無意識Mは忠犬攻めになるしかない

 床に這いつくばっている転入生、寺田(てらだ)良夫(よしお)は昔、不良だったらしい。
 僕と一緒にいた不良たちを倒しただけじゃなく部屋に戻るまでに出会った相手も殴りつけて黙らせていた。
 さっきまでのもじゃもじゃ髪や眼鏡がなくなってもテラくんは不良にも強くも見えない。
 僕が小柄だからテラくんの方が身長が高いとはいえ強さとは無縁だと思っていた。
 けれど、テラくんは自分よりも大きな相手を吹き飛ばしていた。
 番犬がクマを吹き飛ばしているようで面白いものが見れた。
 
 その格好よさは僕の部屋の中でテラくんは失ってしまったらしい。
 今のテラくんはただの変態でしかない。
 
「テラくん、僕の靴下おいしい?」
 
 問いかけに息を乱して頷くテラくんは変態だ。
 でも、それがとても面白い。
 
 
 僕がテラくんを部屋に連れてきたのは気まぐれだけれどテラくんが変態なのはテラくんのせいだと思う。
 
 
 いつものように部屋について制服から部屋着に着替えていたら、テラくんは急に股間を押さえてトイレに入ってしまった。そんなにせっぱつまっていたのだろうか。テラくんの分のお茶を入れて待っていたけれど出て来ない。
 
 ただ待っているのも退屈なのでテレビをつける。ドラマを見ながら、やっぱりおかしいよなあとテラくんの同室者の彼のことを考えた。
 
 人から愛される理由というのは存在するはずだ。
 なんの理由もなく人から好かれるなんてことはないと僕は思っている。

 綺麗だったりかわいかったり見た目が魅力的だというのは人を好きになる理由としてとても分かりやすい。
 僕は周りから容姿で好かれているのでなおさらだ。価値観として容姿が一番とは言わないけれど見た目は重要だろう。
 あとはテラくんのような元気がよくてリアクションが激しいと見ていて飽きないので愛されるのも分かる。
 でも、顔はよくない頭はよくない態度もよくない、ないない尽くしの人間が愛される理由はさっぱりだ。
 平凡な見た目でも愛嬌があれば別だろうけれどテラくんの同室者はとくにそういうこともないらしいから僕は不思議で仕方がない。答えが出ないことはいやなので早くテラくんに教えてもらいたい。
 
 ポップコーンを食べながらドラマを見ていた僕は物音に振り返る。
 脱ぎ捨てた僕の靴下をつかんで震えているテラくんがいた。
 汚れ物はまとめてクリーニングに出す。
 脱いだ制服はハンガーにかけるけれどシャツや靴下なんかの脱いだものは床に放っておいてしまう。
 クリーニングに出すときにまとめるか誰かが部屋に来たときにまとめてくれるので基本的に床に脱ぎ捨てたままにしている。
 
 だらしないと幻滅されたことが僕は一度もない。
 このぐらいの隙がある方が人間らしくて安心するとすら言われることがある。
 片付けは嫌いじゃないけれど脱いだシャツを踏んづけて転んだりする瑠璃ちゃんやこっそりと靴下の匂いを嗅ぐ不良を隠し撮りするのが楽しい。羞恥心でのた打ち回る彼らは懲りないのか五回に一回は同じような行動をとる。
 
 震えているテラくんの様子に首をかしげる。
 とくに靴下は臭くないと思う。一日履いていたので少し湿った感じかもしれないけれど、どこにでもある靴下だ。
 指先を舐めるとテラくんの瞳が見開かれ血走ったのでビックリした。
 犬が体温調節をするように舌を出してハアハア言いながらテラくんは涎をだらだら垂らす。
 前傾姿勢になってホラーもののゾンビみたい。
 崩れた表情や涎が汚いと思ったので警告代わりに軽く蹴る。
 するとどうやらテラくんは射精してしまった。体を痙攣させながらどこか満足気な顔と吐息。
 僕の足は軽くテラくんにかすったぐらいで強い衝撃はなかったはずだ。
 それなのにイッてしまったらしいテラくんは敏感な子なんだろう。これは事故であって僕の責任じゃない。
 テラくんは慌ててズボンごとパンツを脱いで確認した。どう見てもアウトのようで顔を真っ赤にして泣いている。情けなさと羞恥心でいっぱいいっぱいなのかもしれないけれど、確認はトイレでやってほしかった。精液の独特な匂いが部屋の中に漂った気がする。
 
