オレの容姿は特別よくない。
鼠の獣人は小柄な体で出っ歯だったり瞳が大きくつぶらだったりするらしい。
少なくともオレには当てはまらない。
尻尾は長く器用に使えるけれど一般的な鼠の見た目から離れているオレは品定めする側からケチをつけられた。
人間が感じる鼠らしさの範疇にいる同胞たちが人気なのは構わない。
特別な才能を発揮するでもない自分がどういう役目を与えられるのか考えたりしなかった。
将来への不安よりもオレは睡眠を優先した。
あるいは眠ることによって不安から解放されていたのかもしれない。
睡眠学習で得た断片的な知識。
メカメカ国のおこなっていることや国としての規模や重要度の認知。
常に寝ていてもこれはちゃんとしているつもりだ。
容姿も知能も平均点だったオレだが適応力と判断力は高かった。
いわゆるリスク管理と呼ばれるものが出来ているという。
結果、王子さまの貢ぎ物になった。
「マクラくん、大きくなったね」
兎族のキナコがぴょんぴょん跳ねる。
どうやらオレの身長の話をしたいらしい。
初めて会った時からキナコより大きかったが痩せていた。
そのため身長が高いと感じなかったかもしれない。
今は栄養状態もいいし、よく寝ているので鼠らしからぬ力仕事が出来るかもしれない。
キナコの淡い黄色みがかった耳は大きい。
飛び跳ねたことで揺れてキナコ自身のおでこや顔の横にべしべし当たる。
払おうとするように顔を左右に振って更に耳が顔を攻撃しだす。
終わりなき自傷行為。
キナコはそのつもりはないので戸惑った声を上げあわてている。
自分の耳と何年付き合っているんだと聞きたいほどアホな行動だが本気だ。オレを笑わそうと思ってやっているわけじゃない。
常に眠気を優先し、まどろんでいるオレだがこれがあるのでキナコの近くではちゃんと目を開いて頭をクリアな状態にしている。
目を離すとキナコが自分の耳と格闘して足をもつれさせて転んだり、壁にぶつかって危ない。眠いとか思っている場合じゃない。
キナコの両肩に手を置くとふらふらと揺れる動きがとまった。当然、耳の動きも止まる。
手を放すとキナコは座り込んだ。
貧血を起こしたのかもしれない。
少し待っていると立ち上がり「マクラくん、大きくなったね」と一連の出来事をなかったかのように話を続けるキナコ。
オレも見なかったことにして「そうだな」と相槌を打つ。
「キナコはこれ以上大きくなれないのか」
「どうだろうね。弟が大きくなるなら、おれも同じぐらいにはなるはずだけど……。大きいうさぎってあんまり好かれないみたいだから、今ぐらいのままでいいなぁ」
困ったように笑うキナコは自分が人間に必要だと思っていないらしい。
耳の先端についた飾りを指でいじりながら「できることを増やさないとっ」とキナコは口にする。
赤毛女に縄で引きずり回されボロボロになったオレの事情を聞くでもなく名前だけつけて王子はオレを自分の部屋に連れて行った。
見たことがあるものと見慣れないものが整理されることなく積み上がった部屋だった。
気づいた時にはいつも王子は居ない。
オレが寝ている時に近くにいる気配がある日もある。
数日は部屋の壁を押すと出てくる携帯食料や水でやり過ごしていたが、さすがにろくに排泄や入浴ができないとなると安眠もできない。トイレの場所がわからなくて探す気力もなく寝ていたらおねしょをした。汚れたシーツなんかは王子が替えたりオレの身体をふいてくれているのは夢うつつで感じていた。
このまま王子の部屋にいると病気になると思ったのでオレは綺麗なシーツを身にまとって外に出た。
窓が原始的な鍵だったので尻尾で開けてしまえる。
森林が多く牧歌的な光景が広がるモフモフ国とは全く違うキラキラギラギラした街並みのメカメカ国。
味方のいない場所に放り出された気分で孤独だった。
王子の部屋で壁を叩いていれば、まだなにか手に入ったかもしれない。
戻りたいと思えないのは寝ていても落ち着かない時間が多いからだ。
