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共同生活2
 思った以上にキナコは家事に意欲的だった。
 ラッツェに聞くとキナコの弟は家のことは機械がするものだと思って何もしようとはしないらしい。
 
「おれ、顔があんまりなんで、役に立てることをしたくて」
 
 言動の端々からお姫様に容姿をけなされていたことがうかがいしれるが、他と比較する予定がないので構わない。
 自分が有能であるとキナコはアピールしたがるが、今のところ失敗に終わっている。
 ただし、自分の魅力を教えたがっているのなら大成功だ。
 
 缶詰が開けられなくても、餅をのどに詰まらせても、自分の耳の影に驚いていても、キナコはかわいい。
 有能ではないが和み効果が高い。
 システムが時折使う「ほのぼのとした気持ち」がやっと分かり始めてきた。
 ゆっくりとした時間の使い方をキナコによって教えられている。
 生き急いでいた頃が嘘のような生活はキナコがもたらしたものだ。
 それで考えるとキナコは優秀だ。
 
「旦那さまを、癒したいですっ」
 
 真剣に言われると仕事も何もかもを投げ出したくなる。
 抱きしめるとおずおずと背中に手が回った。

 システムのいう休息という概念をやっと理解できた気がする。
 
 部下が呼びかけているのを見て「アッシュさまとお呼びした方がいいですか」と聞かれたが数あるうちの呼び方の一つでしかないので気が進まなかった。
 キナコに呼ばれるのはキナコだけの呼び方がいい。
 無言のふたりの間にシステムの声が響いた。
 システムは自分たちで考えたり発想するように望むが、絶対に無理だということもまた計算から導き出す。
 そういうときはもったいぶることなく助言をくれる。
 
【あなた、ご主人様、あるじ、旦那さま、そこの人、おい、人間】
 
 その選択肢の中からキナコは「旦那さま」を選んでくれた。
 他人行儀ではなく、雇い主に対する敬称でもない。
 まだすこし遠慮のある「旦那さま」という言い方は初々しくてかわいらしい。
 システムはやはり優秀で有能で正しい。
 呼び方ひとつでこんなにも満足感が違う。
 
「充分癒されているよ」
「もっと、もっと! です」
 
 キナコが優しく背中をトントン叩く。
 
「いっぱいいっぱいずっと頑張ってきたんだってラッツェさんは言っていました。国に戻ってきたんだから、もう少し休んでくれてもいいって」
 
 部下に心配をかけたのか、自分がキナコの弟と過ごす時間が減っているという間接的な苦情なのか。
 上司が忙しくなれば部下の仕事だって増える。
 
 メカメカ国の一部の貴族社会の模倣は世界の失われた記憶を掘り起こしている人間たちには関係ない。
 獣人や機械を働かせて自分たちがするのは快楽を得るための活動という昔からいる肉体の快楽に依存した人々とは逆に知的好奇心を満たすことに心血を注ぐ精神的快楽を求める我々。
 
 部門を取り仕切る最高責任者である王子が寝食忘れて作業をして、椅子で寝起きするような人なので仕事がどうしても多い。
 
 好きなタイミングで交渉をしていた外での生活とメカメカ国の生活は違っていて、それも本来ならストレスになるのだろう。
 話の合わない人種でも国内で力があるのなら関わっていかなければいけない。
 
「お仕事は毎日のことで、毎日だと疲れてるか疲れていないかが分からなくなります。だから、毎日でも癒したいです」
 
 獣人が愛されるのは当たり前のようにこういった言葉を吐きだせるからかもしれない。
 同時に国外で獣人たちと触れ合っていたのでキナコの特異さもわかる。
 キナコの言葉に何一つ嘘はなく打算も含んでいない。
 
「一緒に居てよかったって、思わせます」
 
 自分を選んだことを後悔させないと口にするキナコの意外なほどの勇ましさ。
 不器用でドジを踏んでしまってもキナコは挫けずにたちむかう。
 
 それを見ていて和みすぎて手助けせずにいるのは意地悪かもしれないが、キナコがかわいすぎるから仕方がない。
 

2017.08.19
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