ごめんなさい、謝るから許してください
※細かい注意はしませんがあえて言うと流血とヤンデレ注意。
ごめんなさい、謝るから許してください。
泣きながらぼくは庭に穴を掘る。
横を見ると青白い顔で倒れている彼がいる。
彼、朔夜(さくや)は隣の家に住む青年だ。
大きめの一軒家にひとりで住んでいる彼を怪しいと思ったことはなかった。
愛想が良くて家はあずかっていると聞いていたからお金持ちだという印象もなかった。
頭がいい近所のお兄さん、そう思ってこどもなりに遠慮しつつ懐いていた。
両親が仕事の都合で海外に行くからぼくを連れて行くと言った。
そのことを朔夜に相談したら両親を説得してくれて海外に行かなくて済んだ。
ぼくの言葉は聞かなくても朔夜の言葉は聞く両親に腹が立ったものの朔夜が口が上手いということなんだろう。
朔夜は黒髪で目も黒いけれど日本人離れした白い肌をしていた。
鼻も高くどこかテレビで見る外国人タレントのよう。
日本語の発音は滑らかだから深く考えたことはなかったけれど朔夜は日本人じゃないのかもしれない。
いま、ぼくの問題になっているのは朔夜が日本人かどうかじゃない。
ぼくが最低な罪を犯していることだ。
泣きながらぼくは朔夜に謝った。
謝ってどうにかなるものじゃないのは分かっている。
でも、謝ることしかできない。
朔夜がぼくの面倒を見ると両親に言っていたらしく三食、朔夜がぼくにご飯を作りに来てくれるし洗濯なんかも一緒にやってくれる。合鍵を持っているので掃除もしてくれる。ぼくはそのことが異常だなんて思っていなかった。
きっかけは転校してきた三奈鳥(みなどり)くんだ。
三奈鳥くんはとなりの席になったのでよく話をする。
お弁当を食べていたらそこから朔夜の話になった。
そこでぼくが如何に甘えているのか三奈鳥くんに説教された。
自分でも気づいてはいたことなのでぼくは朔夜離れをすることにした。
三奈鳥くんは一人暮らしだというので三奈鳥くんの家に泊まったり料理を教えてもらった。
朔夜に作ってあげようと思っていた。
でも、その機会は永遠に訪れない。
ぼくは朔夜を殺してしまった。
三奈鳥くんの家に泊まったことやそれをきちんと報告しなかったことを責められた。
今までそんなことをしなかったのだから朔夜は悪くない。
ぼくの両親からぼくのことを任されているのだから警察に行こうと考えるのだってわかる。
連絡をしたつもりになって朔夜からの連絡を無視していたぼくが悪いのはわかっていた。
ちょっとした気分の行き違いというか、ぼくは朔夜のためにサプライズをしようと内緒で案を練っていた。
朔夜はぼくの無断外泊などをいつになく責めてくる。
今まで朔夜に甘やかされていたぼくはムッとして、つい反抗的な態度になった。朔夜の干渉がわずらわしいなんて思ってしまったのだ。三奈鳥くんが一人暮らしで自由にしているのを見てしまったからだ。
泣きながらぼくは自分の未熟な精神をどうにかしたいと考えた。
やり直したいと願っていた。
今の昨日も今日もずっとやり直したいと願い続けている。
だから、こんなことになるんだろうか。
ぼくよりも体格のいい朔夜を埋めるのは骨が折れる。
寝ている人を動かすのは大変だというけれど、死体もまた同じだ。
朔夜にうざいと暴言を吐いてぼくは自分の部屋に引きこもろうとした。
逆ギレをして朔夜なんかいなくなればいいと口にした。
もちろん、本心じゃない。
けれど、たぶんそれが朔夜を強く傷つけた。
ぼくの部屋のカギを壊して朔夜が無理やり侵入してきた。
今まで優しく穏やかな朔夜しか知らないのでぼくは怖かった。
このときもぼくは自分は悪くないと思っていたので朔夜に対していろいろと文句を言っていた。
無言のまま朔夜はぼくの服を脱がそうとした。本当に意味が分からなくて強がりも忘れてぼくは朔夜に謝った。
