無邪気でうつくしい天使は悪魔

「無意識Mは忠犬攻めになるしかない」のモブ不良視点。
ハーレム?? 正しい親衛隊の姿?


 三奈木(みなぎ)直比呂(なおひろ)がどんな人間なのかと言えば「天使で悪魔」というのが結論だろう。
 瑠璃川会長が疲れたように「知ってるか。天使と悪魔はおなじ猛禽類の翼を持ってるんだぜ」と言っていた。
 天使の顔をした悪魔ではなく天使でありながら悪魔でしかないのが三奈木(みなぎ)直比呂(なおひろ)、その人だった。
 
 転入生に殴られて顔が腫れたことよりも直比呂が転入生を「テラくん」と呼び、転入生に「直比呂」と呼ぶのを許していることにショックを受けた。
 
 彼は基本的に「三奈木」と呼ばれることを好んでおり、いとこであり長い付き合いの会長すら「みなちゃん」呼びであり下の名前で呼ばない。
 
 オレたち生徒会長の親衛隊兼、会長親衛隊長である三奈木(みなぎ)直比呂(なおひろ)の親衛隊員は衝撃を受けた。
 彼は魔性という言葉が似合う人だった。
 
 うつくしく艶めかしくどこか無邪気で隙があるのがかわいらしい。
 男であるのは間違いなく、華奢ではあるが身長が特別低く頼りなさげなところはない。
 中性的でジェンダーレスな三奈木(みなぎ)直比呂(なおひろ)は完璧な存在だ。
 日本舞踊をたしなんでいて基本、和装で過ごしていたらしいので仕草に粗雑なところがない。
 物を口に運ぶその何気ない動作すらどこか品があり時に艶めかしい。それを伝えると無防備に近づいてきてこちらの指を舐めようとするのだから勘弁していただきたい。
 からかっているだけでそれ以上の意味がないのは分かっていても変な期待を抱いてしまう。
 ゆったりとした動きと子供のような好奇心で彼は気まぐれな猫のように好きに学園の中を歩き回る。
 
 いわゆる不良と言われる枠組みにいるオレたちが彼と出会ったのも箱庭を抜け出して気ままな一人旅をしていたからだ。
 
 適当に脅して追い払う、それがいつものオレたちだったが先手を打たれた。
 勝手にパンの山からやきそばパンを取ってというか盗って食べだす三奈木直比呂。
 満足気においしいとうなずきながら食べる姿は異質で常識知らずのはずだが元々そのやきそばパンが彼のために用意していたような気さえしてくるほどに自然だった。オレたちと最初から知り合いであったかのように普通に話しかけてくる彼にあっちに行けという一言が誰も口にできない。
 唇についたらしいソースを舐める仕草に思考は持っていかれて正常な判断が出来なくなる。
 彼が魔物だとしたら信じるし、美を司る神だとしてもまた冗談だと思うことなく納得できる。
 三奈木直比呂を前にして普通に対応できる人間なんて瑠璃川会長を置いて他にいない。
 会長以外は例外なく彼のてのひらの上で踊らされるだけだ。教師すら例外じゃない。
 
 目の前に三奈木直比呂がいるとどうしても従ってしまうし、彼の一挙一動に注視して頭が働かない。
 だから、本当のところ何を思って動いているのかなどわからない。
 瑠璃川会長は「悪戯好きの小悪魔で興味のあること以外はしたくないけど興味のあることは突き詰めないと気が済まないタイプだから、みなちゃんの恋人はまず間違いなく地獄を見る。そもそも恋愛関係に持っていけない可能性が高い。肉体関係は興味を抱いたらあっさり許しそうだけど……」と疲れた顔をしていた。何かされたんだろうか。
 
 人によっては性悪とか顔だけなんて罵倒する人間もいるが三奈木直比呂が恐ろしいのはタブーがなさそうなところだ。
 見るからに柄の悪く、腕力で負けそうなオレたちのやきそばパンを断りなく食べる人間だ。
 おいしいと言いながら感謝の微笑みが見れただけで誰も怒る気にならなかったしやきそばパンを百個単位で買いこんで捧げたい気持ちになった。
 魔性だった。
 非常識だろうが何だろうが怒る気にも責める気にもならない。
 ずっと彼の姿を見ていたい。興味のあることにしか首を突っ込まない三奈木直比呂だったが幸い、飽き性じゃない。
 オレたちを適当に翻弄しつつ一緒に遊園地に行ったりゲームをしたりして遊んだ。
 一対一で行きたい気持ちがあっても間違いが起こることを恐れて誰も抜け駆けをすることはなかった。
 部屋の中でだらだらとした格好を見てムラムラしても殴り合うことで理性を取り戻して彼に変なことは何もしなかった。
 それは誰が言い出したことでもない。暗黙の了解だ。
 
 三奈木直比呂の非公式親衛隊とか手先とか私兵とかいろいろな言われ方をオレたちはするようになったが全然いやじゃなかった。むしろ、オレたちの肩書きに彼の名前が付属するのが嬉しいぐらいだ。
 瑠璃川会長が「骨抜きと言うより、もはや奴隷か」と呆れていたが彼は何も望んでいない。指示も出さない。
 オレたちが自主的に登下校で荷物を持ったり、周りを威嚇して黙らせたりやきそばぱんを買いに走っている。
 三奈木直比呂がオレたちのすることで喜んでくれるなら何だって出来る、そう思っていた。
 
 彼の特別になりたいなんてことは誰も思わない。
 おこがましいというよりは現状で満足していたからだ。
 だから、平気で愛情をたぎらせて彼を押し倒す気満々な転入生を嫌悪する。
 同時になんだか後から来たくせに特別な位置にかけあがったような姿がムカついて仕方がなかった。
 三奈木直比呂に対する不満じゃない。図々しい転入生に対する憤りだ。
 
