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出会い2
 案内されたテーブルの上に見慣れない食べ物が大量に置かれていた。
 錠剤か注射か、はたまたゼリー飲料にするかと聞かれるのが主なメカメカ国で異様な晩餐風景。
 排せつ物が多いと効率的に栄養がとれていない証拠と思われているメカメカ国では固形物を摂取するのは珍しい。
 ただし、獣人にとっては食事とは咀嚼するものである。
 噛まずに飲みこめるものを食事として認識しない。

「アッシュさまが帰ってくるからってよりウサギの快気祝いの席っすね」

 ローリンツは「アッシュさまをついでにしすぎ」と渋い顔をする。
 蔑ろにされているとは思わない。
 国内で需要がなさそうな食べ物をよく集めたものだと別のところに関心が向く。

「獣人のメンタルケアに必要不可欠だってシステムが凍結していた生産工場のいくつかを再稼働させたみたいです」
「なるほど、今ではこういうものが簡単に手に入るんだね」

 以前は他国で一般的にある食料というのはメカメカ国で嗜好品だった。
 食事を摂るために使う時間は少ない方が効率的だというのが普通の見解。
 システムは味覚の衰えは芸術的なひらめきの枯渇になりえると警鐘を鳴らしていた。
 それでも、時間を割くほどに大切な要素と思う国民は少なかった。
 統計データがないシステムの意見は都市伝説のような冗談だとして黙殺される。
 システムが嘘をつかず、システムをみんなが信頼しているが、人は想像の範囲にある意見しかなかなか真剣に受け取れない。

 彼はシステムの意見に賛成でも反対でもなかったが、楽しそうに食事するラッツェを見ていると、やはりシステムは正しかったのだとわかる。味覚の発達はともかくとして、食事の席という交流の場は人間には必要なのかもしれない。

 視界の隅でとらえていた名前のない獣人。
 彼は観察する。
 この場で異物となっている存在を無視できない。

 ラッツェの家にいる理由はキナリと自己紹介を受けた兎族の獣人の兄だからというのは分かるようで分からない。
 理由として成立していない。

 獣人は子沢山なので兄弟の数が多い。
 特別キナリと仲がいいといっても兄がここについてくるのは不自然だ。
 獣人は人間と共同生活するにあたっていくつかの約束を交わす。
 場合によって、やりとりは省略されるがモフモフ国に名前の提出と所在地を申告する必要がある。
 獣人当人が理解していなくても獣人が不利益を負わない仕組みがある。

 名前がないのは誰のものにもなっていない証明だ。
 ラッツェにとってキナリの兄はキナリではない。
 似ているように見えても名付けていないということはキナリの兄を自分の手元に置く気がないという遠まわしな表明だ。

「何をしたいの」

 缶詰で遊んでいるようなウサギに声をかける。
 話しかけられると思わなかったのか一瞬、首をかしげて周りを見た。
 自分以外がいないのを確認してから「あけます!」と力強く答えてくれた。

 話し上手な獣人は少ないので何度か言葉を往復しなければならない。
 獣人との対話は額面通りにしか言葉を受け取らない獣人にこちらの意図する答えを会話から誘導するゲームのようなものだ。
 それを理解していない人間は獣人を無能と罵ったり、獣人と十分な意思疎通ができない。

「これはお餅パック缶です。お餅はぷにぷにしておいしいです」

 こちらが何を疑問に思ったのか察して説明してくれた。
 意外に頭が回るのかもしれない。
 内心で失礼な評価を訂正しているとやはり缶詰と遊んでいるとしか思えない状況。

 ウサギの手にあるのは原始的な缶切りだ。
 前後に動かし、てこの原理で缶詰のふたを開けるもっともよく見るタイプ。
 力のかけ方がおかしいのかウサギの持つ缶切りは缶詰の上を滑っていくばかり。

 ものすごく真面目な顔で額に汗を浮かべながら手元にあるのは少しの跡がある無傷の缶詰。
 一生懸命な姿に思わず後ろから抱きしめるようにして手を添える。
 缶詰をウサギの手を支えながら開ける。労力などあってないようなものだが、ウサギは盛大に喜んだ。
 嬉しそうに缶詰の中身を皿にあけてフォークを渡してくる。

