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共同生活4

 キナコは今まで関わったどんな獣人や人間とも違う。
 第一印象からして初めての感覚を植えつけられたが、家に連れ帰って先制攻撃のような行動をされた。
 それが歯磨きだ。
 
「旦那さま、歯を磨きましょう」
 
 初日からずっと朝と夜、ときに昼もご飯を食べたあとにキナコは歯ブラシを持ってくる。
 歯磨きの習慣が根付いているのは固形物を摂取する獣人特有のことだろう。
 メカメカ国の人間は飲みこんで構わない口内洗浄液や小型の機械を使って歯を磨く。
 面倒なので最初から機械の入れ歯にして口内トラブルを回避する国民すらいる。
 歯を磨くという行為ではなくその際に消費する時間を無駄な時間と判断する国民は少なくない。
 
 キナコの旦那さまであるアシュベ・リツェッド・リングス・ユーレリアイナス・ロロリーヤはその名前と肩書きの多さで様々な国で様々な生活習慣と共にいた。時間短縮のためにメカメカ国のような歯磨きが一般的でないのは知っている。
 
「お口あけてください」
 
 歯ブラシを入れる側なのにあーんとキナコは自分の口を開ける。
 一般的な歯磨きをキナコがしてくれることに疑問はあるが拒絶はない。
 すでに何度となくキナコに歯を磨いてもらっているので腕前は信じられる。
 あれだけドジで周囲のものを破壊し続けているにもかかわらず何故、キナコは人の歯がきちんと磨けるのか。
 無理な動きで歯ブラシを喉の奥に突っ込むことも歯茎を攻撃することもない。
 繊細で細かな動き。磨き残しを許さない真剣な目つき。
 
「もうすぐ終わりますからね〜。あと少しの辛抱ですよ」
 
 幼い子供に向けたように声をかけられる。
 これはなんなのかという疑問はキナコ自身からすぐに教えられた。
 
「お口ゆすいでください。ぐちゅぐちゅっぺ、です」
 
 さすがによく出来ましたとは褒めないがキナコの顔には「一仕事終えました」と書いてある。
 人の歯を磨くのは大変かもしれない。
 
「次は、おれを、おねがいします」
 
 目を閉じて口を開けるキナコ。
 恥ずかしがることもない。キナコにとってはこれが普通の習慣だ。
 弟の歯を磨いて、弟に自分の歯を磨いてもらう。弟が雑だと思ったら自分の仕上げとしてもう一度、歯を磨く。
 旦那さまは歯磨きが上手だから仕上げをしないで済むと微笑んだ。
 キナコの中に歯磨きは自分ですることという意識がない。
 訂正するのは簡単だが、意外に人の歯磨きが上手いというキナコの特技を取り上げてしまうことになる。
 調子の外れた創作の歌を口ずさみながら歯磨きをするキナコはかわいい。
 
「……んっ、んんっ、ふぁ」
 
 すこし刺激のある歯磨き粉の味に眉を寄せ耐えようとしながらこらえきれない声が出る。
 キナコはわずかに身体を震わせながら歯磨きに耐える。
 口の中にあふれる唾液を飲みこまないように吐き出させて一息つかすと、頬は紅潮し、涙目でどこか情事の最中のよう。
 
 歯ブラシが歯と当たる音が響く中に「んっ、ふっ」とキナコの鼻から抜ける息が混ざる。
 歯磨きをしているだけなのにキナコの身体は汗ばんでいく。
 水を渡して口をゆすがせるとぐったりとして一人では身体を支えきれない状態になってしまう。
 小柄なのでキナコぐらい簡単に支えられるが、複雑な気分になる。
 あまりにも危機感がなく安心している姿は愛らしいが罪深い。
 
 歯と歯の隙間に糸状のものを出し入れして歯磨きの仕上げをするとキナコはそのまま寝てしまう。
 朝や昼は五分ほどすると目覚めて謝ってくる。
 夜は「眠いです」と言いながら手で耳をひっぱり、顔を隠す。
 部屋の照明を落とすと入浴させたり着替えさせても途中で目覚めない。
 獣人にしてはあまりにも警戒心がない。
 メカメカ国の中に合理的ではない行動をとる人間は少ないが、さらわれる危険があるかもしれない。
 こんなにかわいいキナコを欲しがる人間は自分以外にもいるに決まっている。
 夜の歯磨きのたびに安全について考える。
 
 システムは「ドジうさはドジっ子だから、うっかり拉致られて余所の子になる可能性が、なくもない?」と答えた。
 断言しないということは人間側が予防できる範囲の可能性ということになる。
 絶対に起こる未来についてシステムは「答えられない」と返事をするか「近い将来ありえる話」と軽く教えてくれる。
 
 獣人の居場所を把握するのに一般的なのは腕輪や首輪や尻尾や耳に着ける装飾品だ。
 キナコの耳は大きいので取り付ける位置によっては顔を攻撃することになる。
 耳の根元に着けたなら髪飾りのように見えるかもしれない。
 
 ときにシステムは「かわいい子には旅をさせよ言いますので」と人間に訪れる試練を事前に伝えない。
 それを今までずっと正しいのだと思っていた。自分にとってかわいいと感じる相手が居なかったからこその考えだ。
 放っておいて成長を見守ることが正しくともそうしようとは思わない。
 
 あえていうなら、かわいい子は囲い込んで誰にも触れさせたくない。
 
 
2017.08.23
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