死神と終末の絶望と希望
非王道シリアスファンタジー?
十和田(とわだ)末(まつ)は体内に爆弾を隠し持っている。
物理的な火薬はない。
けれど、スイッチが押されれば確実に人類を終末に導く強力な爆弾を体内におさめている。
幼いころから言い含められていた。
マツの感情によりスイッチが押されるので心はなるべく動かさず穏やかで静かに落ち着いているようにと告げられていた。
自分の感情ひとつで世界が滅ぶなんて妄想だと心の片隅では思っていたが特別なのだと言われ続けていつからか信じ込んでいた。
目の前に死神を名乗る男が現れたことで自分の爆弾に対する思いは確信へと変わる。
自分は他人とは違う。それは絶望でありどことなく優越感があるものだった。
他人の生死が自分の手の中にあるのだ。
ほの暗い喜びがマツに芽生えないわけがない。
それでも、スイッチを押したりしない。
言いふらしたり、周囲を脅すこともない。
爆弾はそういうことに使うべきではないのだ。
死神はマツ以外には見えないようで不審者でしかない黒衣の姿で堂々と街中を歩く。
人のように見えるが年齢、人種そういった知識が入ってこない。黒衣という印象だけが残りほかはなにも分からない。
死神がいない場所で死神のことを考えてもぼんやりとした黒い影が脳裏をかすめるだけでどんな顔立ちでどんな声だったのか思い出せない。
見て聞いたはずの情報を拾うことができない不可思議な現象は死神が死神であることの証明かもしれない。
死神のことよりもマツにとって問題は現在の状況だ。
十和田の家に生まれ、体内に人類を滅ぼしうる爆弾を持つマツはそれはそれは大切にされて育った。
他人のいいところしか見たことがない。
誰もがマツに親切であり、マツを優先して行動した。
それを当たり前に受け入れ感謝していたが高校になって編入生がやってきてマツの環境は変わった。
三か月に一回、数日間だけマツは様々な検査を受ける。
体の変わりがないかを確認をとり全寮制の男子校に戻る。
自分は特別であり、誰も代わりになれない素晴らしい存在であると思っていた。
それはマツがおごり高ぶっているわけではなく周囲がそういった環境を作り上げていることもある以上にただの事実だ。
誰もマツの中にある爆弾をとりだせない。
誰もマツの代わりにならない。
そう思っていたからこそマツは検査の最中に学園に起きた混乱についていけない。
人間同士の感情のやりとりを感情を鈍化させているマツには理解ができない。
編入生への敵意もそれが消えたことにも聞かされた話は展開が雑な学園ドラマで共感することはできなかった。
マツにとって具体的な問題は副会長としての自分の席に編入生が座っていたことだ。
爆弾を持つ十和田の人間としてではなく学園としても副会長として誰の代わりにならないぐらいに仕事をしているという自負がマツにはあった。
それは勘違いなのだと言うようにマツの席には編入生が座っていた。
物理的に座っていたし、生徒会役員としても周りが編入生を認めていた。
副会長に編入生がなり変っていたのだ。
そのことが異様だと思ったのはマツだけのようで周りはなんの疑問も感じていない。
マツはそこではじめて自分の思い違いに気がついた。
副会長の仕事は自分しかできないことだと思っていた。
周りからそう言われて託された役職でもあるし望まれていたと今の今まで感じていた。
検査が長引き一週間程度いないうちに学園というせまい世界の構造が変わってしまったのだ。
すでに学園はマツを必要としていない。
マツがいなくても生徒会は回っていく。
今までマツに泣きついてきたりマツを頼ってマツを中心に回っていた生徒会はどこにもない。
生徒会の中心は編入生と会長であり、マツが感じるのは疎外感だけだ。
編入生が生徒会役員たちと仲良くなり様々な反感を買いながら最終的に全校生徒に認められる存在にまでなった。
そう人から聞いたところで実際に流れを見ていないマツからすると現実感のない絵空事。
数日で世界が再構築されたような不自然さに吐き気がしてしまう。
編入生はこぎれいな顔立ちで明るく天真爛漫なので人に好かれる人間かもしれない。
最初に反発した人間こそ、彼は強く惹きつける。
そのことをマツは否定する気はない。
けれど、初対面であるマツにむかって「無理するなよ」と言った。