 僕はオロオロあわあわしているテラくんの口の中に靴下を入れてあげた。
 涎で床が汚されるよりはいいし、何か大声で騒がれるのも面倒だ。テラくんも顔をもっと赤らめて喜んでくれたので正しい選択だ。息苦しいだけでこんなに嬉しそうな顔はしないだろう。
 
「ねえテラくん、靴下おいしい? 持って帰りたい?」
 
 大きくうなずくテラくんはまた勃起している。
 人の部屋でしつけのなっていないダメな犬みたいなテラくんに僕は呆れた。
 でも、冷たい視線が嬉しいらしく恍惚としている。
 
「ぺっ、して。……その靴下、そのはしたなく勃起したおちんちんにかぶせて。そうしたら、持って帰っていいよ」
 
 僕の言葉にぎこちなく身体を動かすテラくん。靴下がどうしてもほしいのか僕の言葉に従いたいのかおちんちんに靴下をかぶせた。僕の足が細めなことや靴下を二重にかぶせたからかおちんちんは窮屈そうにしている。

 テラくんはおちんちんを扱きあげたいと訴えてきた。靴下を外したいと言い出さないあたりがおかしい。
 笑いながらも僕は許可しない。
 
 身悶えしているテラくんをポップコーンを食べながら眺める。
 ドラマよりもテラくんが面白い。
 いつまで耐えるのだろう。
 あえて声をかけずに見つめていた。
 
 いろいろと考えたのかおちんちんに触れないなら代わりに僕の指を舐めたいとテラくんは言った。
 仕方がないのでポップコーンを食べさせてあげたら泣きながら射精していた。
 普通のポップコーンなのにテラくんは感動屋さんだ。
 
「テラくんがおもらししても許してあげるからゲームしよう」
「げーむ……?」
「殴り合い」

 そう言ってテレビの下の棚を指さす。
 昔ながらの据え置きのゲーム機やソフトがいくつも置いてある。

「格げー? うん、だいじょうぶ」
 
 首を縦に振るテラくんは余裕がない。
 数十分前の元気よく声を上げていた姿から想像がつかない。
 脂汗を浮かべながら息を弾ませて目を血走らせているテラくん。
 きっといつもの姿じゃないテラくんに笑えた。
 どうしようもなく面白くて足をバタバタ動かした。
 ソファに座ったままだから床に座り込んでいるテラくんは僕の足に近かったとはいえ、蹴ってしまったのはわざとじゃない。どうしてか動かしている足の方にテラくんが近づいてきた。目が悪いというわけじゃない。眼鏡は変装道具だとテラくんは言っていた。
 僕は少し考えて自分のひざをなでた。
 
「もしかして、パンツが見たいの?」
 
 勃起していることを誤魔化したいのかテラくんはうつむく。
 図星だから目をそらしているのかもしれない。
 
 僕は部屋の中での格好がゆるい。
 基本的にゆったりとしたロングTシャツを着る。
 夏はノースリーブで透けていたりする白い薄手のワンピースの時もある。
 今日は肌がすけることはないが立つと膝丈、座ると太ももあたりまでしか生地がない。
 靴下もズボンもないので僕の下半身は自由だ。
 テラくんはそれが気になるらしい。僕の足ばかり見ている。
 すね毛がないのが珍しいというわけでもないだろう。テラくんも陰毛はあってもすね毛はそれほど濃くない。
 
「な、ななんで、ズボン履かねえんだよ」
「家では和装だったからズボンって慣れないんだよね。どうなってるのか、見たい?」
 
 裾を少しずつたくし上げる。
 前のめりになったテラくんは瞬きもせずに僕の足を見つめた。
 はぁはぁ言いながら腰を前後に動かすテラくんは変態だ。
 無意識なのかおちんちんを刺激したいらしい。
 盛りのついた犬がクッション相手に同じことをしているのを見たことがある。
 涙と汗と涎でぐちゃぐちゃなとても面白い顔は元が小奇麗だからこそギャップがすごい。
 これはテラくんが生徒会役員にモテるのもわかると内心でうなずいた。
 見えそうで見えないあたりで裾を上げるのをやめる。
 
