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04:マクラの所在地を確認すると俺の部屋には居なかった。
 マクラの所在地を確認すると俺の部屋には居なかった。
 なぜマクラが反抗的なのか全く理解できないのでシステムに問いかけた。
 
「マクラは俺が気に入らないのか?」
【まさか好かれていると思ってました? まさか!?】
「獣人は共同生活体の働き頭である存在を尊敬し敬う文化があると言っていたのはシステムだ」
【群れにおけるボスは格好いい、素敵って思うので雇用関係でも婚姻関係でも家長に従う傾向にあります】
「格好いい、素敵とマクラが思っているように感じない俺に問題があるのか?」
【いいえ、王子の感性は真っ当です。今の状況で自分が愛されていてお互いに幸せだと思い込めるのでしたら病んでいます】
「それはつまりマクラは俺を格好いい、素敵と思っていないことを肯定しているのか」
【もう、王子ってば分かりきってるじゃないですか】
 
 あえて断言しないシステムに苛立ちはしない。
 ただ焦りはある。
 
「俺が家長であるという認識をマクラはしていないのか? だから」
【それはありません。王子に所有されていると思っているのでお出かけしても部屋に戻っています】
「じゃあなんで」
【王子、逆ですよ。どうして自分が気に入られる存在だと思えるんです?】
 
 質問を質問で返されている。
 システムはときに非論理的な言葉を投げかけてくる。
 これは無意味にこちらの感情をあおるのではなく問題解決のためのヒントだ。
 システムの言葉を理解できない人間は無能であり発展性に乏しいことの証明になる。
 昔は人間の正しさを証明しないシステムの答えに不信感を持ち否定的な人間もいたらしい。
 だが俺はそんな低レベルな人種とは違う。
 自分の中にない意見を一方的に否定するのは了見が狭く人としての器が小さい。
 自分を絶対正義として自分に従わない人間を片っ端から処刑するという奇行を繰り広げた王の国は半年もせず滅んだ。
 システムはよく他人の言動を見て、自分の言動を確認するように言っている。
 他人とは自分自身を映し出す鏡である。
 
 そこで俺はシステムの問いかけについて考える。
 俺がマクラに好かれていないのはシステムの目から見ても間違いないらしい。
 どうして好かれないのか聞く俺に対してシステムはどうして好かれていると思うのか質問を返してきた。
 つまりそれは俺がした質問の前提がおかしいので質問として成立していないということになる。
 非論理的なのはシステムではなく俺自身。
 
 他人が自分を映す鏡だとするならシステムを非論理的だと感じた俺こそが非論理的な言葉を発したということになる。
 この考えは間違ってはいないだろう。
 
 一番初めに口にした「マクラは俺が気に入らないのか?」という質問には「マクラは俺を好きなはず」という前提を無意識に盛り込んでいる。それを見抜いたからこそシステムは「まさか好かれていると思ってました?」と返した。
 
 俺は前提を入れた理由をシステムから聞いた獣人の基本思想からだと説明した。それはシステムも否定していない。一般的な獣人は雇い主や所有者に敬意を払うし好意的であるのは事実だからだ。システムはいつでも正確だ。
 
「つまりマクラが一般的な獣人の価値観にとらわれない例外的な個体だということか?」
【いいえ、それは否定します】
「マクラ以外の獣人でも俺を気に入らないというのか」
 
 口にしてから思い浮かんだのはクリーム色の大きなウサギの耳だ。
 ハッキリと怯えられ拒絶されている。
 
「なぜだ?」
【人のふり見て我ふり直せ。人の悪い癖を自分もしてないか己を振り返ろうという言葉ですが、人の良い癖を真似るのにも使えるのでは?】
「獣人と良好な関係を築いている人間に学ぶべきということか……」
 