マツの場所である副会長の席に座り、マツの代わりに副会長の仕事を処理して「オレがやっておいてやるから」と編入生は言った。
そのときのマツの感情はマツ本人にすら言葉であらわしきれない。
ただ確実に心の中にある何かがへし折れた。
自分の代わりをする人間はどこにもいない。
世界を終わらせることができる爆弾を持っている唯一無二の自分のことを心のどこかで誇りにしていた。
自分が損をしているのではなく誰もできない役目を背負っているのだと自信にしていた。
穏やかに微笑んで感情をコントロールする自分はこの世界の誰よりもやさしい人間だと考えていた。
自分のおかげで何も知らない人々が平和に暮らしているのだとすら感じていた。
特別であることに優越感を持ち自分以外をどこか見下していた。
自分の代わりはこの世界のどこにもいない。
逆に自分以外は代えの効く存在で重要じゃない。
だから、自分が世界を守らなければならない。
人から特別だと思われて愛され大切にされるのは当然のことだ。
心のどこかでそういう驕りがあった。
自分の一存で世界が滅ぼせるからこそ世界に敵意や人類に悪意を持ってはならない。そう教えられていた。
穏やかですぐに怒ったりしない人格であるように言い含められ訓練していた。
感情のコントロールは誰よりもうまくなければ目には見えない爆弾のスイッチを押してしまう。
それは一族にとりついた妄想なのかもしれないし、周囲がマツを騙しているのかもしれない。
考えないようにしていたすべてがマツの中でゆっくりと弾けだす。
人を恨んではならない、人を妬んではならない、人を憎んではならない。
なぜならそれが起爆剤になるから。
スイッチが押されたら世界はもう戻らない。
マツは幼いころ毎日のように世界は自分が握っているのだと言い含められていた。
世界を思って、周囲のことを思って、怒りでもなんでも感情を抑えなければならないと言われ続けていた。
それらことなど、すでにどうでもよくなっていた。
自分の代わりに自分の役割をする人間がいる。
マツがマツとしているよりもその人間のほうが周りに望まれている。
居場所を盗まれたと思うのはマツの驕りだ。
元よりマツの場所として席があったわけではない。
副会長として仕事をするのは誰でもよかったし、十和田(とわだ)末(まつ)を名乗る存在であるなら自分ではなくてもいいのだ。
自分などいらない、自分などそもそもいない。
爆弾のスイッチを押さない誰かなら十和田(とわだ)末(まつ)でなくとも構わないのだ。
そういった考えが極論だとしてもマツは思い知った。
自分の価値は思った以上に低いのだと気づいてしまった。
今まで心を乱さぬように微笑の中におさめていた感情があふれかえる。
本当の自分は凪いだ海ではなく荒れ狂う嵐の海。
かりそめの穏やかさはわずかな侮辱にすら太刀打ちできない。
今までがあまりにも暴言と無縁でいたせいかもしれないが少しの言葉でもマツにとって否定は受け入れることができないものだった。
死神を名乗る黒衣の男が笑いながら「君が願えば世界が終わる」と告げてきた。
自分にそんな力はないと思う一方でもし世界を滅ぼせたのならきっと気分はスッキリして落ち着くだろうとマツは思った。
今までずっと爆弾があることを知りながらスイッチを押さないように生きてきた。
興味本位ですら触れずにいようと目をそらしていた。
自分しか持たない世界を壊す爆弾。
自分よりも編入生を選ぶような世界ならいらない、それがマツの中で湧き出たシンプルな答え。
マツの心境は親にわがままを聞いてもらえなかった子供や友達と喧嘩をした子供の後先考えない気持ちかもしれない。
心が広く根っからやさしい人間ならば怒ることもせずに席を譲ったりたしなめたりするのだろう。
編入生のような人間に出会ったことのないマツはそんな機転の利いた行動はとれなかった。
理性は感情の波にさらわれて消えた。
自分の中のスイッチを押すことの意味をわからないわけではない。
世界よりも自分の感情を優先した先に待っているものは地獄の風景かもしれない。
本当に世界が滅びたのなら後悔するに決まっている。
だが、世界を滅ぼせたのなら自分が他の誰も代わりにならない存在であったことを証明できる。
妄想ではなく事実として世界を滅ぼさず存続させていた人間になれる。
