001:帆波田勇音の話をしよう
帆波田(ほなみだ)勇音(いさね)の話をしよう。
帆波田勇音の不幸とはなんだろう。
全体的に容姿に優れた富裕層が多い全寮制の男子校に入学してしまったことだろうか。
それとも生徒会や風紀委員たちと一緒に異世界に転移してしまったことだろうか。
無能力者と罵られ、蔑まれ、散々な目にあったあげくに知ることになった自身の能力が自分を救えないものだったことだろうか。
帆波田勇音は挫けない、俯かない、振り返らない。
苛烈な怒りの中で生きることを余儀なくされた。
それは帆波田勇音にとって不幸なことだろうか。
普通なら発狂せざる得ないような状況で怒りで自己を保存する帆波田勇音。
他人から道具のような扱いを受けながらその心は死ぬことはなかった。
帆波田勇音が救えないのは自分を捨て他者を迎合し媚を売ろうとしなかったことかもしれない。
誰かに泣きつき取り入ることができたなら帆波田勇音の状況は変わったのかもしれない。
弱いものはストレスの捌け口になる。
弱いものは欲望の捌け口になる。
それでも帆波田勇音は見せかけだけの愛想すら周囲に振り撒くことをしなかった。
冷え切らない怒りがあったからだ。理不尽に対する憎しみから帆波田勇音の膝は折れない。
食べていた途中のアンパンを地面に落とされて這いつくばって食べろと言われて帆波田勇音が食べることはない。
尊厳を傷つけられるぐらいなら死んだ方がマシだと思っていた。
自分が自分でなくなることが何よりも許しがたいことだった。
自分に非がないことを謝るのは腹立たしい。
誰でもその感覚はあるだろうが帆波田勇音は劣悪な状況であればあるほど理不尽に対する怒りを募らせた。
怒りこそが己だと思うほど帆波田勇音は怒り続けていた。
絶望より嘆きより怒りで帆波田勇音は出来ていた。
生徒会役員たちに輪姦され隙をみて帆波田勇音は自殺を図った。
男に犯されるぐらいなら死んだ方がマシだった。
けれど、帆波田勇音は死ぬことはない。
帆波田勇音は条件付けの不死を手に入れていた。
無能力者と罵られた帆波田勇音の唯一にして無二の武器は自分自身を追いつめるだけだった。
不死になる条件は犯されること。
一度犯されれば一度死んでも生き返る。
二度犯されれば二度死んでも生き返る。
犯されれば犯されるほど命の数とでもいうものがストックされる。
身体能力は平凡そのものでしかない不死であることの強みはあまりない。
対人戦なら捨て身の攻撃が有効かもしれないが未知のモンスターに対して不死はあまりにも無力だった。
要所要所でのおとりだけが帆波田勇音の仕事だ。
繰り返し続ける死、これこそが帆波田勇音の不幸であるのかもしれない。