人を放浪する、まさに悪魔?
※王道転入生っぽい攻め×天然小悪魔美少年な親衛隊長受け
変態注意。
もじゃもじゃ髪の少年を見る。身長は僕よりも高い。
身体も思ったよりも大きいようだ。それでも僕の周りにいて彼を抑え込んでいる不良たちよりは小柄だ。
「やめろ、触んなよっ」
ぎゃんぎゃん大声を出す転入生である彼は一週間前から生徒会役員を夢中にさせているらしい。
それだけなら別に僕も彼に興味を持ったりしない。
「ねえ、きみ」
僕の声にぴたっと動きを止めた彼はおかしい、面白い。僕を見てぽかんっとした顔が髪の毛の隙間から見えた。
体格のいい不良たちに押さえつけられた転入生は机に座る僕を見上げる形になる。
玉座に座る王の前に連れてこられた罪人みたいだと想像して笑ってしまう。騎士にしては強面な人間が揃っているけれど彼らも彼らで僕に対してそういう態度になるので正しい気がする。
「きみは結構、きれいな顔をしているね」
僕の言葉に合わせるように転入生を押さえつけていた不良が転入生のもじゃもじゃのカツラと眼鏡をとった。こういった、あえて指示しなくても空気で伝わるのが彼らといる理由かもしれない。
カツラと眼鏡を外された転入生は小奇麗な顔を見せた。
骨格はカツラや眼鏡をしていても悪くないのは見えていたので顔のつくりについて意外性はない。
転入生はこれなら生徒会役員に興味を持たれるのもわかる容姿だ。いま騒いでいる生徒会役員の親衛隊たちもこの転入生の顔を見れば態度を変えるだろう。
「お、おれより! おれよりも、あんたのがっ」
異様にどもる転入生を無視して僕は本題を切り出した。
転入生が悪くない容姿であるのを確認するために空き教室に引きずり込んだわけじゃない。
「きみの同室者の子、いるよね」
「あっ、え!?」
「いるよね」
「いるけど……あいつが、なんだよ」
ムッとした顔で転入生が僕を見た。
自分以外に興味をもたれるのを嫌がっているようだ。
やっぱり彼も僕と同じ疑問を抱えているんだろうか。
「きれいな子が好かれるのは当然のことだから気にならない。でもね、取り立ててきれいでもない子が人気があるのはよくわからないんだ」
「あいつのことをイジメようとしてんのか!?」
転入生が目を見開いて怒ったように眉を寄せる。
聞いた通りに直情傾向にあるらしい。
「いじめ? 僕が?」
首をかしげて「するように見えるの」と聞くと顔を真っ赤にして首を横に振られた。
この反応はよくあることだ。
自意識過剰ではなく僕は学園の中で一番か二番ぐらいに綺麗だと思う。
美醜は人によって感覚が違うかもしれないけれど、僕の名前が綺麗だという話題で上がらないことはない。
人間味が足りないなんて言われることもあるけれど、完全な美は超然としてしまうから仕方がないんだろう。
僕よりも完成している人間として親戚の何人かを思い浮かぶ。その誰もが強烈な信奉者がいる一方で怖いと言われる。恐怖するものですら容姿をおとしめるようなことは冗談でも口にしない。あきらかな嘘は意味がないからだ。
あまりにも綺麗なのが当然過ぎて褒められることは少ない。けれど自分の顔が相手に及ぼす影響は分かっている。
僕をうっとりした目で見ている彼は話しやすそうだ。敵愾心を持って僕を見てくる相手は無駄に話をはぐらかす。僕と話をしたいのかしたくないのか、よくわからない相手の態度が面白くなくてそんなに好きじゃない。
その点、転入生は及第点。僕の指先の動き一つにすら反応している。
全身全霊で僕を感じているような彼は面白い。だからこそ、やっぱり気になる。
「ねえ、きみ。きみはきみの友達である同室者の彼のいいところを語れる?」
「いいところ……」
おうむ返しに口にして瞬きをする彼は十二分に愛くるしい。
子供に言い聞かせるようにゆっくりとした口調でたずねる。
落ち着いたと思ったらすぐに狼狽える彼は同い年に見えないのでそこが役員たちを引き寄せたんだと改めて納得。
「そう。いいところ、だよ。僕に教えてくれる?」
「なんで、あいつの、あいつのこと好きなのかよっ」
急に怒ったように目を見開いて暴れる転入生。感情が高ぶりやすい姿は見ていて飽きない。
自分よりも体格のいい相手を振り払う彼はなかなか力が強い。
噂で聞いた人を殴りつけて吹き飛ばしたなんていうのも嘘じゃなさそうだ。
「僕は自分の美醜の感覚が普通だと思っている。だから不思議なんだ」
座っている机を指でトントンと叩く。
興奮している人間も僕がこうすると少しだけ前のめりだった勢いが収まる。
