高校からスポーツの推薦や学力特待制度を使用した通称外部生が各クラス五人前後増えた。
 未来の金メダルリストなんて言われている水泳部員、柳町がおれの同室になった。
 外部生が寮の生活に慣れるように同室者はフォローするのが決まりらしい。
 中等部の頃一学期だけ同室がいただけなので寮にいても共同生活に慣れなかった。
 柳町が明るく、けれど踏み込みすぎるわけでもない性格だったので上手くやっていけた。
 そして、半年以上も経てば柳町はおれの生活に必要不可欠なものになっていた。
 元々、水が好きだったので水泳選手である柳町に憧れがあった。
 柳町を言い訳にしてプールを見て回れるのは楽しかったし、水泳部のマネージャーはいとこを好きだとおれに言ってきたやつなので顔見知りといえば顔見知りだった。
 マネージャーに雑用を手伝わされたりしながら泳いでいる選手を見る。
 水泳部にかかわる気はないのにいつの間にか一員のような扱いを受けるようになった。
 マネージャーと顔見知りである以前に柳町が明るくて人当たりがいいおかげなんだろう。
 柳町が認めている人間だからおれのことも認めている。
 そういうことはいとこの知り合いにもよくある。
 おれのことはどうでもよくても良くできたいとこがいるので多少の信頼はある。

 いとこがおれのいとこであることは得なんだろうと思わなくもないが学力特待生である上にかわいらしい容姿で自信にあふれた相手に敵意は向けられたくない。
 人気者で来年には生徒会入りだと噂される彼はおれのことが気にいらないらしい。
 いとこが好きな相手から恨まれることは一度や二度ではないので慣れている。

 けれど、柳町が見ている前での罵倒はどうしてかとても苦しかった。

 いつもならやりすごせる言葉がおれを息苦しくさせる。
 返す言葉は思いつかず、ただ情けなかった。
 言われ放題される取り柄がなく劣った自分が恥ずかしい。
 気分の悪いだろう空気を柳町に吸わせてしまっていることもまた申し訳がなかった。
 どこかに消えてしまいたいと思ったときに柳町はおれの手を引っ張って寮の部屋に帰った。
 震えて上がった肩に怒っているのだと思っていたら柳町は泣いていた。
 泣きながら土下座をした。
 嗚咽混じりに柳町はおれへの理不尽な文句に言い返したり殴りつけたりしたかったと口にする。
 それができない自分が恥ずかしいと詫びた。
 運動部員としてトラブルを避けたかったという。
 来年とはいえ生徒会役員になるような生徒を敵に回すのは得策じゃない。
 柳町は水泳部のエースだ。
 軽率な行動をするべきじゃないのは当然だ。
 柳町はなにも間違ったことをしていないと思うがおれのために立ち向かえずに保守的な行動に出たことが不甲斐ないとおれに謝った。
 誠実でまっすぐというのは柳町のためにあるような言葉だ。
 痛くて息苦くてずっと水の中でいたようなおれはやっと呼吸ができたような気がした。

 べつに男だから庇って守られたいなんて思わない。思っちゃいない。

 でも、自分のことを分かってくれる、自分のために怒ってくれる誰かがいるのはとても嬉しいことなんだと知った。
 胸が締め付けられた。
 それは何とも言えない苦い甘さ。
 柳町のおれへの感情は混じりっ気のない友情だけでそれ以上のものはない。
 わかっているのにおれは友情以上のものを柳町に求めたくなってしまった。
 友情だけでも十分すぎるのに望めるものならもっと親密な感情がほしい、そう考えてしまう。

 おれのことで責められ続けた母を見るような息苦しさではない苦さはどこか甘く癖になる独特なものだった。
 気持ちになるべく蓋をして友達のまま過ごして、二年生になり少し経った頃に転校生がやってきた。
 おれのいとこを含めて生徒会の人間と仲良くなったらしい転校生は柳町とも仲を深めたらしい。
 気づいた時には柳町は部屋に帰ってこなくなった。噂で聞く限りでは転校生や生徒会役員たちの部屋で寝泊まりしているという。
 柳町におれが何かをしたというよりも転校生たちと遊ぶのが楽しいんだろう。
 マネージャーが部活にも影響が出ていると言っていた。

 おれが柳町に何か言う資格なんてないのかもしれない。
 友達づきあいしながら相手に対して不純な思いを抱いているおれは間違っている。
 部活を持ち出して生活態度を注意しても本当のところは一人の部屋が淋しいだけ。
 柳町のことを考えているわけじゃない。
 自分のための言葉だ。


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