朔夜は許してくれなくてぼくを裸にして足を持ち上げて笑った。それに瞬間的にカッとなって手に触ったもので朔夜を殴りつけた。枕元に置いていたお土産にもらった木彫りの身代わり人形だと気づいた時には朔夜は血を流して床に倒れていた。
呼びかけても返事がなくて怖くなったぼくは朔夜をそのままにしてリビングでテレビをつけて一晩過ごした。
ある時間からどこのチャンネルも通販情報ばかりだと思いながら一睡もできずに朝になった。
玄関に置きっぱなしだった鞄を持ってぼくは学校に行き昨日のことは全部夢だと思おうとした。
土曜日と日曜日の夕方まで一緒にいた三奈鳥くんは月曜日であるその日、現れることはなかった。
ぼくは救急車を呼ぶこともせず、警察にも行かず、朔夜の死をどうやって隠すかということばかりを考えていた。
今まで散々世話になったのに最低だと思う。
でも、ぼくが朔夜を殺したと知れば両親は傷つくだろうし周りから人殺しだと思われるのも怖い。
ぼくは人から批難されることが耐えられない人間だ。
優等生として周りから褒められる人生を歩んでいたので責められることを想像するだけで胃が痛くなる。
悪いことをしたのだから裁きを受けないといけないのは頭では分かっている。
感情は恐れていた。人から悪い子だと言われるのが死ぬよりも嫌だった。いっそ、朔夜の隣で死んでしまいたいとすら思う。海外にいる両親を思うとそれもできない。
学校という普通の場所にいると、このまま朔夜のことはなかったことにしてやり通したい、そんな自分勝手な気持ちになった。誤魔化せるんじゃないのかと甘い考えにとりつかれた。
家に帰って自分の部屋にある朔夜の死体を庭に埋めてやり過ごす。
ぼくはそれしか自分に残された道はないと思った。
家に帰るとそこには誰もいない。
僕の部屋に朔夜がいた痕跡はない。
血の跡もなかった。
電話があって出ると両親からのお小言。
朔夜が無断外泊を報告したらしい。
ぼくは何がなんだかわからなくなってリビングでクッションを抱えていた。
しばらくすると玄関が開いて朔夜がスーパーの袋を持って帰ってきた。
いつもの夕方の風景だ。部活も何もないからぼくの帰宅は早い。
朔夜は夕方のタイムセールで夕飯やお弁当の食材を買ってくる。
ただいまと口にする朔夜はいつもの朔夜でぼくは自分が朔夜を殺したことは嘘なんだと安心した。
ろくに食事が喉を通らなかった分、その日の夕飯はいつもより多く食べた。ハンバーググラタンはとてもおいしかった。
夢の中とはいえ朔夜を殺すなんて最低だとぼくは洗い物をかって出た。
ぼくは朔夜に自分が何をしたのか忘れたのと同時に朔夜が何をしたのか忘れていた。
いままで優しいお兄さんだった朔夜がぼくを襲ったことをぼくは考えることもなく無防備にお風呂に入った。
ゆったりとして少し眠くなってきたぼくは朔夜が風呂場に侵入してくるまで気配に気づかなかった。
声をかけられてキスをされそうになった瞬間、ぼくは朔夜を突き飛ばしていた。
朔夜の頭が蛇口部分にあたり血が流れている。
恐ろしい光景にぼくはまた逃げ出した。
服をきちんと着こむことなく自分の部屋に行き、布団の中にうずくまる。
いつもドライヤーで髪を乾かすように口うるさい朔夜を思い出しながらぼくは泣いた。
なんで、こんなことになるんだろう。
朔夜を殺したいわけじゃなかった。
その気持ちは本当なのにこれが現実ならぼくは朔夜を二回殺したのだ。
混乱の中にあってもぼくは図太いらしくそのまま眠ってしまった。
朝起きると朔夜がいつも通りに朝食を作っていた。
ぼくは叫び声をあげて壁に頭を打ちつけたくなった。
それほど驚いたけれど朔夜はとくに気にせずいつも通りだ。風呂場に血の跡はなく朔夜の頭も怪我は見当たらない。
ぼくの頭はおかしくなってしまったのかもしれない。