過去形になったとしても以前までの自分を肯定できるだろう。
自分は頑張っていた。
耐えていたのに周りがそれを壊したのだ。
世界を滅ぼすのはマツではない。
マツを傷つけた周囲の人間たちだ。
子供が泣き叫び地団太を踏んで自分の意見を押し通そうとしたり、傷ついて悲しんでいるとアピールするような幼稚な行動だとわかった上でマツは滅びを選ばずにはいられない。
今まで味わったことのない胸に突き刺さった衝撃をどうにかしたいだけなのだ。
大切にされたことしかなかったせいでマツは編入生の言動に対処できない。
なかったことにしてしまいたい。全部をなかったことになればいい。
マツの苦しみを見抜いたように死神は誘う。
世界を滅ぼすなんて簡単だろうと笑って背中を押してきた。
マツは自分の中で感情が増幅されていく気がした。
みんな、死んでしまえ、そう思う直前に電話がマツのもとにかかってきた。
登録されていた相手はよく知る相手だったが電話をするのは初めてだ。
検査の最中にいつも会う少年。
はじめは無表情ですこし怖かったが案外、人懐っこい。
少年も何か検査を受けているようでマツとふたりで軽く愚痴りあう。
どこが悪いのかわからないが少年の検査項目はマツと同じかそれよりもひどい。
何かの実験に参加しているようなことを言っていたのでマツとは違う領域で少年は少年で苦労をしているのだろう。
小柄で年下である彼と会うことが病院での退屈な検査においてマツの救いだった。
少年もまたマツのことを「抹茶ん」と呼んで慕ってくれていた。
数日前に別れたばかりの少年からの連絡にいやな予感がした。
死神が電話に出るなと言ってきたが当然無視する。
『抹茶ん、あのさ……オレ、外国に行くんだって』
そうは見えなかったが少年は体が相当悪かったのかもしれないとマツは考える。
日本の病院ではこれ以上の治療法がないので海外に行くことは不思議なことじゃない。
『もしかしたら死んで、戻ってこれないかもしれない、って』
声はふるえず淡々としていたが少年の恐怖がマツにはわかった。
少年と初めて会った日に自分よりも年下の相手に間が持たなくなって、たまたま持っていた抹茶の飴を渡した。
食事制限は特にないようで少年はすぐに飴を口に入れ、泣いた。
子供には苦くてダメだったのかと思ったマツに少年は「にがいけど、おいしい」と言った。
抹茶の味を知らなくてビックリしたという。けれど、泣いたのは驚いたからではなく美味しかったから、らしい。
少年の涙の理由は少年にすら説明ができない。
マツはそれでも少年の気持ちをなんとなくわかるような気がした。
あれは喜びの涙だ。
抹茶の飴で喜んで静かに涙を流せるような子供の感性にマツの心は揺れる。
編入生から与えられたような衝撃とは全く違うが心を動かさないようにしているマツの心を少年はふるわせた。
そして、今この電話でも初めて会った時のような衝撃に見舞われる予感があった。
死神が電話を切れとうるさい。
『オレは死にたくない。生きてるから、生き続けたい』
生への渇望は何もおかしなことじゃない。
病院にいる人間なら誰でもが死にあらがいたいと思っているだろう。
『抹茶んもオレに生きててほしいって思って』
「思ってるよ」
即答していた。
世界を滅ぼすスイッチを押そうとしていたような人間なのにマツは少年の生を肯定した。
『……オレが生き続けることを祈って』
海外で手術か何かをするのかもしれない。
食事制限はされていなかったけれど初めてあった頃は本当に小さくて皮と骨だけのようだった。
内臓の機能が不十分なのかもしれないと思ったがそのうち、気にならなくなった。
ただ食に対する意欲はすごいので発育不良な身体とのアンバランスさがマツは気になっていた。
『抹茶んにしか頼めない』
淡々として温度など感じられなかった少年の声に含まれるゆらぎを感じる。
今日はどんなお菓子をくれるのかと期待してくる輝く瞳を思い出して目頭が熱くなる。
少年がいなくなる世界を想像することすら恐ろしくてできない。
マツは自分の感情がコントロールできていないと自覚していた。
滅びを願おうとした薄暗い感情に支配された状態とは逆だ。
胸が痛いのに満たされている。
勝手に涙が流れることに不快さではなく爽快感があった。
