俺の彼氏がいちばんかわいい | ナノ

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 卒業後の進路の話になった。
 
 生徒会役員たちはほどほどに仲がいい。
 顔を合わせていて無言ということはない。
 作業しながらちょっとした雑談ぐらいする。
 
 どこの大学を受けるのかは中学のころから大体みんな決まっている。
 中には起業しながら大学生をするつもりの人間だとか、各種資格をコレクションする予定だというやつがいた。
 目標があると大学生活も楽しいだろう。
 俺は小海烏と一緒に居たいという短期的で長期的な願いしかない。
 今後の目標だと言い切るには俺だけの努力でどうにかできることなのか分からない。
 
 
「会長、マンションとか持ってないの」
「はあ?」
「共同出資でマンション買って今の寮の延長で暮らしたいって話してたんだよ」
「会長の親戚から買うなら手抜き工事とか不当な中抜きとかないでしょ」
 
 唐突な生徒会役員たちの言い分に俺から出てきた言葉は「詐欺か?」だった。
 共同出資ときたらお金を集めて消えるイメージしかない。
 詐欺師の常套句ではないのか。
 
「会長がマンション持ってたら俺らでリノベーションしたりして大学卒業したら別のやつに売ればいいし」
「学生寮を自分たちで作ろうぜってこと。家事をやってる時間は惜しいけど個人で頼んでたらお金がいくらあっても足りない」
「共益費として集めたお金で寮母さんとかを雇おうって」

 言わんとすることは分かる。
 一人暮らしの状態になっても寮レベルでありたいというワガママだ。
 学園は半年に一回、意識調査アンケートで生活における時間の使い方を聞いている。
 家事に時間を使いたくないという意見と対人関係にわずらわされたくないというのが毎回上位にくる悩みだ。
 
「駅チカでマンションまるまるひとつが俺たちのっていうのが理想」
「古い物件でオートロックとかセキュリティが微妙でも誰かにあたらしく作らせりゃあいい」
「立地さえクリアしてたらなんとかなるよな」
「ただまあ乗り換えは二回までだよ」
「大学に近いより駅に近い方が総合的に使えますね」
 
 生徒会役員たちが盛り上がっているのはその場の思い付きか実際にやるつもりなのかは知らない。
 ただ俺には気になるワードがあった。
 
「駅チカってなんだ」
「意外と会長って俗語にうといよね」
「前後の会話から駅に近いという意味はわかる」
「それ以上の意味って何? 駅チカは駅チカじゃん??」
「それに何の得があるかって聞いてんだよ。駅チカだったらなんだっていうんだ」
「ちょっと待って! 駅チカが駅に近い物件だってわかってるのに何で会長が納得できないのか俺たち全員わかんないから!!」

 駅に近いところに自分の家があることの利点。
 
「駅の周りは栄えているってことか?」
「まあ基本は商店街あったり駅ビルは使えるショップが入ってるもんだね」
「通販でよくないか」
「その日に必要なものを駅ビルですぐそろうのは利点でしょ」
「デパ地下グルメとか好きです」
「今は駅ナカもいいですよね」
 
 生徒会役員たちは駅に詳しい生き物なのか駅のよさを語る。
 俺の知らない世界の話だ。
 そこで、ふと気づいてしまう。
 今まで考えもしなかった可能性だ。
 
「お前たち、もしかして電車で移動することを前提に話しているのか?」
「逆に会長は違ったの!? なんで?」
「電車に乗る理由がない」
「電車は都内の優れた移動手段だよ」
「会長は実家の最寄り駅って」
「知らないな。今まで駅に行った記憶がない。……そもそも電車を使った覚えがない」
 
