・無理難題?その方がやりがいがあるだろう

※非王道コメディ?




 運命だと思った相手からあっさりと振られた。
 
 
 世界は自分以外の誰かのもので気づいたら主役を降ろされて脇役になって世界を見ていた。
 元恋人は幸せそうに笑っている。周りもやっと二人が付き合い始めたと祝福する。
 
 俺は自分が世界の中心だと思っていた。
 ずっと自分のために世界があると信じていた。
 名脇役がいてもそれは自分を引き立たせるためだと驕っていた。
 
 なんで今すぐ俺は死なないんだろう。
 彼らが幸せを育む姿なんか見ていたくない。
 どうして俺の心は死なないんだろう。
 
 眠ることを拒否しても、食べることを拒否しても、俺は死ぬことはなかった。
 いつのまにか寝ているし、渡されれば何かしら口にしている。
 生きているなんてそんなものだと言ってしまえば簡単だ。
 
 好きな相手が別の相手と付き合ったぐらいで人は死なない。
 これだけ死にたいと望んでも死ねない。
 逃げたくても動けない。
 追い詰められて悲劇ごっこに興じている。
 
 
 だが、それも終わりだ。
 次の季節はもう目の前だった。
 
「おまえが生徒会長になるために試練がある」
「はぁ」
「なんだそのやる気のない態度は」
「人の上に立つなんてやる気でねえって……。めんどいでしょ」
「ふざけんな、殺すぞ」
「会長口わりーですよ」
 
 へらへらとした後輩を殴りつける。
 人前だとキリっとした顔をする癖に自分より年上ばかりの中に入ると吹けば飛んでいきそうな適当な態度になる。
 俺を舐めているんだろう。
 
「おまえは一か月以内に俺に合う運命の相手を見つけろ」
「はい?」
「一年間俺を騙し通せる演技派でもいい。愛くるしく懐いてくるやつがいい」
「会長、ちょっと待って」
「それができないなら次の会長は空席だ。おまえは全校生徒に非難されろ」
 
 生徒会長がいないなんて前代未聞のことにならないように後輩が頑張るかと思えば腕を組んで首をかしげた。
 まさか、役員じゃなくなるのがこれ幸いと思っているんじゃないだろうか。
 最悪、三年になる俺がそのまま生徒会長をやっていてもいいが先輩に心配されるだろう。
 
「失恋のショックで会長の頭がおかしくなってたのはわかってたんすけど……そんな重傷だったなんて」
「百回くらい死ねよ、無神経男」
「会長のこと好きで、会長のためなら命差し出すやつとか、演技が得意で自分すら騙せるやつなんか何人か心あたりがあるといえばあるんすけどねー」
「さっさと俺に紹介して試練を乗り越えて次の会長になれ」

 会長の承認がなければ次期会長は決まらない。
 それがこの学園の規則だった。
 他の役員は生徒の投票だったり自薦他薦と時代によって変わるが会長の決め方だけは変わらない。
 自分の跡を継がせる人間は会長自身が決めなければならない。

「えー、んじゃあ、まずはオレ。次の会長に選ばれるようなお買い得物件っすよー」
「死ねよ。息を止めて死ね」
「恥ずかしがり屋ですか?」
「ほかは?」
「盗聴器で聞いてる盗み聞き男とかっすか」
「ほかは?」
「あ、風紀委員長が恋人と別れるって」
「死ね」

 俺の地雷を踏みぬいていこうとする後輩の心意気に免じてテーブルの上のケーキを投げるのはやめておく。
 後輩の分も食べていると「風紀委員長のこと別にそんな好きじゃなかったくせにー」とムカつく口調で言ってくるのでフォークを投げた。
 
「新しくなる風紀委員長は? オレの幼なじみだけどそんな悪い奴じゃないよ」
「しらねえよ」
「会長も何度かお世話になってるでしょー。青い髪の奴」
「しらねえよ」
「会長のこといつも見てるじゃん」
「ストーカーかよ」
 
 フォークがなくてケーキが食べ続けられないので仕方なく紅茶を飲む。
 新しいフォークを用意することもなく俺の隣に座った後輩は「前の風紀委員長のことなんか忘れなよ」と言ってくる。
 忘れられるならとっくにそうしている。できないからイラついているのだが、それが分からないらしい。
 無能だと横目で見ていると「会長が元気になる手伝いはしたいっすよ」と言ってきた。
 後輩の意見など聞いていない。これは会長になるための試練だから強制だ。
 