視線が指にあるのを自覚して机から転入生の顔の前に移動させる。人を指さすのは無礼だけれど会話の主導権を握り続ける一環だ。僕の一挙一動を注視している彼を少しの動きで黙らせ、しゃべらせる。
「きみの同室者の彼は僕の観点からすると容姿も雰囲気も目立つような人間ではなく知能も才能もない。生徒会役員たちは平凡と彼を呼んでいるようだけれど、最近ではきみよりも平凡である同室者の彼と楽しげに話をしているね」
「……わかんねえ。元々、男同士で好きとか嫌いとかありえねえし」
「そう。でも、瑠璃ちゃん以外の生徒会役員からは告白されたんでしょう」
「冗談、悪ふざけだろ。……瑠璃ちゃんって?」
生徒会役員たちの愛情を切って捨てるような転入生はけっこう酷い。
男子校で育ったわけじゃないのならこんなものなのかもしれない。
ここの環境が普通とは僕も思っていない。
「瑠璃ちゃんは瑠璃ちゃん。瑠璃川生徒会長だよ。きみの周りにいることを優先して仕事をしなくなった生徒会役員のせいでお仕事が忙しくて僕と遊んでくれないかわいそうでかわいい瑠璃ちゃん」
「会長のこと、好きなのか?」
「好きだよ? 僕は瑠璃ちゃんの親衛隊長をしているのだしね」
転入生が「ウソだっ」と言い放ち僕との距離を詰めようとする。
けれど、三人がかりで抑え込まれて動かなくなった。
殴られても立ち上がる不良たちは弱くない。ただ転入生の方が強いので抑え込み続けることはできないようだ。いざとなったら逃げるように視線で告げられた。
「僕はね。世界で一番、瑠璃ちゃんがきれいでかわいいと思ってるの。瑠璃ちゃんが愛されるならわかる。きみもまあ、わかる。でもね、同室者の彼が瑠璃ちゃんよりも愛されるなんて全く理解が出来ないね」
「会長はっ、セフレと遊んでいて仕事をしないダメな奴なんだろっ」
「瑠璃ちゃんは真面目ないい子だよ。僕が遊びに誘ってもときどきしか乗ってくれない」
「遊びってっ!! おれと、おれと! 遊べばいいだろっ!! 会長なんかじゃなくてっ!!」
顔を真っ赤にして自分を押さえる人間を殴りながら彼は言った。乱暴者なのか体を動かさないと思考がクールダウンしないタイプなのか。
息を見出し瞳がうるんで真っ直ぐに僕を見る。
これは男はみんなグッとくるのかもしれない。
僕も男を恋愛対象にしたりはしないけれど綺麗なものは好きなつもりだ。
そんなに悪くないな、と思った。少なくとも話して苦手なタイプとは思わなかった。
「僕と遊びたいの?」
小首をかしげると転入生は大きくうなずいた。
万が一に揃えていた、いつもよりも多くいた不良たちはみんな床に沈んでいる。
廊下で待機していたもしものときのための数人すらいない。
久しぶりのひとりの時間だと僕は転入生に微笑みかける。
このごろ、不良たちと瑠璃ちゃんが僕が勝手なことをしないようにと行動に制限をつけていたことを知っている。
そういうのはダメだ。好きな時に好きなことをする。そうじゃなくちゃ面白くない。
食べ物に賞味期限があるように遊ぶのだってタイミングがある。いつでもいいわけじゃない。遊びたいときに遊ぶべき。旬を逃すなんて考え、僕にはなかった。
「僕は三奈木(みなぎ)直比呂(なおひろ)。瑠璃ちゃん会長のいとこだよ。僕と瑠璃ちゃんは、みなちゃん、瑠璃ちゃんの仲だから覚えておいてね」
「……いとこ」
肩透かしといった顔を転入生がするのがおかしくて僕は「そうだよ」と笑った。
瑠璃ちゃんと僕の関係を邪推する人間は多い。
そして、なぜか瑠璃ちゃんじゃなく僕に「好きなんかじゃないだろ」と詰め寄ってくる。
好きに決まっている。だって、瑠璃ちゃんほど綺麗でかわいくてかわいそうでおもしろいものはない。
よく瑠璃ちゃんからは「勘弁してくれ」と疲れた顔で言われるけれど僕は何もおかしなことを言ったことはない。一方的に瑠璃ちゃんを敵視して「三奈木のことは渡さない」と宣言する人がいても僕は何もしてはいない。
「転入生である、きみは知らないかもしれないけれど僕と瑠璃ちゃんはいとこで昔から仲良し」
「れ、恋愛感情とかは」
「そもそもね、僕は恋というのがよくわからない。だから、生徒会役員たちがとりたてて見所のない子に夢中になる気持ちが分からない。おしえてくれる?」
「あ、あぁ……うん」
転入生は目が泳ぎまくっている。
頭を抱えながら何かつぶやいている。
悩みながらも僕が手を差し出せば彼の視線は僕の指先に注がれる。
「さあて、瑠璃ちゃんが構ってくれなかった分、僕はきみで遊ぶよ?」
行こうかと手を引っ張って僕は彼を自分の部屋に連れて行った。
寝ている不良たちは気づいた誰かが何とかするだろう。