※藤高視点。



 瑠璃川(るりかわ)水鷹(みたか)は軽薄な色男だ。
 本当は瑠璃川の家の出としては珍しい会計の役職につくはずだった男。
 会計は歴代の人間がそうだったおかげで生徒会の人間といっても規則にそこまで縛られていなくていい。
 チャラチャラとした軟派な遊び人でも肩書きが会計であるだけで許される風潮がある。
 これは学園の独特な慣習だ。
 
 
 中学のとき、俺にあった生徒会長への打診を断るついでに水鷹に押しつけた。
 あの頃は何も分かっておらず、ただ面倒だと思ったことを他人に投げただけだった。
 それ以外の感情はなかった。
 
 三男坊である水鷹は他人に指示を出すことや自分自身を律して真面目に生きていくことができなかった。
 遊び人は遊び人であり役人のようにはなれない。
 中学なんてお遊びのような生徒会でやることなんかないと思うところだが、要所要所でやはり責任というものを押しつけられる。
 自分の言葉一つで場合によっては生徒の今後の人生を左右することも決めなければならない。
 問題を起こし学校を辞める生徒に事情の説明やアドバイスをするのは会長の役目だ。
 教師は基本的に生徒の精神的なケアをしない。この学園はそういう場所だった。
 
 他人に気を遣う、真面目で模範的な存在であること、それは不得意なんてものじゃなく水鷹にもとから備わっていない機能だったらしい。
 前会長や歴代の生徒会役員を真似ようとして失敗した水鷹はストレスをため込んで最後には身体を壊した。
 かたわらで見ていた俺は自分が押しつけたことで振り回されている水鷹の姿に罪悪感に駆られてしまって、つい手助けをした。
 水鷹の不器用さを俺なら良い方向に持っていける、そんな確信があった。
 
 それが全ての始まり。
 友情の始まりだった、はずの中学での出来事。
 俺と水鷹の関わりあいの発端だ。
 
 
 
 水鷹は瑠璃川には珍しく外での遊びを覚えているやつだった。
 瑠璃川の家は誰でも知っている金持ちの家で裏路地に溜まっている少年少女と知り合いというイメージはなかった。
 
 兄弟がいるから平気だ、安全だと対象年齢が高そうな場所を俺たちは出歩いた。
 肌に合わないと思いながら罪悪感と水鷹に危なっかしさを感じていたので俺は後について回った。
 
 身体の成長が早かったこともあって中学生でもすでに高校生か大学生あつかいをされた。
 そんな俺の周りに頭がゆるそうな女と水鷹の同種の男たちが集まった。
 大学の飲みサークルのような雰囲気に中学にして俺たちは馴染んでしまったのだ。
 
 年齢は言わなかったが誰もが感覚で見た目よりも俺たちが若いことに気づいていたはずだ。
 喧嘩での集まりじゃなく流行っていたら適当に取り入れて遊ぶ家に帰りたくないあるいは帰れない者たちの夜の集会。
 それを肯定的に考えるために集団はリーダーを求める。
 徒党を組んで人々は安心したがる。
 
 いつの間にか俺たちを中心にして集団はメンバーを変えながらも確実に規模を広げていった。
 
 仕切り屋であるつもりもリーダーを気取ったこともないのに目立つ水鷹のフォローをしていたら気づいたら俺と水鷹がツートップということになっていた。この集まりは「タカ派」と水鷹は勝手に呼んでいた。意味が違うところも含めてのネタかもしれないが勘違いされて攻撃されたこともある。
 
 水鷹は俺を親友と呼び、俺も俺でそのことが嫌じゃなかった。
 俺の中でいつの間にか水鷹の存在が馴染んでいた。
 罪悪感からフォローしたり手助けするのではなく自分がしたいからするという形にシフトしていた。
 誰よりも仲がよく一緒にいる時間が長いので親友だと水鷹が思ってくれるなら俺たちの関係は親友なんだろうと漠然と思った。
 同じような相手や特別親しい人間が俺には居なかったので親友の定義もわからなかった。
 
 俺にとって水鷹は特別だったがあくまでもそれは友情だったはずだ。この時点では。
 
 
 
 俺と水鷹の関係というよりも水鷹に対しての俺の感情や感覚が崩れ出したのは中学三年になったあたりからだ。
 
 高校に上がったら生徒会長をやってくれと高校の生徒会の人間からわざわざ打診を受けた。
 水鷹ではダメなのだと暗に言っているのは気分が悪かった。
 ダメなやつだとは思っても愛着を水鷹に持っていたので他人に悪く言われると腹が立つ。
 それに俺は生徒会役員になるのがそもそも嫌だった。
 
 俺は人の上に立つことが出来ないわけではないが不得意だし、嫌いだ。やりたくない。
 中学で生徒会関係で体調を崩した水鷹を前にして吐けない弱音だが嫌いなものは嫌いだった。
 矢面に立って物事を動かすのが好きじゃない。
 