 電車が交通機関として優秀なのは間違いない。
 だからこそ、満員電車というものが発生する。
 
「ちょっと待て! お前たちは満員電車に乗って大学に通う覚悟をしているのか!?」
「それ、沿線に寄るよね。混む方向とは逆路線に乗れば言うほどつらくはないよ」
「乗車率百二十パーなのにか!?」
「全部が全部ってわけじゃないってこと。ココからココの区間が激混みって感じで」
「会長に縁がなかったのはわかるけど、大学にどうやっていくつもりだったの? タクシー?」
「徒歩で十五分以上になる場合は誰かしらの車かバイクだな」
「さすが瑠璃川っ。運転手つきの車なんて余裕ですかぁ、そうですねー」
「うちのじゃなく、知らないヤツだ」
「知らない奴の車に乗るのぉ!?」
「寮で生活しているから外に出る機会自体が少ないが」
「そういう問題じゃなくて会長、だいじょうぶ? マジでだいじょうぶ??」
 
 会計を筆頭にして生徒会役員がジッと俺を見つめてくる。
 居心地が悪くなって目をそらすと俺を仲間外れにするようにしてヒソヒソと話しはじめる。
 こいつらは以前からこういうところがあってイラっとする。
 人のコネをあてにしたくせに失礼なやつらだ。
 
「駅に歩いて行ける物件なんて掃いて捨てるほどあるだろ」
「もう俺たちの新居の話じゃなくて会長が拉致られた過去持ちじゃないのかって、話題そっちだから」
「訳の分かんねえこと言ってんな。俺が拉致られてたら今ここにいる俺はなんだ」
「傷物」
「貫通済み」
「ショックによる記憶喪失」
「理解できんが不名誉なことを言われてる気がする」
 
 電車に乗ったことがないだけでここまで馬鹿にされないといけないなんて知らなかった。
 
「そういえば話は変わりますけど、カモメはヒッチハイクで旅行するの好きですよね。外国とかを」
「バックパッカーってやつだっけ?」
「親に見知らぬ土地でパスポートとちょっとのお金持たされてどうにかして日本に帰ってくるように言われたとか」
「路銀を貯めるためにしてたバイト話が結構面白いよね」

 初めて聞いた小海烏の情報に自信満々で運動神経がいい理由がわかったが笑って話せる生徒会役員たちの神経が分からない。
 大変な生活をして今がある小海烏への愛情はとどまることを知らないが笑いごとじゃない。
 
「カモメは何かあっても腕力で物事を解決しそうですけど、会長は」
「副会長、さっきから俺にどれだけ喧嘩を売れば気が済むんだ?」
「ケンカを売っているのではなく本当に心配しているんです。あなた、電車に乗れるんですか」
「公共機関を使用できない人間がいるのか?」
「切符を買えるのか、ICカード乗車券を使えるのか、乗り換えができるのか、そんな話じゃありません」
「じゃあ、どんな話だ。満員電車に押し込められて途中下車できない悲しみへの対処法か?」
「それもですけど」
 
 副会長が会計を手招いて耳打ちする。
 
「会長ちょっと来て」
 
 会計に手を引っ張られて立たされた。
 書記や庶務や補佐だちが俺を取り囲むようにして立つ。
 
 手が吊り革をつかむように上にあげられているので満員電車の再現だと反射的に分かったが、問題はそこではない。
 生徒会役員たちが問題は違うと繰り返していた理由がわかった。
 
 生徒会役員たちを突き飛ばして俺は走る。
 今まで電車について考えていなかったので思いつきもしなかった。
 
 小海烏はかわいい。
 どこからどう見ても美少年で背後から見る後頭部の形すらかわいい。
 柔道有段者特有の耳の形をしていてもユニセックスな魅力がある。
 大きめの瞳が釣り目気味なせいで特別庇護欲をそそるのかもしれない。
 
 俺にとって未知なる交通機関でも生徒会役員たちにとっては違うという。
 ならば小海烏にとってもまた電車は馴染んだ交通機関だと思うべきかもしれない。
 
 風紀委員長と何か話していたらしい小海烏を見つけた。
 俺は自分の中にある疑問を抑えきれずに吐きだした。
 聞かずにはいられない。
 
「カラス、痴漢されたことある?」
 
 
 
2017/07/11

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