マクラは聞き分けがよく、わがままを言わない。
一緒に暮らす上で不都合なことはなかった。
睡眠不足はおそろしいほどに改善した。
システムはやはり正しかった。
マクラのために寝床を用意する手間を惜しんで同じベッドで寝たのがよかった。
よく寝たという感覚は未だかつて感じたことがなかったのに、初日から俺は熟睡した。
疲れて疲れて気絶するようにしか眠れなかった今までが嘘のようだ。
ベッドの中で眠気が来るまでジッとしている時間が今までずっと苦痛だった。
だが、寝ているマクラを観察しているとつられて眠気がやってくる。
掛布団をとるとマクラがすり寄ってくる。
俺の腕に尻尾を絡ませて来るのが愛らしい。
システムは不確実なことを言わないと幸せを実感していた俺を待ち受けていたのは予想外の事態だ。
部屋の中にマクラがいない。
いつも寝室にいるというのに気配がない。
シーツに触れてもぬくもりを感じられない。
個人的な気持ちでマクラを誘拐したのではなく俺に対する嫌がらせなら考えられなくもない。
腐っても王子なので俺に何かを仕掛けるつもりでマクラという弱みを狙った。
メカメカ国の人間らしからぬ発想だが実際にマクラがいないので様々な可能性を考えるべきだ。
マクラの尻尾につけた機械で場所を特定すると部下の住むアパートだった。
部下といっても国内外での知名度も地位も年齢も俺より高い。
外交的な手腕は最高で目覚めた人間に対するメンタルケアがずば抜けて優秀な男だ。
彼が帰国して国内にいる予定に合わせて過去の時代に生きた人々と対話をとる予定を組んでいる。
先日まで他国で遺跡発掘をしていたらしいが最近メカメカ国に戻ってきていた。
予定になかった突然の帰国だが、彼がすることに問題はないので気にせずにいた。
恨まれた覚えはないが頭が回りすぎるせいで被害妄想に憑りつかれた可能性もある。
俺は王族だけが許されている銃を構えて部下の家に突入した。
玄関は蹴りで破れなかったので何発か発砲した。
室内に侵入した瞬間「早とちり早とちり」と機械が一斉に警告音のように告げる。
銃を構えたまま戦闘態勢を維持した俺と構えていたナイフを下げて溜め息を吐く部下。
テーブルの下を指さすので覗くとマクラがいた。
声をかけるとなぜか体を丸める。
何かを下敷きにしているようだ。
説明を求めるように部下を見ると「大丈夫だから出ておいで」と口にする。
テーブルから出てきたマクラの腕の中にいたのはウサギだった。
クリーム色の大きな耳のウサギは血の気が引いた顔で俺を見ている。
失礼な態度をとる獣人だと舌打ちすると倒れた。
マクラが「だいじょうぶか?」とウサギを抱きしめて背中をなでる。
その姿が気に入らない。
「うちの子、気が小さいみたいで」
肩をすくめた部下はマクラからウサギを受け取って脈や呼吸を確認する。
この程度で死ぬような弱い獣人ならどちらにしても生き残れはしないだろう。
「消えろよ、外道」
睨みつけられ告げられた言葉が耳を素通りする。
今まで俺の前でマクラは眠そうな唸り声以外をあげたことがなかった。
教育して訓練させなければ獣人とは会話ができないと聞いたことがある。
だから、マクラが何も話さないのは喋れないのだと思っていた。
時間ができたときにマクラと話をする訓練をしようと考えていたが勘違いだったらしい。
マクラは話せるが話さなかった。
「もうお前のベッドに戻る気ねえから」
ツンとした態度に倒れてしまいたい。
眠そうな表情のマクラしか俺は知らない。
半開きの唇に指が触れるとちゅうちゅう吸ってくる。
物欲しそうな顔がどうしようもなくかわいくて毎日でもかわいがりたい気持ちを抑えていた。
「あの気狂い女に平凡なオレに居場所なんかねえって散々言われたけどな、下に見てんじゃねえよ」
吐き捨てるように言ってマクラは部下が移動椅子に座らせたウサギの獣人を奥の部屋に連れて行く。
寝室にでも移動させたのかと思ったがいつまで待ってもマクラは帰ってこない。
俺が奥の部屋に行こうとしたら部下に止められた。
「まずは銃を置いてください」
未だにトリガーに指をかけていた銃をテーブルに置く。
食事中だったのだろう。
テーブルには三人分の食器があった。
そこで俺は初めて気が付いた。
マクラは一体いままで俺の部屋で何を食べていたんだろう。
俺がマクラを部屋に連れ帰ってそろそろ半年は経っている。
2017.02.03