 補佐をするのは簡単で単純なので好きだが、トップに立ちたくはない。
 実現したいだけの理想も思想もない。
 
 他の学園は知らないがこの学園に関しては生徒会の人間はただの雑用係ではない。
 こういったポジションに立ってリーダーシップを発揮したいだろうという将来の理想像でいることが求められる。
 誰もが経営者になるわけではないが誰もが人の下につくわけではない。
 生徒会役員たちの性格設定がある種、肩書きとセットでパターン化されているのは自分が理想とする上司像や自分が目指したい自分の形のサンプルを学園を動かす彼らの姿に見るためだろう。
 
 そのあたりを理解しなければ重圧は感じないだろうし、一般生徒よりも出来ることの幅があり人によっては楽しい場所だ。それは否定しない。水鷹も責任は取りたくないが自分の提案を実行できて会長としての立場を悪いものだとは思っていないようだった。楽しければいいと思っても楽しいばかりじゃないからこそストレスというものは溜まる。
 
 俺は与えられたものでいつでも満足している。
 無理に上を目指そうという気持ちがない。
 
 だからこそ、水鷹の快楽主義なところが自分本位だとしてもまぶしい。
 やりたいことをやれる人間というのはそれだけで尊敬できる。
 
 自己中心的で不真面目だと他人から蔑まれてもそれが自分だと水鷹は言える。
 自分の在り方を誇っていた。
 俺にはとても真似できないことだ。
 
 実行力も決断力もあってリーダーとしての資質を水鷹はきちんと持っている。
 苦手であるキッチリとした品行方正な言動は他のやつがすればいい。
 水鷹は水鷹であればいい。
 
 俺はマニュアル通りに動けても不測の事態に対応できない。する気もない。簡単に壊れてしまう計画なら初めから破綻している。失敗は俺のせいじゃない。
 無理を無理だと思わずに押し進めるのは不利益にしかならない。失敗したなら対処せずに捨ててしまえばいい。そういった酷い気持ちをオブラートに包みながら俺は平気で他人を切り捨てる。自分にとって得になるものだけを拾い集めて生きていこうと思っていた。
 
 水鷹と親友であることに周囲は疑問を持つようだが全く違うタイプの人間だからこそ上手くいくこともある。
 少なくとも水鷹も俺もいっしょにいることでストレスを感じたりはしなかった。
 
 
 
 生徒会のことなんかを考えるのが面倒くさくなった俺は高校は中学とは関係ない場所に進学することにした。
 そうすれば水鷹に会長をさせてしまっているという罪悪感も払しょくできる。
 学校が違うのなら会長が誰になろうと俺には関係のない話だ。
 その新しい会長が学園をまとめ上げることができなかったとしても俺はいないので他人事。
 
 同じように中高一貫教育の学園に高等部からはいれば物珍しがられはするだろうが生徒会に勧誘されることはないはずだ。
 学園の空気、風習は中等部や初等部からいるような人間が詳しい。
 生徒会に限らず役員になるのは知り合いが多い人間であるほうがいい。
 転校は面倒だが今ならなんとか進路の変更で済む。
 
 水鷹に進学先の話を伝えると思った以上の反発を受けた。
 友達だと思っていたのに裏切り者だと罵られて水鷹が思った以上に俺のことを好きなんだと知ってなんだかやけに嬉しかった。
 それでも水鷹を楽にしてやるために会長になると俺は言えない。
 
 俺の言い分を聞いて水鷹は自分が真面目に高校でも生徒会長になると宣言した。
 そして、生徒会役員は親衛隊の人間を除外するので俺に自分の親衛隊長になるようにも言った。
 これで決定だと笑う水鷹に俺は進路の変更をやめた。
 あっさりとしたものだが、どうしても別の学校に行きたかったわけじゃない。水鷹と自分を楽にしようと思っただけだ。
 水鷹との付き合いは学校が変わっても続く気がしていたのでどこに進学してもいいと思っていた。
 それでも水鷹がいっしょの学校に通いたいと思ってくれたことが単純に嬉しくてくすぐったかった。
 親友と思っていても具体的に何がどういう関係なのか分かっていなかった俺からすると水鷹の反応は意外であり照れ臭い。
 
 このときの感情は友情だと疑っていない。
 思い返してもこの時点では友愛以外の何も俺にはなかったはずだ。
 
 似合わない役目を水鷹に押しつけてしまっているんじゃないのかという罪悪感は水鷹自身の「悪いと思ってんなら全力でオレを支えろよ!」という一言でかき消えた。水鷹の面倒をみるのは楽じゃないと水鷹自身が分かっているからこその言葉だ。信頼からくる発言だ。
 そして、傲慢で自分本位だと自覚しながらもこういった言葉を吐き出すことができる水鷹を俺は尊敬していた。恐れを知らない人間というのはいつだって輝いて見える。
 無謀と勇気が違っていても結果が出るまでは似たように感じるものだ。
 
 
 
 進路を考え直した俺を水鷹は強引に馴染みの店へ連れて行った。


 いつにないハイテンションで騒いだ挙句に脱ぎ出した。
 こういうことはなくもない。
 
 誰かが変なクスリやアルコールを飲ませたわけではないと思うが自分が脱いだのだから俺も脱ぐべきだと周囲の人間を巻き込んで大騒ぎ。絡み酒になるタイプなので成人しても禁酒してもらいたい。
 
