・二次元至上主義は漏れなく愛情深くて粘着質(受け視点)
「会長様は賢い:二次元至上主義は漏れなく美醜について厳しい」の会長視点。
今まで生きていて阿賀松(あがまつ)亮平(りょうへい)という人間に聞き覚えはなかった。
命の恩人だとか特別優しくしたわけでもない。本当に高校で出会っただけの人間だ。
阿賀松の名前だけは昔からよく聞く。
そこそこ成功している家だが変わり者が多いという。
出来るなら関わりあわない方がいいと誰かから教えられた気がするが悪い意味じゃないらしい。
阿賀松の人間が外部から高等部に進学してきたと聞いても関わり合いになるとは思わなかった。
やはり変わった人間だというのを聞いていたからだ。
それが急に身近なものになった。
手紙が届いたのだ。
実家のほうに。
阿賀松からの手紙を無視することもできないので目を通したが百通ほど溜まったことで俺は自分から行動を起こすことにした。
未だかつてここまで情熱的なアプローチをされたことはない。
俺の親衛隊長である月地(つきち)が「だいじょうぶ」と首をかしげた。
三年で卒業するから学園に残していく俺のことが心配なのかもしれない。
余計なお世話だ。
「璃瑠伽(りるか)は阿賀松に捕まったままでいいわけ〜?」
「様をつけろよ、下等生物」
「璃瑠伽ちゃんの名前がかわいいのって女の子が生まれるって言われてたからって噂マジなの?」
「ちがう。男女どちらにしても瑠璃川は宝石か色か水関係のものを名前に入れることが決められている。瑠璃を逆にして使っている俺は瑠璃川ではオーソドックスな名前だ。……瑠璃川の血縁だと分かったらお前は花太郎から藍太郎に変えられるぞ」
「瑠璃川って謎だよねー」
「そうか?」
瑠璃川璃瑠伽という俺の名前は字画の多さからあまり女性らしくはないと思う。
音の響きがいいとか手紙で阿賀松が過剰なほどに俺のことを褒めていたがそれは話半分でいいだろう。
瑠璃川という家に生まれた人間として俺は数々の賛美を受けてきたが阿賀松亮平が俺に向ける感情は他の誰とも違う。熱意がすごいのだ。
もらった手紙でまず俺は字の綺麗さに感心した。内容も長いことを除けば失礼な言葉は見当たらない。褒め方が過剰であったとしても中学の頃によくもらった俺へのダメ出しはなかった。
俺の立ち振る舞いや言葉遣いなんかに対して手紙で苦情を言ってくる人間は実は結構いる。
鍛えているので線の細い美形なんかのように淑やかな振る舞いを求められたりはしないが粗雑な口調はよろこばれない。いっそ喋るな無言でいろとすら言われることがあり俺は逆に反発して今みたいになってしまった。服を脱ぐなと言われるから脱ぐし、大声を出すなと言われるから叫ぶし、生徒に近づきすぎるなと言われるから元気のない奴を力づけにいろんなクラスに顔を出す。
破天荒であるつもりも瑠璃川の家の人間として調子に乗っているわけでもない。
ただ俺は俺のしたいことを他人の指図でやめたくない。それだけだ。
「るりるり会長は天邪鬼だから別れろって言ったら絶対にわかれないだろうけどさぁ」
「俺は天邪鬼なんかじゃねえ!! 嘘はつかないし誤魔化しもあんまりしない!!」
「そういうところ、ホント好き。……じゃあ、阿賀松のこと好き? 嘘も誤魔化しもなしで答えて」
阿賀松亮平と付き合うことになったのは興味本位でしかない。
綺麗な文字を書く手紙の差出人が気になっていた。
阿賀松の人間だから代筆を疑っていっしょに勉強をしてそれとなく筆跡を確認した。
手紙はやはり本人の直筆のものだった。
暇なのかと手紙について尋ねるのは失礼だと思ったので阿賀松がどの程度、俺を好きなのか様子を見ることにした。
手紙ならいくらでも自分の気持ちを誇張できる、そう思ったが生身の阿賀松亮平は手紙から感じるよりも熱く煮えたぎった人間だった。