 会長以外の生徒会役員たちの親衛隊が転入生を排除したがったり嫉妬した気持ちがとてもよくわかった。
 オレたちにすら気安く声をかけてくれる会長はもちろん好きだし尊敬しているがそれ以上に三奈木直比呂をオレたちは神格化していた。
 
「……おこってるの? 心が広いと思ってたけどそうでもないんだね」
 
 ふふっと笑うような吐息を漏らして彼はつま先立ちしてオレの頬を撫でた。
 殴られて腫れた顔をおもしろそうに見ながら指先をすべらせる。
 さっき楽しげに顔がぱんぱんに腫れたやつらの頬をアイスノンで冷やしていた。
 行動だけなら優しいが笑っているせいでいやがらせを仕掛けているようにしか感じられない。
 
 瑠璃川会長の言葉を使わせてもらうなら天使で悪魔な彼は優しいが同時にオレたちの困り顔や痛がっている姿を見て楽しんでいる。もしかしなくても転入生に対してオレたちが嫉妬することすら面白く感じているのかもしれない。興味があることに全力で、かといって人を傷つけたりすることもない。
 
 不満と嫉妬心と苛立ちを彼の隣にいる転入生に対して感じたところで楽しそうに微笑んでいる三奈木直比呂を見ると邪魔したいとは思えなくなる。彼の気が済むまで好きにさせたい。
 
 無言のままオレはやきそばパンの包装をはがす。
 何をするのか分かったのか、彼は当たり前みたいな顔で口を少し開いて待った。
 やきそばパンの先端を彼の口に押し当てるとそのままゆっくりと食べていく。
 きっとこれをオレの腰のあたりでやっても彼は気にせず食べるだろうし、むしろ察して煽ったようにパンをペロペロ舐めつつ食べてくれるかもしれない。悩ましげに眉を寄せて「んっ」と鼻から抜ける息を時折もらしながら彼はやきそばパンを食べる。オレに対するサービスなのか普通に食べているだけなのか判断がつかない。
 
 抱きしめてキスをしてもいいんじゃないのかという気になるほど許されている気はするのに手を伸ばして関係を壊すことを恐れていた。彼があまりにも男の欲望を軽視しているからか「すこし種類の違うオモチャ」程度にしか他人を見ていないからなのかは分からない。
 
「ごちそうさま。怪我してるから荷物持ちはテラくんに変わってもらっちゃったけど、持ちたかった?」

 いろんな感情で頭がぐちゃぐちゃになって言葉が出なかった。
 うなずくと「朝にテラくんがきみたちを追い払ったらしいけれど、これからはどうしたいの」と聞かれた。
 
「いままでと、おなじで」
「おなじでいいの?」
 
 上目づかいで小首をかしげるなんて男がしても気持ちが悪いとしか思わない。
 他の親衛隊のやつらがいくら小奇麗でかわいらしくてもオレはずっとそう感じていた。
 女であってもずる賢そうなあざとい仕草で気分が悪い。
 そのはずなのに三奈木直比呂がすると過呼吸になりそうになる。
 興奮しすぎて上手く呼吸が出来ず身体が危険だと判断して息を吸い込もうとしすぎて息が吸えない、そんな状態になりそうだった。
 
「したいなら、もっとしてもいいんだけど」
 
 三奈木直比呂がオレの胸を指で撫でてきた。
 誘っているとしか思えない。
 だが、そんなうまい話がないことは知っている。
 
「やきそばパンだけじゃなくてアイスを買ってきてもいいんだよ」
 
 期待させるだけさせてこの仕打ち。さすがは三奈木直比呂。
 ミルクバーや口いっぱいに頬張るアイスバーを食べさせてやりたい。
 口の端から食べきれなくなったアイスをこぼしたり手や口元が汚れたと眉をひそめる姿は無修正のセックスよりもエロくて興奮するに決まっている。
 
 本人は狼狽えているオレたちを面白いと思っているだけで自分がどう見られているのか本当のところはきっとわかっていない。無垢な天使と言えなくもないのに面白がって煽れるだけ煽ってくるうつくしく残酷な悪魔。
 
 オレたちは彼がどんな選択をしようと離れることはないし、一生嫌いになることもないだろうと確信していた。
 彼が恋人を作ったところで彼の特別になれるわけではないのだから嫉妬するだけ無意味かもしれない。
 感情は上手く制御できなくても三奈木直比呂を前にすればオレたちはみんな彼に夢中になって他の感情は忘れてしまう。
 
 うつくしい魔性は人の感情を無意識に操ってくる。
 何より恐ろしいのはその状態を自覚しながら抜け出そうと思えないところだ。
 彼の言いなりになり、彼に翻弄される日々が何より楽しい。



※不良にもっとMっ気があれば「いじめて、構って」ってハアハアするようになるかもしれませんがそんなことはない感じ。(ハアハアはテラくんがしているってこともありますが……)


コメントいただいて「不良視点なるほど」と早速書いてみました。
ありがとうございます。
(テラくん視点書こうかなあとぼんやり考えていました)

三奈木(みなぎ)直比呂(なおひろ)基本的にどんな行動にも悪気はないんですよ。
純粋な子どもみたいなところがあるから逆に取り扱い注意……。
浮世離れしているのは瑠璃ちゃん以外がみんな、ツッコミ入れたくても心の中だけで終わって口にしないから、という疑惑。
prev/next
アンケート拍手
×
「#オメガバース」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -