順調に育ってしまった俺の脂肪は死亡フラグか? | ナノ

  【後】


 屋上にいる先輩の下に久しぶりに行くと俺を見て目を丸くした。
 どうしたのかと思ったら近づいてきて俺を持ち上げる。
 いいや、正確には持ち上げようとした。
 
「せんぱい?」
 
 もしかしなくても先輩は非力になったんだろうか。
 顔をゆがめている先輩は自分の筋力のなさに落ち込んでいるのだろう。
 俺は励まそうと「チョコ食べますか」とポケットからチョコを取り出そうとして失敗した。
 ポケットの中にもらい物のお菓子が多すぎてばら撒いてしまう。
 拾おうとする俺を先輩が抱きしめて邪魔をする。
 
「オレはこの菓子を踏み砕きたい」
「せんぱいって強暴」
「菓子に罪はない。わかってる」
 
 ちょっと涙声の先輩に「どうしました」と聞いても「オレがこんな学校を紹介したから」と言うばかりで答えてくれない。
 しばらくして落ち着いたのか俺と先輩は座り込んで向き合った。
 なぜか先輩が俺の手を握っている。
 すぐ近くにあるチョコが取れない。
 目にチョコやおせんべいが映ると食べたくなる。
 先輩が真面目な顔で「俺の話を聞け」と言ってくるので何とか意識を散らばっているお菓子から先輩に戻す。
 
「お前は自分が殺されかかっているのに気付いてるか」
「またまたせんぱいはいつも大げさです」
「相手は複数だ。おまえは自分で自分の身を守らなければいけねえんだ。わかるな?」
 
 先輩がちょっとおかしいのは今に始まったことじゃないので適当に話を合わせることにした。
 うなずく俺に言い聞かせるように先輩は「ダイエットしろ」と口にする。
 
「もうしてるって言ったじゃないですかー。人の話聞かないなぁ」
「痩せるどころかどんどん太ってんじゃねえか! 馬鹿か!!」
「馬鹿じゃありません。毎日、温泉プールで泳いで痩せるっていうマッサージとかツボとかやってます」
「運動が出来てたらこんな肉が育ってるわけねえだろっ。肉っ、肉めっ」
 
 先輩が俺の服の中に手を入れてきた。
 そのまま腰の肉をつかんで軽く引っ張る。
 肉を憎めと言われても肉だって自分の体だ。
 憎んでどうにかなるはずもない。
 
「サウナも入ってます」

 先輩はよく努力を見せろと言うので俺は挙手してダイエットをしていると訴える。

「ちょっと、今日食べた物を言ってみろ」
「えっと、朝に副会長に豆乳? 練乳? 入りのスムージーを作ってもらって」
「豆乳と練乳は全くちげえから」
「昨日の夕飯の残りの豚の角煮を丼にしたやつとチキンサラダとレアチーズケーキを食べました」
「朝からガッツリ食ってんな」
「俺はせんぱいと違って友達の部活の練習に混ぜてもらってるんです。朝から走ってます」
「食ったもの全部吐きそうだな」
 
 先輩のひどい相槌にもめげずに俺は今日、口に入れたものを並べていく。
 
 朝は走り込みの後に食堂に行ってラーメン。
 角煮丼を食べたせいで食堂のシャーシュー麺が恋しくなった。
 ラーメンを食べていると会長がやってきてチョコとコーヒーのムースを奢ってくれた。
 なめらかな舌触りと甘くない生クリームが絶妙でおいしかった。
 ラーメンでしょっぱくなった口の中がさっぱりした気分になる。
 
 そして、今日は授業には出ずに生徒会役員室に行ってみんながお金を出し合って俺のために買ってくれたダイエット器具を使わせてもらうことにした。朝に会長と会うと大体こうなる。
 どれを使ってほしいと具体的に言われることはないけれど一人では出来なかったり逆にひとりで揺れ続けるようなものを俺が選ぶと会長は嬉しそうにする。
 
 ロデオマシンに乗ると特に嬉しそうな顔をするので疲れるけれどがんばっている。
 
 今日もロデオマシンに乗って息切れしてぐったりとした俺だけれど会長は優しく汗を拭いて着替えさせてくれた。
 その上、牛乳にハチミツを混ぜたものを人肌ぐらいにして俺に哺乳瓶で飲ませてくれた。
 膝枕された状態とはいえ普通に飲み物を飲むとこぼしてしまう可能性がある。
 それを考えると哺乳瓶は画期的だ。
 俺が吸いついて飲んでいかなければこぼれない。
 ちなみに中身はチョコドリンクにしてくれることもある。
 どちらにしても甘くておいしい。
 
