いて指を舐めて怒らないどころかクッキーを分けてくれたと感謝する。後輩目線では会長は優しい人だ。あくまでも親切心で自分のために動いてくれた、そう思ってしまう。
抜けてるとかボケてるとかそういうことじゃない。
何事もポジティブに受け取ってその場その場をやり過ごすのが後輩だった。
現実から目をそらしているようにも見えるが違う。
会長はオレへのあてつけや嫌がらせではなくお腹を空かせている後輩のために行動に出ている。
オレの妨害でクッキーを食べれない後輩のためなのでどれだけ異常でも二人の間で考えの違いはない。
オレが会長を腹黒い人間だと考えて悪いようにとっていると後輩が言うとおり、会長はきっと後輩の健康を害しようとは思っていない。
だが、あえてオレは会長は極悪人だと断言する。
後輩のことを好きで後輩を思っての行動だとしても結果として後輩のためにはなっていない。
「俺は俺の与えた物を美味しそうに食べて幸せそうにしているのを見たいだけだ。貴様にそれを止める権利はない」
クッキーを飲み込んでオレが叩いた後輩の頭を撫でる会長。
会長の言い分は正しいし優しいのかもしれない。
だが、後輩の断れない性格を最大限に活用して逃げ場をなくしている悪人だ。
「こいつはダイエットしてるんだから友達なら応援してやれよ」
「友達じゃ我慢できない。愛してるんだ。愛してるから尽くしたいと思うのは当然だ」
「話にならねえ。まだセクハラなスポーツ野郎たちの方がマシだ」
後輩はオレと会長の会話についていけないのかぽかんとアホ面をしている。
まあるい輪郭になっている後輩は愛らしいと言えなくもない。
変態たちの気持ちが分かってしまう自分に若干、危ないものを感じるが無視だ。
オレに邪な気持ちが芽生えようが目的は変わらない。
後輩を以前の体重まで痩せさせる。
昔は骨と皮だけぐらいのぺらぺらな体でオレは片手で持ち上げられた。
中学のころにもっと食べろと言って食べさせていたのはオレだ。
オレの与えたコロッケパンを美味しそうに食べていた姿を思い出す。
たしかにかわいがりたくなるし、構いたくなる。
けれど、何事にも限度がある。
あんなに軽かった後輩が今は両手で持ち上げるにも、相当ふんばらないとならない。
シルエットがクマのぬいぐるみのように全体的にやわらかくふくれている。
触りごこちはいいが元の体型を思い出せば太り方が尋常じゃない。
「貴様は好きな相手においしい、ありがとうって笑いかけられたいという純粋な気持ちがわからないのか!?」
「おいしいはいらないだろ」
「一番手っ取り早い。日に何十回でも味わいたい」
会長がビスケットの一つ差し出すたびに後輩は「ありがとうございます!」と微笑んでもらっていたのだろう。目に浮かぶようだ。
デブの元だと知っても好意から差し出されたものを後輩は断ることはできずに口に入れる。
きっと最初はすぐにお腹がいっぱいになったに違いない。
それでも口に詰め込んでいくうちに会長を見たらお腹が空くレベルに調教されてしまった。
クラスメイトたちがしているエロい感じの調教も問題だが会長の長期的な刷り込みも侮れない。
後輩が物欲しそうな顔で会長を見ている。
なかなかエロい顔だと思うが何も食べさせるわけにはいかない。
期待するような後輩に会長は棒つきキャンディーを見せる。
無意識なのか口を半開きにさせる後輩からよだれが流れそうになっている。
オレはハンカチを後輩の口に詰め込んで手を引っ張った。
太らせて自分の好みにカスタマイズしたい会長と痩せさせたいというか元に戻したいオレ。
敵対状態になるが知ったことじゃない。異常者たちと仲良くする気はない。
握った手がぷにぷにしていてこれはこれで気持ちがいいのは認めはするが会長のしていることを見過ごせない。
副会長には食事を作るならカロリーと栄養を考えるようにと話をつけた。
案外、ちゃんとしている奴で低カロリーの食べ物を作るようになった。
会長から太らせるように指示をもらっていても従うかどうかは本人次第だ。
副会長にとって重要だったのは後輩の口に自分が作ったものが入ること。
それは会長の命令より優先されるらしい。会長にそこまでの権限はないのか、生徒会役員たちが個人主義なのかやつらの力関係は分からない。
副会長が完全な味方と言えるのかは微妙だが目を離すと後輩の口の中にハチミツを流し込んでいる書記に比べればマシだ。
書記は汗や食べ物の汁で顔が汚れているを見るのが好きらしい。
ハンバーガーを食べて口の端につくケチャップなんかに性的な興奮を覚えるらしい。
後輩の食事風景で勃起していると語った書記は間違いなく変態だ。
口にいっぱい頬張る後輩でオナニーがはかどりすぎてヤバイと語る書記は本当にヤバイ。
婚約者がいるから表に出せない性癖を抱えているのか、そのまま社会に出て恋愛結婚など無理だと親が諦めて相手を見繕っているのか謎だ。
卒業後に自分の家の系列会社や自分の秘書になるように生徒会役員たちが後輩に持ちかけている現実はマズイ。
このままでいくとダイエットが成功してもその後に必ずリバウンドが待っている。
オレが目を離した隙に太らされてしまうだろう。
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