ある日急に身だしなみを整えて軽く明るい雰囲気になった。
どこか陰鬱で神経質な空気を撒き散らしていたのが嘘のような人懐っこさを見せる阿賀松亮平。
その変化を「こういう方がるりるり会長は好きっしょ?」で済ませた。
おたくが真人間になったと散々なことを言われていたが俺も風呂に入るのも面倒くさがるとか部屋が汚いと聞いていたので清潔感があって適度に軽い調子で話しかけてくる阿賀松亮平に悪い気はしない。そして、部屋は汚くなかった。それについては俺を自分の部屋に呼ぶことを考えたら綺麗にしないわけにいかないと答えられた。
なんというか、阿賀松亮平の行動指針は全部俺だった。
毎日俺を驚かせることしかしない。
呆気にとられて笑う俺の姿もまた好きだという。
「亮平のことを好きか嫌いかって言ったら好きに決まってる」
「でも?」
「……あいつは俺の外見が好きなわけだ。だから、俺より好みの奴を見つけたらそっちに行くし、俺の外見が劣化したら離れてく。亮平に限らず誰と付き合ったってそーいう悩みは出るのはわかってんだ。ただな、亮平はラインがあるだろ、明確なさ」
いっしょにいれば恋が冷めても情がある。だが、阿賀松亮平は情を捨てられる人間だ。自分のルールに俺が入らないとなったらそこで関係は終わり。
「俺は人から好かれる努力をしてきたことがない人間だ」
「璃瑠伽(りるか)ちゃんのそういう素直なところ、ホントいいよね〜」
「亮平に好かれていたいと思ってもその方法がさっぱりわかんねえんだ」
「これ以上好きになりたくないって思っている時点でかなり好きだね。取り返しがつかないね」
「仕方ねえだろ!! 初デートが水族館だったんだっ」
俺はイルカが好きだ。イルカも俺が好きだ。
ファーストキスの相手を聞かれてイルカと答えてバカにされたことがある。
だが、手にタッチするところを身を乗り出してきて俺にちゅっとしてきたイルカに恋をしないわけがない。
イルカの調教師に謝られたりしたが俺はイルカの情熱に胸を打たれていた。
「その次は阿賀松が所有するプライベートビーチとかきれいな海に連れて行ってもらった」
「阿賀松の別荘なら豪華だろうねえ〜。でも、瑠璃川のほうがすごいんじゃない?」
「俺は危ないから海に行くなって言われてる。死ぬから」
昔、海に潜って溺れたからだ。
「璃瑠伽(りるか)ちゃんって……ちょっと残念だよね」
「俺様のどこが残念だ!! 別に泳げる!! ずっと魚を見てようと潜りつづけてただけだ」
「息継ぎしようよ。酸素ボンベとかあっても連続ダイブはダメだしね?」
「そこらへん、亮平は時間配分や俺のテンションの見極めがうまかった。スゲー楽しめたぞ」
「そっか、そっか。予想外に阿賀松の手のひらの上にコロコロされてんだね」
何かに夢中になっている気持ちはわかると言って俺が水族館でイルカが泳いでいる水槽の前で三十分いても怒らなかった。怒らないどころか「ますます好きになった」とか「イルカに夢中な君に夢中」とか笑顔で照れもせずに言う。イルカのぬいぐるみやクッションや小物を大量に買ってくれた。
一番感動したのは人口のクラゲだ。
俺はイルカはもとよりクラゲが漂っている姿も好きだ。
延々と見ていられる。
小さな魚の動きも好きなのでデートなのに水族館でほぼ阿賀松亮平と会話をしなかった。
自分勝手すぎるとは思ったがデートの仕方が分からなくて戸惑っていたこともある。
「クラゲくれたんだ、あの玄関のやつ」
「生き物育てられない璃瑠伽(りるか)ちゃんにピッタリのオブジェ?」
「俺に熱帯魚や鯉を贈ってくるやつは多いがあんなの初めてだ」
これなら死なないと言ってよこした生きているようにしか見えないクラゲ。
「胸がときめきましたか、そうですかー」
「俺の好き嫌いを完璧に覚えて、俺がどうされたら嬉しいのか把握してんだぞ? 勝てるわけねえだろ」