「生徒会役員たちが仕事しないで瑠璃ちゃんに迷惑かけてるって知ってた?」
「……知らねえ。かいちょうが、サボってるって、みんな言ってて」

 困ったような戸惑ったようなテラくんは本当にわかっていないのかもしれない。
 でも、僕も譲るつもりはない。

「瑠璃ちゃんはがんばってるよ」
「な、な直比呂(なおひろ)が言うなら、そうなんだろうな」
「うんうん。僕、うそ言わない。ねえ、テラくんは僕の味方だよね?」
 
 自分の太ももを指で撫でて膝小僧を人差し指でなぞっていく。
 これは癖みたいなもので考え事をしているとよくする。
 瑠璃ちゃんから煽ってるみたいだからやめるように言われたけれどなかなか治せない。
 
「直比呂(なおひろ)、直比呂はおれに、どうしてほしいんだ? おれをどうする気だ!?」

 声をひっくり返しながら自分が被害者とでもいうように訴えるテラくん。
 僕は特別なことをテラくんにしたつもりはない。
 首をかしげながら人差し指を宙に円を書くようにくるくる回す。
 テラくんの瞬きの数が増えた。
 感情がわかりやすい子犬みたいにつぶらな瞳。
 興奮して勃起している変態なのにテラくんはテラくん。

「テラくんとゲームをしようと思ったけど、テラくんがそんな状態じゃないから……テラくんで遊んでる」
「っ!! どうしたところでかわいいっ」
「そう? テラくん、生徒会役員たちを殴りつけてお説教するか、同室者の彼よりも僕の瑠璃ちゃんの方がかわいくて格好よくって綺麗だって現実を教えてあげてよ」
「あいつのこと嫌いなのか?」
「嫌いとかじゃなくて理由が欲しいな。あの子が好かれる必然性が僕に理解できない限りすっきりしなくて気持ちが悪いよね。のどに魚の骨が刺さったみたいで気になるの。テラくん、自分よりも彼が好かれていることに疑問はない?」
 
 テラくんは少し考えた後に僕を見て「会長やあいつのことばっかり言わないでくれ」とお願いしてきた。
 似たようなことを以前に誰かに言われた気がする。
 
「おれ、男とかありえねえって思ってたけど直比呂、綺麗で、話すとなんかかわいいし、部屋は良い匂いしてヤバイし、生足まぶしいし、無防備で」
「テラくん、おちついて」
 
 僕の足にとびかかってこようとするテラくんの顔面に足を向ける。
 踏みつけたわけじゃない。
 テラくんは自分から僕の足に顔面をぶつけてきた。
 鼻血を出しながら「ぱんつ、はいてない」と口にして悶えた。
 足を上にあげたことで僕の下半身が見えたらしい。
 
「今日は暑かったでしょう。蒸れちゃったから、脱いだよ」
 
 べつに恥ずかしいことでもない。
 ふんどし以外は大体、部屋の中では脱いでしまう。
 隠すようにしてソファの脇に置いていた下着を見せるとテラくんは土下座した。
 鼻血もそのままで泣きながら「ぱんつください」と頼み込んできたので微笑みかける。
 
「ほしいんだ? あげようかな」
「なんでも、なんでもする。生徒会のやつらのことも同室のあいつのこともなんだってするっ」
「約束だよ?」
「おれは直比呂の言いなりになるからっ」
 
 テラくんはとても面白い子だったから僕は立ち上がって「テラくん」と呼びかける。
 顔を上げて僕の手に持っている下着を見つめるテラくん。口が開いているからパンツも食べたいのかもしれない。
 汚れ物を舌であじわいたいという人はいる。テラくんもそうなんだろう。
 
「はい、あーげたっ」
 
 上に持ちあげて見せるとテラくんはきょとんとした顔の後に絶望的な表情に変わった。
 写真にとって残してあげたいようなこの世の終わりのような顔をしたテラくん。
 面白かったのでもちろん僕は放置した。
 どうなるのか楽しみだった。
 
