浮気攻めの聖夜の顛末3

 反省して自分を見つめなおした。
 悪いところばかりの俺でも彼は愛してくれた。
 そして、俺もまた彼を愛している。諦めきれない。
 たとえ彼が死を選ぶほどに追いつめたのが俺だとしても。
 
 
「ふむ? きみの辞書に反省という文字はないのだね?」
 
 
 退院した彼が大学に通い始めた。
 彼は同棲していた俺たちの部屋に戻ることはない。
 いつの間にか彼の荷物自体が消えていた。
 俺の気づかない間に少しずつ処分していたのかもしれない。
 彼の肌についた傷のように俺は部屋の中の変化に気づきもしなかった。
 
「一度、病院で説明したようにわたしには記憶がない。きみと大恋愛をしていた思い出もないし、きみを今後愛したりもしない。身体を汚すようにつけられていた傷跡を消す費用を工面してくれたことに感謝をするが、聞いている限り傷の原因自体きみだろう? 貸し借りなしできみとわたしは赤の他人だ、そうだろう?」
 
 彼と同じ顔で彼と似た考え方だが口調はまるで違う。俺を見る視線の温度もまったく違う。
 高校の頃に俺を好きになってくれる前の彼の顔ですらない。
 物わかりの悪い子供に呆れる大人の表情だ。
 今回のことは双方の両親の耳にも当然入っている。
 彼は絶縁が解かれ家族で仲良くしているという。
 元々、彼と家族を引き離した理由が俺との交際なので当然かもしれない。
 俺と別れたのなら彼らが仲違いする理由なんかない。
 
「読ませてくれた手紙にもあっただろう? 『俺が生きてても、死んだものだと思ってほしい。きっと俺を好きなお前は死んでいるから生きてる俺に迷惑をかけるな』と。わたしが飛び降りた段階できみとの関係は終わったのだよ。いや、きみが二十四日のうちに帰宅しなかった時点でこうなるしかなかった。残念なことだが、納得してくれたまえ」
 
 彼は賭けをしたと言った。
 俺が早く帰ってさえいれば彼は飛び降りなかった。
 
「わたしは確かにここに生きているけれど浮気症で子供のようなきみと恋愛する気などないよ。きみに良いところがあってもわたしの目には入らない。すでにわたしはわたしの運命と出会ったからね」
 
 ふふっと彼がしたこともない笑いを浮かべて左手の薬指を見せる。
 そこにはシルバーのシンプルなリングがはまっていた。
 
「来月には入籍の予定だ。……結婚式にきみを呼ぶのはいささか無神経かな?」
「……け、っこん? うそだ」
「残念ながら冗談じゃない。両親と仲直りが出来たのは跡取りをきちんと残せる算段がついたからさ。松葉の家の嫡男として今のわたしの姿こそが正しいものだ。きみも大学で自身が異性愛者であるべきだと感じたのではないかね。その不安などは通常あってしかるべきものだ。ただ、きみだけではなかっただろうけれど」
「お前も……」
「どうだろうね。わたしからは何とも言わないよ」
 
 微笑むだけ微笑んで彼は去っていく。
 すでに俺の恋人ではなくどこかの女の婚約者だ。
 俺の戸惑いを彼が感じて自殺未遂をきっかけに一芝居を打って離れていく、そう思うのは簡単だが違うだろう。
 彼はあの日に死んだ。
 落ちて、救急車で運ばれて目覚めた彼は俺の愛した彼ではない。
 愛し合っていた彼はもう何処にもいない。
 
 仮にあれが全部演技だとしても彼がぼろを出すことはないだろう。
 どこか確信していた。
 
「あぁ、もし就職に困ったのなら、うちで秘書業務でもするかい? 退院して見た目は綺麗とはいえ、わたしは健康体とは言い難くなってしまったからね。手伝ってもらえるのなら助かるよ。わたしの趣味趣向は把握しているだろう?」
 
 振り返った彼が口にする言葉は悪魔のようなのにまるで悪意がなかった。
 恋人であった彼なら演技でこんなに俺を痛めつけてきたりしない。
 彼はなんだかんだで俺にとても甘かったのだ。
 だからこそ、死ぬしかなくなってしまった。
 
 聖夜の奇跡など起こらないで彼があのまま息絶えていたのなら俺は生き地獄に居なくて済んだかもしれない、そんなことを思うような俺だから彼を殺したのだろう。
 
 そう思いながらも俺は一生、俺の恋人であった彼の影を追い続け焦がれ続ける。
 手紙に書いてあった「片思いの方がお前にはむいてたんだろうな」という彼の言葉を噛みしめながらこれからも歩いていく。
 彼ではない、彼の隣を。
 
 
 
→あとがきとちょっとしたオマケ
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