世界を呪って壊しつくしたい衝動など今はどこにもない。
心の中を占めるのは感謝だ。
『無事を祈るなんて口で言うのは簡単だけど本気でなんて、きっと誰もしてくれない』
「そんなことは」
『うん。……抹茶んは違う。抹茶んは約束したら絶対。オレはオレを信じる気はないけど抹茶んは信じる。抹茶んが大丈夫っていうなら大丈夫だと思う』
編入生に頭を殴られて倒れたところを踏みつけられたのだとするのなら、少年に手を差しのべられて抱きしめられた、そんな気分。
タイミングはもちろんあるのかもしれない。
泣けてくるのはきっと自分すら自分を見捨てたことを思い知るのと同時に見切りをつけようとした自分を今まさに頼って支えにしてくれる人がいるからだ。
世界なんか壊れてしまえという思いは今までの自分の生き方の否定だ。
すべてを滅ぼすスイッチを押さないで生きていくのが十和田(とわだ)末(まつ)としての生き方だった。
それを否定しようとした。
編入生が副会長の席に座っていたこともそれを周りが受け入れているような姿もショックで自棄になっているのだとしても投げ捨てていいものじゃない。
自分をないがしろにした世界に復讐してやろうなんていう低レベルな考えでスイッチを押していいわけがない。
壊れたら戻ることなどない。
自分と他人の違いを見せつけるために滅びを求めるのは違う。
『抹茶んはオレのことを自分のことか自分以上に本気で考えてくれるから、それでだめならダメで諦められる』
自分を自分として認めてくれる他人。
代わりにはならない自分を見てくれる誰か。
「幸せになる呪いをかけたから、何があっても大丈夫」
『うん』
「安心して。怖いことなんか何もない」
『うん』
安心したように息を吐き出して「ありがとう」と口にする少年に熱い気持ちがこみ上げてくる。
誰かに必要とされることの喜びを思い出させてくれた少年にこそ礼を言いたい。
自分以外が自分の役割をこなせるという事実に感じた虚無感、自分がいない間に出来上がっていた関係を見せつけられる疎外感。
それらすべてマツが知らずにいたもので何もかもをなかったことにしたいと思うほどに耐えがたい苦痛があった。
『抹茶んがいてくれてよかった』
少年はありがとうと繰り返す。
話せてよかったと少年が口にするたびにマツは自分の心が浄化されていくのを感じる。
「ありがとうと言ってくれてありがとう」
世界なんか滅びてしまえとはもう思わない。
今は心から少年の幸せを願った。
祈るだけでなんの力もないかもしれない。
けれど、少年が必死に生きている世界を壊そうだなんてもう思えるはずもない。
少年が傷つくような世界なら滅びるべきだが生きたいと願って歩いている少年を邪魔するようなことはしたくない。
無表情な少年は怖いものなどないように見えるが医者にも保護者にも内緒だとマツにだけ愚痴という形で弱音をこぼしてくれていた。
それはきっとこの先も続いていくことだ。
少年の気持ちを楽にする手伝いができることがたまらなく気持ちいい。
「誰かの役に立てるというのは幸せなことだ」
マツの中に芽生えた絶望は本人がそのすべてを自覚し終える前に消えた。
黒衣の死神が面白くなさそうに離れていったこともまたマツは気付かない。
マツにとってなんてことのない約束こそが未来への希望だ。
学園ではなく少年こそが世界だった。
自分を軽視するような学園の人間ではなく少年こそが世界のすべて。
電話の向こうにいる少年が海外から帰国したら抹茶のお菓子を食べにいこうと約束した。
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BL的な話をすると
人格者でなければならないみたいな教育を受けていて隙がないマツをゆさぶる道具としての編入生であるのと同時に爆弾のスイッチ持ちであるマツを試したという親世代的な思惑があったり。
少年と裏話(マツに本当にそういった能力があるのか)を語ると初期構想行きになりそうなのでこの話はここでエンド。
(初期構想ではなく少年が死んだり大きな怪我を負う世界を滅ぼした=少年は人の悪意で殺されたりしない、みたいな話は別の連載ですこし触れる可能性もあります)
少年第一至上主義になったマツに振り回される周囲とかそういうのは続編で書いたら書きます。