「これは私が食べていいのかな」
「ぷにぷにおいしいです」

 獣人によくある合理性に欠けた思いつきかと思った。
 自分でも説明できないことを獣人はよくやる。
 けれど、ウサギは「疲れも吹き飛ぶおいしさです」と笑う。
 どこかで獣人を下に見ていた自分に何かが突き刺さる。

「システムも甘いものは精神を落ち着かせる効果があるって言ってます。弟もこれで治りました」

 メカメカ国の中で「システムが言ってた」という触れこみはこれ以上になく信頼される言葉だ。
 その上、実際にあったことまで添えてきた。
 頭の回転が悪くないのが分かったからこそ、どう反応すればいいのか分からない。
 彼は羞恥心というものを感じたことがない。恥をかかされたというのは失敗したという感覚からくることが多い。彼は成功し続けてきた。
 恥をかいたという演技をすることがあっても本当に恥ずかしいと思ったことはない。

「疲れているように見えたかな」
「ラッツェさんからお仕事に熱心な方だとお聞きしました。疲れているように見えなくても頑張っている方は疲れているはずです」

 思い込みの決めつけに等しい推論だ。
 正しいとは言い難い。
 人によっては獣人ごときに気を使われたくないと缶詰をひっくり返したかもしれない。
 それぐらいに人間に対して出過ぎている行為だ。

 それでも、彼は小豆に包まれた餅を口に運ぶ。
 食べてしまえば自分が疲れていることを肯定することになる。
 勧められても断る口実などいくらでもある。
 だが、あえて口にした。

「甘さが身体にしみますか? さらに、すぺしゃるでぐれーとにするにはコレです」

 得意げにウサギの耳の色と似た薄い黄色の粉を見せる。
 皿の上に粉をかけようと袋を開けようとするが開かない。
 やるだろうと思って見つめていたら想像通りぶちまけた。
 吸い込んでしまったのかくしゃみをするウサギ。
 大きめの耳が苦しさを訴えるように激しく動く。

「疲れていると格段に美味しいんだよね。君が食べるといいよ」

 フォークで餅をウサギに食べさせる。
 ウサギは丁寧にお礼を言って餅を口に入れてむせた。
 そうなるとは思ったが見事にきな粉で咳き込むウサギ。
 背中を撫でていると涙目で見上げてくる。

 背筋を這いあがってくる初めての感覚。
 悪寒や寒気と似ているようで違う。

 キナリと名乗ったウサギの弟が水を持ってくるが、それを直接ウサギに手渡さないようにした。
 咳き込んだのが落ち着いたのを見てゆっくりとコップを傾けて手ずから飲ませる。
 誰かにウサギの世話をさせる権利を与えたくないと思った。
 水を飲み終わったウサギがお礼を言って微笑んでくる。
 頭をなでると照れたように頬を赤らめて餅を勧めてくる。
 逆に勧め返してウサギに餅を食べさせた。
 しばらくすると表情を変えて胸を叩きだす。
 喉か食道に詰まったらしい。

 こちらの視線に気づいたのか餅は危険ではない美味しいものだと説明してくる。
 真面目で頭は悪くないが致命的なほどに不器用だ。

 かわいいとか愛らしいとか守りたいとかそういう感覚を彼は他人に持っていなかった。
 そういった気持ちを行動の理由にしたことがないから知らなかった。

「かわいいものを前にすると癒される」

 しみじみと口にして自分が今まで疲れていたのだと知る。
 システムに休息を勧められても自分に疲れている自覚がないので上手く休めないでいた。
 けれど、ウサギの言動に癒される。

 餅の美味しさを身振り手振りで伝えてこようとする姿を抱きしめていたい。
 まだ喉がおかしいのかときどき咳き込む姿が愛らしい。

 延々と永遠にウサギの姿を見続けられると思った。
 それこそが自分の幸せであり生きている意味に違いない。


2017.02.12
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