 テラくんは三時間ぐらい泣き続けた。
 本当におかしい。
 干からびてしまいそうだけれど床に這いつくばって料理を作る僕のうしろをついてくるからテラくんは元気だ。
 床に勃起したおちんちんをこすりつけているのかと思ったけれど、それだけではないらしい。
 僕は自分の分だけ明太子パスタを作って食べた。
 
 時間も時間になったので僕がお皿を洗っているうちにテラくんは床を掃除してから帰った。
 僕の靴下をおちんちんにつけたままだ。
 下着は渡す気はないけれど靴下は別にかまわない。
 
 翌日の朝にいつもの不良軍団のように大きな声でテラくんに朝の挨拶をされた。
 僕の荷物持ちの不良がテラくんに追い払われたらしく見当たらない。
 仕方がないのでテラくんに荷物を渡すと匂いを嗅がれてしまった。
 そして、昨日の今日で変わった生徒会役員たちの行動に僕は瑠璃ちゃんの親衛隊隊長としてお礼を告げる。
 
「瑠璃ちゃんは今日は一日ずっと寝るって。僕はゲームしたいんだけどね」
「お、おれが付き合う」
「パンツがほしいの? 負けた方が勝った方のパンツを履く罰ゲームする?」
「は? はっ、えぇ!? 直比呂のパンツをおれが……直比呂におれのパンツを……どっちもご褒美じゃねえかっ」
「それで、同室者の彼のいいところは?」
「あぁ、それも話し合って考えた。結論は『悪いところがあまりない』というのがいいところだ。あいつはものすげーいい奴じゃねえし、面白いこという訳でもないけど悪いところもないんだ。……直比呂の好みではねえだろうから考えなくていい」
 
 そうテラくんは主張するけれど、僕はちょっと小耳にはさんだ情報がある。
 
「彼って、ゲームが」
「できねえっ!! やったことないって!! 今後やる気もないってっ」
 
 子犬が捨てられるのを悟って行かないでというような縋る瞳を僕に向けてくる。
 これはすこし卑怯だ。
 テラくんが人気者になるのもよくわかる。
 
 僕もわりとテラくんが気に入ったのでいじめられるのが好きそうなテラくんでこれからも遊ぶのを決めた。
 まずは同室者の彼と話すといいかもしれない。
 テラくんはきっとキャンキャン子犬のように鳴くんだろう。
 想像すると、とても愉快で生徒会役員たちがテラくんから同室者の彼にターゲットを変えた理由がわかってしまったかもしれない。
 
 小奇麗な顔を困り眉の八の字にして「直比呂ぉ」と僕を呼ぶテラくんはとてもいじめ甲斐がある。
 仕方がない。瑠璃ちゃんと遊べなくて僕はとても退屈だった。
 僕を退屈にしたのは転入したてで何も知らなかったとはいえテラくんなんだから責任は取るべきだ。
 
「テラくんの面白いところ、もっと見せて、僕を夢中にさせて?」
「小悪魔っ。なんで、そんなヤバイぐらいにかわいいんだよ。なんなんだよっ」
 
 テラくんはヤバイやばいとそれ以外の言葉を知らないぐらいに繰り返す。
 うるさかったので足を引っ掛けて転ばせた。
 僕のカバンをかばって受け身を取らずに顔面から地面に突っ込んだテラくんはおかしくって笑ってしまう。
 テラくんは怒ることもなく笑う僕をうっとりした顔で見上げた。やっぱりテラくんは変態さん。




※ちょいSな言動を無邪気でかわいいとしか処理できないどころかもっとしてほしくなる末期なテラくんと自分のことを好きだろう相手を煽るだけ煽って遊ぶみなちゃん。

瑠璃ちゃんとみなちゃんのほのぼの会話まで入れたかったですが、長いのでここで一旦カット。
ほのぼのだと思っているのはみなちゃんだけで、話を聞いて瑠璃川会長「やべえ、こいつら」と思ってドン引きという流れでしょうね。

テラくんが今後どれだけ忠犬っぽさを見させてくれるのかが見どころ??


初出 2016.03.31

加筆修正 2016.04.11
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