クズです。
タイトルそのままの話です。
大学のサークルで出会った彼氏は最低だった。
飲み会の席で無理やり飲まされてお持ち帰りされ、勝手に家に上り込んで半同棲状態。
事実上の彼氏として男が好きなわけじゃない俺の隣に居座った。
この状況は自分でも意味が分からない。けれど、俺は彼氏の声が好きだった。
耳元で囁かれるとお酒があってもなくてもなし崩しになる。
いつの間にか都合のいい人間になっていた。
戻ってこないお金を貸したり、食事を作り、彼氏の居心地のいい空間を作ることに精を出した。
見返りを求めないのが真実の愛、どこかでそんな自分の気持ちや状況に酔っていた。
悪い男にだまされるダメな女の気持ちに共感する俺はどうしようもなく馬鹿な奴だった。
俺のことを好きならいいかと思っていたらあろうことか浮気した。しかも、俺の家に女を連れ込むという最低な行動。
人のベッドを女の愛液とローションで汚して放置って人間のクズだと思う。
その後に縁を切るでもなくご飯を食べに顔を出してくるんだから図太い。
コイツありえないと思いながらもそんな奴に抱かれたりした俺もだいぶありえない。
別れたくないと思ったことはなかったが別れようとも思っていない俺は頭がおかしかったんだろう。
出会って二ヵ月で俺の中でありえないと思うことを全部網羅するクズっぷりを晒してくれた彼氏。彼は異世界の勇者だったらしい。たまたま俺も一緒にいたせいで異世界に連れて行かれてしまったが当然戦力外。何もすることもなく城で引きこもっていようと思っていたが彼氏と一緒に魔王討伐に出かけた。どこかのゲームみたいだ。現実感がない。
道中は当たり前に彼氏の性欲を満たす役。
意味が分からないと思っていたら異世界の人間が病気持っていたら怖いし、俺なら中出ししても安心だと言い出した。
男だから妊娠なんかの問題はないけど馬に乗っての移動だから翌日しんどい。
彼氏はこちらの体調なんか気にしちゃくれない。
異世界の現地の王子様や騎士は普通に気遣いが出来る常識人だったので優しさが沁みた。
彼氏は「オレ以外見るな」と訳のわからないことを言いながら激しく求めてくる。
ときには夜まで待てないとちょっとした休憩時間に森の中でヤッたり、一緒に来ている現地チームへの見せつけプレイを始めたりと最低だ。あとで馬鹿正直に覗きを謝ってくる王子様の純粋さに心が痛くなる。盛りのついた犬が勇者でこちらこそすまん。
ともかく、俺たち一行は魔王討伐のために旅をして無事に目的地に辿り着いた。
そこには魔王は居らず石版を解読したところ世界の邪悪は勇者として選ばれた人間がこの場に来るだけで大丈夫になると書かれていた。
俺たちはその言葉に納得して城に引き返した。
簡単すぎるめでたしめでたしに一同肩透かし。
役目を終えたので元の世界に帰してくれるのかと思ったら勇者である彼氏は帰ってもいいが俺は帰してくれないと言う。なんでかと思えば俺の身体が気に入ったから、らしい。彼氏が自慢げに俺の身体の具合を吹聴するのでつまみぐいとばかりに俺は複数の相手と肉体関係を結んでしまった。もちろん合意じゃない。無理やりだ。
だからこそ、彼らは俺に優しかった。無理強いした分だけ甘やかしてきた。それで帳消しにはならないが彼氏と比べたらマシだ。俺はとくに責める気もない。非戦闘員を連れて動く理由が性欲処理というのは何とも分かりやすい。守ったり労わることで俺を抱くことに罪悪感を抱かないで済むと思っている。ヤっておきながら労わることもない名ばかりの彼氏に比べればヤったので気遣ってくる彼らはマシだ。あくまでも比較したのなら、の話だが。
本来、関係のない俺がついていってはいけなかったのだ。
勇者と魔王なんてどうでもいいと城に残っていれば良かった。
そうすればこんなことにならなかった。
血まみれになった部屋で俺は腰を抜かしていた。
旅の最中に友達になったオウムに似た大きな鳥が羽を広げて「帰るか」と彼氏の声で言った。
鳥は彼氏をはじめ王子様や騎士たちをぶち殺したがすぐに生き返らせた。
だが、彼らは一度死んだ恐怖を忘れない。
強く反対していた俺の帰還も鳥の言葉に従って許してくれた。
まだ気持ちが追いつかない。
ともかく、異世界から自分の世界に戻って俺は彼氏と別れることにした。
「なんでだよ、オレたちうまくやってただろ!!」
【なんでだよ、オレたちうまくやってないだろ!!】
見た目通りにオウムのように返す鳥。
元彼氏の性格なら鳥に暴力をふるいそうなものだが殺された記憶があるからかまだ鳥に対して怯え気味だ。
「オレがいないとダメだろ!!」
【オレがいなくならないとダメだろ!!】
鳥の返しに思わず吹き出す。