「阿賀松亮平、やっぱ気持ち悪いね」
「どこがだ!?」
「好きでも一人の相手に対してそんなにのめりこむのは異常でしょう」
「……だから、熱が冷めたら一気だろうな」
肩が落ちるが仕方がない。
そこはあきらめるしかないだろう。
「るりるり会長の涙目いただきました。別れよう、別れよう。粘着彼氏から別れよう。傷の浅いうちがおすすめ」
「うるさいっ!! 俺と亮平はエッチもまだなんだぞ。あいつから等身大プラモデルだと思われてたらムカつくから清い関係から早々に脱却するんだ!!」
「プラモデルはなんか違う」
「マネキンか?」
首をかしげていたら電話が入った。
相手は阿賀松亮平。一緒に夕飯を食べようという誘いだったので俺は今日をふたりの初エッチの日に決めた。俺が決めたからには予定に変更はない。
翌日、親衛隊長である月地(つきち)が何か言いたそうに近づいてきたので「予定通りだ、問題ない」と返したら微妙な顔をされた。
また、アニメ視聴で一日を消費したと思われたんだろうか。
「ハメ撮り計画表ってのを作った。ちゃんと二人で意見を出し合ってこのプレイをしようとか、このアングルを撮ろうって、な!!」
「ちょっと待って。理解が全く追いつかない」
「亮平は言葉責めが得意だって話だろ。ちゃんと聞いてろよ、まったく」
「全然そんな話の流れじゃなかったよぉ」
「俺様を褒め称えるのが上手いと思っていたが、まさかエッチの最中に実況中継するタイプとはな!!」
テンションが上がって思わず笑っていると月地(つきち)が俺の隣にいた阿賀松亮平を蹴り飛ばした。
無言のままで俺の写真を連射で撮っているのがうざかったんだろう。
生徒会書記である阿賀松亮平にも親衛隊がいるので反感を買いそうなものだが月地に限っては平気だろう。
「うちのるりるり会長をよろしくおねがいします!! おねがいしますぅ!!」
「言動が不一致っすよぉ! 月地センパイ、もう勘弁してっ」
阿賀松亮平を踏みつけながら月地が俺のことを頼んでいた。
エキセントリックな動きはアニメっぽいからか踏まれながらも嫌そうな顔じゃない。
あるいはマゾなので被虐の悦びに浸っているのか。
「……それは嫉妬するか心配するか悩んでるってこと?」
思わずその場でくるくる回っていたらしい。
「ちげーから! 亮平が立ち上がるまでに俺が何回その場で回れるか数えていた」
「誤魔化しにならない誤魔化しってなんでこんなにかわいいんだろう。アンタのことなんか全然好きじゃないってどう見ても好きだと思ってるやつがいうとメッチャかわいい」
「亮平のことは好きに決まってんじゃねえか!! 馬鹿か!!」
「るりるりかわいー」
うへへっと少し気持ち悪い感じに笑いながら阿賀松亮平は立ち上がった。
底がさっぱり見えない男だ。
自分は何も持っていないという顔で少し見た目を気にしたら生徒会役員になるレベルで勉強をしたら学年トップ。
こいつは絶対に何でもできるマンだ。
俺の不機嫌さを吹き飛ばすように「好き」や「愛している」と言い続ける。
それこそアニメの世界みたいにありえないアプローチ。
でも、この阿賀松亮平の情熱が俺は嫌いじゃない。
※会長べたぼれ。不思議ちゃん成分が増えると男前度は下がる……。
ちょっと入りきらなかった小話があるので、いずれまたこの二人を書くかもです。
おたく特有(?)の好きなものに対する異常な記憶力の良さで阿賀松亮平はるりるり会長のプロフィールを頭にガッツリ入れています。
生徒会長として新聞部にインタビュー受けて食べ物の好き嫌いからファーストキスや付き合った人の数なんか公開されている、るりるり会長。
海洋生物好きもインタビューで語ってます。あと、字がきれいな人は心がきれいって思っているタイプ。
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