 昼には副会長が重箱をいくつも持ってきて俺に味見を頼んでくる。
 副会長の趣味が料理であり俺の三食を作ってくれる。
 食堂で食べたい時もあるが副会長のことを思うと作ってくれている料理を断れない。
 でも、友達は副会長だけではないので食堂でクラスとの友達と食べることもしたい。
 そんな俺の出した結論は副会長の料理も食べて食堂で話しながらクラスの友達とも食べることだ。
 
 副会長にもそれを伝えているので昼前に授業を抜け出して俺にご飯を届けてくれる。
 場合によっては早弁ということで教室で授業中に食べることもある。
 大きな音を立てていないからか注意されたことはない。
 
 副会長の重箱の中身は醤油漬けにしたマグロの乗ったチラシ寿司だった。
 マグロは生徒会室の冷蔵庫に置いていたらしい。
 ほのかに温かな酢飯と冷たいマグロ。
 おいしくてどんどん食べれた。
 彩で散らされているサヤエンドウが学園内で作っているというのを聞きながらアジフライの肉厚なことに感動する。
 いつも通りにおいしい副会長の料理を完食して食堂に向かった。
 なぜか会長もついてきたので一緒に食べようということで白いカレーとピザを三種類頼んだ。
 同じクラスの友達は会長がいるせいかあまり食べなかったので仕方なくほとんどを俺が食べた。
 会長は小食なので俺が一口食べたピザの切れ端でいいと言う。
 副会長が用意したマグロを少し食べたりしたのでお腹がいっぱいでもしかたがないかもしれない。
 デザートは季節のアイス盛り合わせだ。
 会長は俺が食べている姿を嬉しそうに見ていた。
 
「んで、夕飯はまだとしてもちまちま食ってんだろ?」
 
 ポケットから落ちたままのお菓子に視線を向ける先輩。
 いま語っていない間、授業と授業の間の休み時間にみんながくれるのでついつい一口チョコやおせんべいを食べてしまう。
 でも、運動しているから大丈夫だ。
 先輩は神経質すぎる。
 
「運動しててもそんだけ食ったら太るに決まってる、ってか運動後に食うとか太らせるためにやってるとしか思えねえ。周りに嫌われてるんじゃねえの」
「そんなことないです。みんな俺のダイエットを応援してくれていろんな方法を探してきてくれて、試そうって」
「たとえば?」
「胸の脂肪に物をはさんで上下に動かすとか?」
 
 俺の答えに先輩は「パイずりじゃねえかっ!!」と叫びつつ床に転がった。
 声がひっくり返っているのかいつになくハスキー調で「ふざけやがって」と言いつつコンクリートの地面を叩く先輩。
 これがご乱心ということなんだろう。


 しばらくすると落ち着いたのか先輩は顔を上げた。
 俺がお菓子を食べていたことを責めるようにジッとにらんでくる。
 
「ダイエットするぞ。オレが監視する。誰にも、お前にもお前のことは任せておけない」
「せんぱい、そういう面倒なこと嫌いじゃないですか」
「急に太って病気にならないわけがない。オレはもう決めた。お前が泣いても叫んでも厳しく接する」
「でも、副会長やみんなが」
「気にするな。一緒に食事できない、作った料理に手を付けない、それだけのことで壊れる友情なら初めからなかったってことだ」

 きっぱりと断言して先輩はまた俺を抱きしめた。
 まだどこか泣いている気配がするが俺はそこに触れないでおいた。
 
「あのクソ会長は豚を作るのが好きな変態だ。中学で有名な噂を信じなかったせいでこんなことになるなんて」
 
 豚を飼っているかはともかく会長が豚を好きなのは本当だ。
 実家の部屋に豚のキャラクターの小物なんかが大量にあった。
 俺にもピンクの豚をモチーフにした服をくれた。
 太った俺を馬鹿にしたわけではなく好きなものだからと着ぐるみパジャマや普段着に出来るパーカーなどいろいろともらった。
 会長は優しいが俺の健康状態を本気で心配してくれる先輩を無下にも出来ない。
 どうやって今日の夕飯をすでに作ってくれているだろう副会長に説明をするのか考えながら俺は無意識に包装をほどいて口に運ぼうとしていたお菓子の処遇に迷った。
 
 ダイエットと言っても先輩のことだから明日からかもと思ってチョコを口に入れてしまった。
 先輩がチョコを奪おうとキスをしてきたけれど、事故みたいなものだ。俺の口の中からチョコを除去するためなのか激しく舌を動かされて身体が震える。ずっと屋上にいるからだろうか。運動をしていないのに体が熱い。

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