朝食を食べて朔夜お手製のお弁当を持って学校に行った。
今日こそ三奈鳥くんに相談しようと思ったのに朝のホームルームで担任が三奈鳥くんはまた転校することになったと発表した。そんなのはウソだとぼくは学校が終わってすぐに一度泊まった三奈鳥くんの家に向かった。
三奈鳥くんの家があった場所には何もなかった。三奈鳥くんが引っ越したとかそういうことじゃない。家自体がなかった。
ぼくは狐に化かされたなんていうかわいい気分じゃなく底知れない恐ろしいものに巻き込まれた気持ちで家に戻った。
そして、帰りが遅いと心配した朔夜に抱きしめられて思わず玄関先にあった花瓶で殴りつけてしまう。
朔夜が憎いはずがない。
抱きしめられるのもキスをされるのも嫌じゃなかったし、慣れたことだった。
帰りが遅かったら心配して玄関先で抱きしめられるなんてよくあったことなのにぼくは朔夜を殴りつけた。
頭蓋骨が陥没した朔夜。
ぼくはまた泣きながら朔夜に謝った。
そして、庭に穴を掘ることにした。
この悪夢が終わることを祈りながら、ぼくと朔夜の今までを思い返す。
朔夜は本当にぼくに優しくていつだってぼくに甘かった。
どんな望みも叶えてくれる。
だから、なかったことにしたいと願うぼくの望みどおりに甦ってくれたんだろうか。
それなら、ぼくが朔夜を殺すのが間違っている。最低だと何度反省してもぼくは三回も朔夜を殺した。
謝っても謝りきれない。
朔夜の顔に土をかけるのが嫌だと思った。
本当は今まで殴っても死ななかっただけで死んだと思ったのはぼくの勘違い。
朔夜はぼくの無断外泊に怒っていたから驚かせようと黙っていて騙している。
三奈鳥くんのことは偶然。
そう思えたのならぼくだって楽だ。
そうじゃない。
ぜんぶ、せんぶ、朔夜が原因だ。
ぼくはいつの間にか朔夜以外がいない環境にいた。
それを疑問に思わないようになっていた。
朔夜がいることを当たり前に思っていたけれどぼくたちの距離感はおかしかった。
隣人との接し方を間違えた。ぼくと朔夜は家族じゃない。三奈鳥くんと話していてそれを思い出した。
けれど、きっとこのことを指摘したから朔夜はぼくを襲った。
ぼくを襲って家族になろうとしたのだ。
朔夜は言っていた。
男でも孕ませることが出来るのだと。
そう、朔夜は人間じゃない。
ぼくの頭が一番拒絶していた事実。
それは朔夜がぼくを襲うことでも朔夜をぼくが殺してしまうことでも三奈鳥くんのことでもない。
朔夜が人間ではないということ。
生き返っているのだから人間であるはずがないのかもしれない。
それでも、ぼくは朔夜が人間でないことが認められなかった。
翌日、土で汚れたからか朝からシャワーを浴びている朔夜。
ぼくは風呂場に押し入って包丁で朔夜のわき腹を刺した。
「なんで、なんで生きてるの」
「オレは吸血鬼なんだって話しただろう」
「なんで、なんで、なんでっ」
「やめっ、やめろ。ごめん、あやまるから」
包丁で朔夜を刺し続ける。
普通の人間ならこのまま失血死するんだろうか。
「ごめんなさい、謝るから許してください」
泣きながらそう口にする朔夜に自分から口づける。
舌を絡ませながらぼくは「ゆるさない」と心の中でつぶやく。
夜峰(やみね)朔夜(さくや)のことは、ぼくが一番知っている。
誰が何をどう言ったところでぼく以上に朔夜を知っている人間なんかいない。
そう思っていたのに三奈鳥くんは朔夜を知っていた。
吸血鬼である朔夜を倒しにきたというわけではなく昔の写真と同じ姿である朔夜を調べにわざわざ来たという。
ぼくがSNSに投稿した朔夜の写真からこの街に辿り着いたという。
その信念はそのまま朔夜への愛情だろう。
ぼくに隠し事をしていた朔夜も、ぼくの知らない朔夜の知識を持つ三奈鳥くんも、ぼくは許せなくて。
だから、ぼくは。
余韻ぶち壊し、読まなくていい後書き→