獣人の野良というのは良くない。
名前を付けられて王子のものになっている身分だから嫌でも部屋に帰らないといけない。
王子と居るのがイヤだとか部屋にいるのがイヤなら意思表示をして話し合って今後のことを決めなければいけない。
わかっていても空腹感と疲労でオレは動けなくなっていた。
そんなオレに声をかけて世話を焼いてくれたのがキナコだ。
キナコはうっかりしていることが多いので湯船が水だったりシャワーヘッドをあばれさせて脱衣所まで水浸しにするが良いヤツだ。
キナコが「旦那さま」と呼んでいる人間も悪いヤツではなさそうだった。
血が苦手らしいキナコの代わりにキナコの旦那さまがオレの赤毛女に引きずり回された際についた傷を手当てしてくれた。
あたたかなご飯とお土産としてお菓子をもらった。
キナコは幸せなんだと思ったが翌日にまた会いに行くとキナコの耳には飾りがついていた。
耳の先端についている飾りが何であるの技術開発室に一時的に貸し出されていたのでオレは知っている。
電流が流れたり睡眠針や毒針が出る仕掛けになっている小型の機械だ。
対になっているのはキナコの旦那さまの左腕にある腕輪から離れると自動的に警告音が鳴ったり電流が流れたりする。
遠ざかるほどに電圧が上がるので機械を取り付けられた獣人は人間から離れたがらなくなる。
反抗的な獣人を従順にさせる方法として作られた機械だが獣人の権利を侵害しているとして一般に普及はしなかった。
けれど、試作品などが廃棄されたわけではない。
無邪気に人間にもらったものを喜んでいるキナコに機械の詳細を語れなかった。
脱走や反抗的な態度をとらなければ機械がキナコに何かをするわけではない。
見た目が似ているだけでオレの思った機械と違う可能性もある。
自分の言動でキナコの幸せを壊すことはできない。
「弟は機械のほうが自分がやるよりきれいになるから何もしないって言ってたんだけど、それってどうなんだ?」
「キナコが怪我をするほうが困るだろ」
「でも、何もできないより、できるほうがいいに決まってる」
というキナコの主張でオレは掃除をしたり料理をしている姿を見守っている。
キナコが転びそうになったり失敗しそうなときに止めたり軌道修正する係だ。眠ってなどいられない。
自分の足に引っかかって何もなくても転ぶキナコなので気が抜けない。
日中にこうしてハッキリと起きているせいか王子の部屋に帰ると孤独感を覚える間もなく寝る。
キナコと一緒に買った服なんかを汚さないため服を脱いで寝るようにしたら王子からエッチなことをされるようになった。寝ているので拒否も出来ない。
未だに入浴設備はキナコの家に行って使わせてもらっているので気まずい。
キナコはオレの不機嫌さを感じて話題にはしないが身体に残る鬱血痕なんかに照れたりする。
人間とキスをしたことをはにかみながら報告してくるキナコに寝込みを襲われる愚痴が吐けるわけがない。
積極的に恨み言を口にするほどの感情はオレにない。それほど王子と交流がない。本当の問題はそこかもしれない。
キナコとその旦那さまの和やかなやりとりを見ていると俺も王子とちゃんと顔を合わせるべきだと思ってしまう。数日まとめて寝てなんとか王子が帰ってきたときに話ができる状態にしよう。
そう思いながら三人で食事をとっていたところ銃声と共に凶悪な顔をした王子が現れた。
最初に見たときは不摂生が祟って今にも倒れそうな優男のイメージだったが、銃を構えた無法者は野蛮人にしか見えなかった。
目線の位置は同じぐらいでもあきらかにこちらを見下していた。
赤毛女の血縁なら上から目線は普通なのかもしれない。
大きな音が苦手なキナコは銃声や扉が壊された音に驚いて倒れてしまった。
オレの無断外泊を責めるにしてもこんなやり方は最低だ。
話し合うまでもなく王子とはこれまでだ。
王子の部屋に戻ってもベッドには絶対に入らない。
物が無駄に多い部屋の中に隠れてやる。
2017.02.06