 システムは高度な演算処理で未来予測を可能にする。
 だからこそ、システムは過去あったこと、現在ある事実しか断言しない。
 マクラの気持ちや獣人の精神構造について俺に一から説明しないのは未来の不確定要素を排除してしまうからだ。
 俺が今後ともマクラに好かれていない状況が継続するのならシステムはそうなった原因を解析して説明してくれるだろうが、未来は確定していない。
 俺の行動によってこれからマクラの対応が変わる可能性。
 だからこそ、システムは他人を見るべきだと提案する。
 
 未来は枝分かれする複数の可能性の束だ。
 望む将来に対してどう行動するべきか具体的な答えを出してしまえば、未来は限定される。
 少なくともシステムはそう判断している。
 システムが思いつく以上の幸福が存在することも視野に入れて発言している。
 
「マクラが俺の部屋にいないのはおかしいか?」
 
 俺のそもそもの考えを振り返る。
 マクラは部屋から自主的に抜け出している。
 俺の部下やウサギは問題じゃない。
 マクラの反抗的な態度に疑問がある。
 
【何もおかしくはありませんとしか答えられません】
「マクラの行動は獣人として逸脱したものではなく正常な判断だと仮定すると俺の考える前提が間違っているということになる」
【王子が考える前提が「人間に何をされても獣人は人間を愛し寄り添うものだ」というものなら間違っているとお伝えします。獣人は物事を深く考えない個体が多いとはいえ、それは愚かではなく寛容であるだけです】
 
 そこまで人間上位の考え方をした覚えはない。
 だが、システムがこういう言い方をするということは俺の言動がマクラに間違った伝わり方をした可能性があるということだ。
 交流らしい交流はベッドでのものが主だというのに気持ちのすれ違いが発生するのは何故だろう。
 
 一旦システムとの議論を止めて俺は現在のマクラの所在地に向かった。
 マクラがいたのは部下のアパートだ。
 ちょうど帰宅しようとしている部下を伴ってアパートに入って俺は驚いた。
 俺が壊した扉が修繕補強され、物凄く高度な警備システムが導入されていることは紙面で許可を求められたので知っている。
 驚いたのは部屋の内装が様変わりしていたことだ。
 
 部屋と部屋を区切る壁や扉が消えていた。
 家具も大幅に減っている。
 玄関で靴を脱ぐのはそういう文化もあるので気にしないが椅子が見当たらなくなっていた。
 
「あぁ、静かだと思ったら二人でお昼寝しちゃったか」
「微笑ましいものを見るように言っているが、貴様……」
「なんでしょうか?」
 
 マクラの腕枕で寝ているウサギを当たり前のように抱き上げて、すこし離れた場所にあるソファに寝かせる。
 ウサギを起こしたくなかったから移動させたのではなく、マクラの腕枕でウサギが寝ていたのが気に入らなかったのではないだろうか。
 愛想も要領もいい男だが少なくない執着心をウサギに向けているせいかどこかマクラに冷たい。
 気持ちよく寝ているマクラを容赦なく起こそうとするバカをとめる。
 体格的に抱き上げるのは難しかったので背負おうとしたが腰を悪くするか筋肉痛になると忠告された。
 俺が特別非力だという事実はないと前置きをした上でシステムも移動椅子の使用を勧めたので従うことにする。
 
 部屋につくとマクラが目をこすりながら「トイレいきたい」と言うので支えて連れて行く。
 ひとりで大丈夫か聞くと眠そうな顔のままうなずくので心配だが外で待っていることにした。
 システムにトイレの中の様子をたずねるべきか葛藤していたら勢いよくマクラが飛び出してきた。
 物に足をとられて転びそうになったので思わず尻尾をつかんで引き寄せた。
 痛いのか寝起きだからか涙目なマクラは俺をにらむのではなく何か言いたげな顔をする。
 
「礼ならいい。怪我はないか」
「……ここまで運ばせて悪かった」
「謝罪するぐらいなら部屋から出なければいいだろ」
 
 俺の言葉に眠気が吹き飛んでいる表情で「ふざけんな」と吐き捨てた。
 ふざけてはいないがマクラからするとふざけているように聞こえるらしい。
 マクラが部屋の中とトイレを交互に見る。
 何を不思議に思っているのか分からないでいるといつもトイレの出入り口の前にある棚を押して戻した。
 