その通りだなあと思ったので元彼氏の荷物を外に出して強制的に縁を切った。部屋に入ってこようとすると元彼氏を威嚇する鳥。外から大声で「なんでだよ!!」と叫ぶ元彼氏に「なにがなんでだよ!!」と返す鳥。
「俺はお前に興味ねえから」
「いまさらなんで!?」
【いまだからこそなんで!!】
「お前、クズで最低最悪じゃん? なんで好かれてると思うわけ」
扉越しに口にすると鳥が笑うように羽ばたいた。
元彼氏がどんな顔をしているのか知らないし興味もない。
最初からずっと俺は元彼氏の行動も容姿もどうでも良かった。
「今までの声を全部録音してるからお前が別れるって言ったらそれはそれでいいって思ったけど、もう新しい声はいいや。代わりがあるから」
「どういうことだよ」
「最低で最悪のクズだけどお前の声、好きだよ」
「はぁ!? じゃあっ」
「同じ声の鳥がいるからお前とかいらないだろ」
鳥がバサバサ音と羽音を立てる。
自分をアピールしてるんだろう。
「声以外、ホント興味ない。それに」
【それにそれに】
「異世界で無駄に魔法を使ってたからお前、これから不幸になるよ」
【不幸になるよ】
「あの魔法っていうのは幸福の先払いの奇跡だから」
【幸福がなくなれば不幸だね】
「勇者は旅が終わったら例外なく死ぬ。その理由が幸運の消失だって魔王の地に書いてあった」
「聞いてねえぞ!!」
【言ってねえぞ!!】
魔王の土地とされる場所に置かれた石版を解読したのは王子様だが石版を見つけたのは俺だ。
「魔王は別に死んでない」
【死ぬわきゃねーぞ】
「どういうことだ」
【何も解決してねーってこと】
「あの世界の脅威は何も去ってないってこと。また、召喚されるんじゃないのか、勇者様?」
ちょうどまた召喚されたのか向こう側が静かになった。
鳥のバサバサという羽を動かす音が聞こえる。
玄関の扉を開けて確認すると鳥しかいなかった。
元彼氏の荷物として放り出したものも消えていた。
異世界の召喚技術はなかなか使える。
「ゴミが全部消えて清々しい」
【さわやかな笑顔で黒々しい】
勇者というのは幸福が人よりも多い人間らしい。
たとえば死にそうなピンチも幸運によって避けられる。
それが勇者の資質。
幸運であるかどうかに人間性は関係ない。
生まれ持った資質のようなものだ。
星の向き。
幸せの量は無限じゃない。
消費していればなくなってしまう。
勇者として人よりも多かったとしても奇跡は起こり続けることはない。
失われた幸運も徳を積めば増やすことが出来る。
周囲から愛されて大切にされていれば幸福は増す。
生まれたときに多かったとしても生き様により増えることもなく消えていくだけ。
それはいくら勇者に選ばれるだけの人間であっても同じこと。
日々の暮らしによって消えて失われていく幸運。
「この国には因果応報や自業自得って言葉がある」
【あぁ、あの世界にも勇者が伝えたからその言葉がある】
「結果は分かり切ってるけど」
これから確かに目に見える形で証明される。
その身に起こったことで自らがどれだけのことをしたのか思い知らされる。
幸運で守られていた勇者が所定の場所で自分の幸福を使い切る。
それによって世界を救うのが魔王討伐と名付けられた儀式だった。
異世界の人間は生け贄だ。
あの場でそんな儀式をされたら俺も巻き込まれてしまうので勇者が来たから解決だという簡略化した内容に石版を変更してもらった。この鳥に。
【彼氏の不幸を助けようと思わないのって】
「俺と関係があった奴をぶち殺して幸運を消費させておいて……」
【魔王ですからーこっちの世界では死神だねー】
明るい声は元彼氏とは全く違う声のトーンだがそう悪くない。
話し方が好きだったわけじゃないので好きにすればいい。
【本当にあの世界も彼氏のこともどうでもいいの? 超クール!?】
「クズは死ねばいいだろ」
【超クール!!】
「代わりがなかった声を持っていた幸運はお前が現れたことで消えた。うまくできているものだ」
俺の言葉に人の幸運を食らう死神は笑う。
これから先、俺はこの鳥の声を聞き続けるために人の幸運を鳥に与え続ける。
以前、元彼氏に俺自身の幸運を消費していたのとやることは大して変わりない。
※人によっては消化不良?
クズを感じられたらそれで良いという感じで、細かいことは脇に置いてもらえたら幸い。
(魔王と死神と幸運についての設定を本文に入れるとくどいので……)
コイツ、クズです。
どいつもクズです。
っていう続編(シリーズ?)を考えなくもなかったです。
声フェチ怖い。
ちなみに「どいつも〜」とか鳥エロはレベルが高すぎるので植物操ったりする触手展開ですかね。
(魔王が移動してもあっちの世界が平和にならないのは本体は動いてないからとかそういう細かいことはとりあえず省略)