「これを機に会長も新しい恋かぁ」
「はあ?」
「え? だから、風紀委員長に振られたんでしょ」
「振られてねえよ」
「強がりとかいいから……。失恋したから新しい恋をしたいって話でしょ?」

 何を言っているんだ、こいつはと視線で告げると後輩は立ち上がってうろたえた。
 
「風紀委員長と復縁できないから恋人がほしいって話じゃねーんですか」
「ちげーよ。そもそも風紀と恋人になった覚えなんかねえ」
「うそっ!! ちょーラブラブだったじゃないっすか。そこは隠さないでいいっすよ。今更の話なんで」
「噂だって言っただろ。ちゃんと否定したじゃねえか」
 
 毎日毎日、あいつの部屋に行ったし、あいつのベッドで寝ることも多かったが友達未満ぐらいのものだ。
 
「会長を振って保険医と付き合い始めたのに一週間で破局してた風紀委員長のこと好きじゃないんすか」
「むしろ大っ嫌いだが、一週間での破局はすこし興味深い」

 保険医は犬が嫌いだったりするんだろうか。
 それなら分かる。
 
「ってか、俺は一回も恋人を探せなんていってねえだろ」
「えぇ!! 絶対そんなノリだったっすよ!!」
「どんなノリか知らねえが俺は運命の相手に振られたんだ。愛くるしく俺だけに尻尾を振るかわいいやつを見つけてこい」
「だから、運命の相手って風紀委員長のことじゃ……」
「どんな勘違いだ。気持ち悪い」
 
 風紀はむしろ敵だ。
 俺の運命の相手を横から盗んでいった最低の人間だ。
 
「はやくユウタよりもかわいい犬を用意しろ」
「ユウタって……寮監の?」
「今は忌々しいことに風紀の犬だ。ユウタは俺よりもアイツを選んだ」 
 
 入院中の寮監に変わって最初は俺がユウタを育てていた。
 なぜか風紀が横から手を出してきて今では完全にアイツと一緒にいる。
 寮監の入院期間が長引いて学園に戻れないかもしれないということになって俺たちの卒業前にユウタをどうするのか決めることになった。話し合いは理事長や学年主任なんかも同席して行われた。
 その席でユウタは完全に風紀を選んだ。俺は振られたのだ。
 
「てっきり風紀委員長が好きなんだと思ってたら目当ては犬だったんすかー」
「ユウタは賢い。散歩に行くと言わなくても自分でリードを持って玄関に行く」
「それ、急かされてるっすよね。なんで風紀委員長のところに行くのやめたんすか。犬と遊びたいんでしょ」
「振られたのにいつまでもユウタのことは思っていられねえだろ。アイツはあんなに尽くした俺より風紀を選びやがった」

 散歩に連れて行くのも餌をやるのも俺がしていたのにユウタはいつも風紀を優先する。
 おかしいだろう。絶対におかしい。一生そばに居ようって言ったら「わん」って返事してくれたのに最低の裏切りだ。

「会長、めんどうくせー」
「うるさい。おまえと違って繊細なんだ」
「犬と遊びたいなら好きなだけ遊べばいいっしょ。何やつれてんの」
「何でキレてんだよ」
「心配したからに決まってんでしょ」 
 
 殊勝なことをいう後輩の頭を撫でる。
 先ほどの馬鹿馬鹿しい言葉を吟味して俺は一人うなずいた。
 
「よし、そうだな。そんなに悪くねえな。……一年間がんばれよ」
 
 次期生徒会長を目の前の後輩にする書類にサインして渡す。
 
「試練は?」
「あ? おまえが俺の犬になるんだろ。俺は好みにうるさいからしっかりついてこい」
「犬じゃなくて恋人に」
「するわけねーだろ」
「っすよねぇ」
 
 肩を落とす後輩は「会長の無理難題は今に始まったことじゃねえっすから、いいっすよ」と悟った顔をした。
 後輩のこういう切り替えの早さは素直に尊敬できる。
 俺は引きずるタイプだ。
 
「アンタが元気でいてくれるなら犬でもなんでもなってやろーじゃない!!」
「先輩に向かってアンタはねえだろ、駄犬」

 
 
 
 
 翌日、犬耳の飾りを頭につけてきた後輩をぶっ叩いて首輪をやった。
 嬉しそうに笑ってたから、まあこれでいいだろう。
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