「トイレは隠し部屋かよ」
「この棚を置くのがここしかなかっただけだ。使用頻度も低いから不都合には感じない」
「お前はな!」
「……つまりマクラは不便に思っていたのか」
「不便どころじゃない」

 棚は中身が少ないとはいえ多少重い。
 機械に指示を出せば動かしてくれるが緊急性が高いとすぐに使えず面倒かもしれない。
 元々、自室を物置のようにして生活していた。
 長時間部屋の中にいることなど想定していない。
 
 マクラからすれば不便極まりない場所に長時間いることを提案するのはふざけていることかもしれない。獣人は人間の支配下にあるわけじゃない。契約により共同生活をする取り引きをしているのである程度、妥協して従ってくれるだけだ。
 
「……シャワーとか、あるのか」
「この鏡のところだな」
 
 全身が映る鏡は横に移動する扉だ。
 浴槽などは付けていない簡易な設備になっている。
 獣人は個体ごとに水への好悪が違うらしい。
 入浴を嫌がったりすると獣人がいる反面、風呂が好きで長時間入りたがることもあるという。
 
 部下が私的な目的で他国から入浴剤を仕入れていたことを思い出した。
 食料品も含めて生活必需品は国内で機械が生産して配給される。
 嗜好品は各自でやりとりをするか国に仲介を頼んで入手することになっている。
 モフモフ国は獣人の感性が豊かなせいか生きていく上で不要とも思えるものへの需要が高い。
 服飾などはメカメカ国よりもモフモフ国のほうが多様性があり煌びやかだ。
 食に対してもメカメカ国の人間はゼリー飲料や錠剤で構わないと思っているがモフモフ国の獣人は違う。
 
 部下の行動を思い起こすとウサギが喜ぶという理由で砂糖のかたまりを入手していた。
 それを下の者たちに分け与え感謝されていた姿を俺は見ていた。何も感じなかったがマクラもまた獣人であることを思えば俺も砂糖を入手するべきだったかもしれない。
 
「マクラは俺に反抗的な態度を表明したかったのではなく、この部屋での生活が不自由だと間接的に訴えたかったのか?」
「訴える気はねえけど」
「けれど、そういう面は否定できない、そうだな?」
 
 マクラはうなずく代わりにあくびをした。
 眠そうなマクラに俺も眠気がやってくる。
 頭が揺れているマクラをベッドまで引っ張っていく。
 ベッドで寝るのを連日拒否していたが、そのせいかマクラはよく眠れていなかったようだ。
 横になると身体から力が抜けている。すっかり寝入る体勢だ。
 俺から距離をとろうとするマクラを抱き込む。
 寝苦しくならないように服を脱がそうとすると尻尾が抵抗するように俺の腕を軽く叩く。
 弱々しく「ねむい、ねむい」と繰り返すマクラの耳の付け根をなでると尻尾は力がなくなった。
 耳や尻尾の付け根は神経が集中しているらしい。
 優しく触れると気持ちよさそうな声を出してくれる。
 
 駄々をこねるように「んー、うー」と意味のない唸り声をあげるマクラ。
 まどろんでいるところを邪魔するとマクラは触られるのを嫌がるような仕草をするが、拗ねた感じの声はかわいい。
 あたたかなマクラを抱きしめて熟睡したいが性欲もふつふつと湧いてくる。
 
 完全に裸で抱き合って悩んだ後に睡眠をとった。
 いつも眠い状態のマクラに触れている。
 ときには日中に目がパッチリ開いているマクラと触れ合うのもいいだろう。
 
 
 そして、俺は翌日にマクラが全く起きてこない現実と向き合うことになる。
 トイレにいくために少し起きたがマクラは一日眠り続けた。
 眠りながら俺が与えるゼリー飲料を器用に食べるマクラは賢い。
 
 
2017.02.08
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