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出会い1
 彼の帰国はあっさりしたものだ。
 不審がられることもなく普通に帰国は歓迎された。
 システムが手をまわしたのかもしれない。
 
 メカメカ国で彼に与えられた一室はとても簡素なアパート。
 自分で新たな機械を入れたりといったカスタマイズが許可されている珍しい物件なので誰でも住める場所じゃない。
 それでも部下たちに功績に見合っていないと言われた。
 家族がいるわけでもないので一人なら一部屋で十分すぎるほどだ。
 メカメカ国に腰を落ち着ける気がないというよりも住居にこだわりがない。
 食事にもこだわりがないので文明が開けていない地域でも苦痛を覚えることはなかった。
 
 
「アッシュさまんとこに、なんか、いろいろ置きました。以前、国に預けてた諸々を機械に運び込んでもらいました」
 
 
 部下であるローリンツがものすごくザックリとした報告をした。
 物事を感覚的にとらえているのか具体性に欠けている。
 任せた仕事に間違いはないが勝手に仕様を変えて最適化を行ったりする男だ。
 これから向かう先であるラッツェとそのことでよく言い争っている。
 
 メカメカ国では珍しい部類になる癖のある黒髪と碧色の瞳。
 目線が同じぐらいなので百八十そこそこはある身長と鍛えられた胸筋。
 なんでも機械にやらせる人間が多いメカメカ国なので国民全体が肉体的に貧弱なことがある。
 彼の部下たちは事務仕事に体力が必要だと知っているので目に見えて線の細い人間は少ない。
 
 だが、ローリンツほどの筋肉は珍しい。
 幼少教育の中に筋力トレーニングを入れているので継続して鍛えている人間は服の上からでも筋肉が主張する。
 全体的に鍛えていないのか胸筋を育てるのが趣味なのかローリンツは胸元だけ目立っている。
 
「アッシュさまって去年めっちゃデカい剣を機械のサポートなしで振り回してましたよね」
「見た目の派手さは威嚇になるからね。本当はこうした暗器のようなナイフの方が使いやすいよ」
 
 手のひらから取り出すように見せたナイフをローリンツの首元に突きつける。
 冗談だったが驚いたローリンツは足をもつれさせ尻もちをついてしまった。悪いことをした。
 
「もう暗殺者じゃないっすか、それ」
「そういう業務が必要ならしないこともないね」
「うへー。オレ、生き死に系ってムリっすわ。引く。血とか気持ち悪いっすよ」
「国内では数字の上での話だからね。気にしなくてもいいんじゃない?」
「前から思ってましたけどアッシュさまって銀髪なのにあったかいですよね」
「プラチナが冷たいっていうのは前時代的な思い込みに過ぎないよ」
 
 一時期プラチナブロンドの王族が連続して大規模な殺戮を行った。
 正確には他国の民衆が大幅に減少することを念頭に置いた政策を実行した。
 間接的に近隣の国力を下げさせて支配下におくことをシステムは否定しなかったが、私怨ありきだから陰険だと言っていた。
 具体的に個人名で批難しない代わりに銀髪は冷たく思いやりに欠けるなんていう定説ができたがそれも昔の話だ。
 髪の色で何かを判断するなんて非科学的すぎる。
 
「ラッツェとかヤバくないですか? 十段階評価で八な感じですよ。冷酷度数高めっすよ!!」
「合理主義で無駄のなさを人間的あたたかみに欠けるというならラッツェくんが十段階評価で八なのは納得だね。でもローリンツくん、君は忘れているんじゃないかな」
「何です?」
「ラッツェくんはこの国では極めて平均的だよ。ローリンツくん、君は自分を十段階評価の平均の五として考えているだろう。それは大きな間違いだ。私の言動にあたたかみを感じとれる君のような存在こそ、この国では少数派だよ」
 
 自覚があるのかローリンツは表情を崩した。
 素直な青年だという印象は昔から変わらない。
 
「あぁ、でもラッツェも以前よりマイルドな感じになりましたよ。システムは角が取れたと見せかけてある方向に尖ってるなんて言ってましたけど。オレは今のが付き合いやすいです。ケンカも減ったし」
 
 これから向かう先にいる相手のことをローリンツは笑いながら語る。
 ラッツェとローリンツはコンビを組んで情報の整理をしてくれている。
 滅びと再生を繰り返しながら一定規模を維持し続ける人類の足跡を追う酔狂なことに付き合ってくれている。
 もちろん、メカメカ国として必要なことでもあるがプロジェクトに関わる人間は国内において例外的な感覚の持ち主が多い。たとえばローリンツのように自主的に必要以上に体を鍛えたり、他人の心理面を言及するのはメカメカ国の人間としては考えられない。
 
 他人は他人というのがメカメカ国では一般的だ。
 個人主義とでもいうのか他人の言動を自分と完全に切り離して考えるので争い合うことが少ないが、理解し合い深い仲になることもない。
 
 メカメカ国の住人達の理解者はシステムだ。
 システム以上に自分を把握してくれる相手はいないので人間同士で友情を育んだり絆を実感することはない。
 
 ラッツェも歴史の穴埋め問題に熱心でも人間らしさは薄い。他人に興味のないメカメカ国でよくいるタイプだ。
 尖ったところのあるラッツェというのが想像できないがシステムは嘘を言わない。
 真実に触れすぎて聞いた人間が誤認したり理解が足らないことがあってもシステムの発言自体を疑う余地はない。

 ラッツェがどのような変化をしたのか少し楽しみになった。
 ローリンツが口にするほどなのですぐに気付ける変化なのだろう。
 いつもは機械越しに指示を出しているので生身で顔を合わせるのは数年ぶりだ。
 
 
 
 ローリンツが言うように確かにラッツェは変わった。それは一目見てわかった。
 玄関で出迎えてくれたラッツェは兎族の獣人と手を握り合っていた。
 やや離れた位置に似た顔立ちの獣人が居たが、ラッツェは自分が手を握っている獣人だけを紹介した。
 悪意があるのではなく単純に気が回っていないのだろう。
 ラッツェは前のめり気味に獣人たちと出会った経緯を語りたがる。
 
 業務連絡以外を積極的にしようとするラッツェは大変珍しい。
 初めて見たかもしれない。
 まるで自分の大切なものを自慢したがっている子供のようだ。
 
 キナリと紹介された兎族の獣人はラッツェが興奮のあまり言葉をつまらせたその隙に「あちらにいるのは僕の兄です」と教えてくれた。自主的に獣人が人間に言葉を投げかけてくるのは驚きだ。
 
 他国にいる際、情報交換のために獣人とも幾度か顔を合わせたが、その中でそろって言われたことがある。メカメカ国の人間たちは無駄話をしないから退屈だと。これが一般的な獣人の意見だ。同時に「だから自分たちは彼らに話しかけない」とも教えてくれた。構われたがりな獣人は自分に興味のない人間に冷たい。
 
 キナリが話しかけてきたということはラッツェが積極的に話しかけているからこその反応なのだろう。
 
 小柄なせいで幼く感じるが獣人だが、まったくの考えなしではないはずだ。
 そう思ったが少し歩いて転んだキナリを見て前言を撤回したくなった。
 ラッツェはキナリが病み上がりだと説明してくれたが平坦な地面で転んだ言い訳にはならない。
 脳に重い障害でもあるか、気持ちが先走りすぎているバカだ。


2017.02.12
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