 そして、最終的に俺は脱がされた。それ自体は恥ずかしくない。次々にみんなが脱ぎ出したからだ。
 野球やサッカーなんかの試合でひいきのチームが勝った時のような異様なテンションで全員で裸のままハイタッチやハグが強行される。
 俺はもちろん水鷹を盾にして逃げた。
 ドン引きしつつ楽しそうに笑いながら全裸で踊る水鷹を見ていた。
 
 ついていけないとその場を去った人間は当然いた。
 離脱者が落ち着いてしばらくして、その場にいた十数人で始まったのは乱交だった。
 裸であることや熱気にあてられたのか最初は少し指でお互いをいじったりキスをする程度だった。
 それを全員が全員とも今日は無礼講という言葉を大義名分にして触れあった。
 
 あとになってから思うと水鷹と肉体的につながりたいと思っていた人間が多かったのかもしれない。
 こうなる機会をうかがっていたのだ。
 
 くわしくは知らないが水鷹の兄たちが俺たちがいた店のようなアウトローなたまり場から足が遠のいていたという事情もあって狙われていた。
 三男坊である水鷹はいろんな意味でガードがゆるいと甘く見られていたんだろう。

 水鷹が他人とキスしても、水鷹の裸を見ても何とも思わなった。
 今まで何度か見たことがある光景だ。
 兄弟も含めて水鷹は女好きのレッテルが張られていた。
 疑問は何もなかった。
 
 女が俺のモノをいじったり、綺麗めの男に手を握られたりして身体の熱は上がっても何とも思わなかった。
 精神的に不感症であるのかもしれない。それとも精通が早くても気持ちの上での性的なものへの整理をしきっていない状態だったのかもしれない。
 
 男はゴムをしたりしなかったりだが擦りあったり舐めあったりが主で挿入はなかった。
 俺の知らないところでイタしていたかもしれないが目につくところではまだテンションが上がったバカの集いから逸脱していない。
 集まった人間のモラルというよりも水鷹がギリギリのほうが面白いから素股でいこうと笑ったからかもしれない。
 
 男女では素股、男同士ではしごき合い、女同士ではキスをしながら抱き合って身体をゆらす。
 熱と汗と性臭が満ちた部屋の中で誰もが冷静じゃなかった。
 密室は人をおかしくさせる。
 
 
 その中で俺と水鷹はキスをした。
 水鷹からすれば他の人間ともしている親愛表現。
 この空間ならではの無礼講。
 
 深い意味などそこにはないとわかっていたのに俺はなぜかそのとき、泣いてしまった。
 
 他人に身体を触れられることに嫌悪感がなかったので抱いてほしいと言われれば抱いたことはあった。
 若い男の手ほどきをしたがる女は思った以上に多かった。けれども、彼女らとはキスをすることはなかった。
 
 はじめてのキスが男であるとか水鷹であるのが嫌だとかそういうことじゃない。
 
 俺の涙に慌てた水鷹はなぜかより深く長くキスをしてきた。
 驚いて涙は止まったが狂乱の雰囲気は一旦落ち着いてしまった。
 白けさせたことを周りに詫びる俺を無視して水鷹が泣きながら「嫌いになんないでよ」と抱きついてきた。
 冗談だと思ったのか水鷹の涙が伝染したのか部屋にいた人間も一斉に泣きながら俺たちに飛びついてくる。
 バカげた空間だったが、それが俺と水鷹らしさだとも思った。
 
 泣いてしまったことが嘘みたいに笑えた。
 俺が笑うと水鷹も笑って周りもみんな笑った。
 
 部屋の中でひとつの感情でまとまった不思議さは居心地が悪くない。
 不快さや面倒くささがないのは水鷹がいるおかげだと思うと俺は自分の持ち合わせた感情に気がつく。
 親友だと言われてしっくりとこなかった水鷹への感情の方向性、それに名前がついてしまった。
 
 
 
 俺は瑠璃川水鷹が好きだ。
 
 
 
 すとんっと心に落ちた結論に納得すると同時に絶望を知ることになる。
 水鷹は男も抱いてはいたけれど女の代替品だ。
 思い出が欲しいと頼まれたり適当な相手がいないという理由でそっちの毛がある相手を抱く。
 
 親友だからこそわかる水鷹の好み。
 
 自分よりも十センチは身長が低く視線の高さが違い、小奇麗な顔立ちが好き。
 化粧は派手ではなくナチュラルなのがいいけれど服は下品じゃない程度に露出を求める。
 背伸びしたい大人ファッションの高校生あたりが水鷹と付き合うメイン層。
 
 恋人というよりもエッチなことをする友達という付き合いの人間が思い浮かぶだけでも十人以上。
 俺はその中に入ることはできそうにないし思いを伝えたところで水鷹とどうにもなれない。
 
 砕けることが分かって当たりにいくような性格ではないし、容姿を変えられるわけもないので俺は自分の思いを諦めるしかない。
 
 
 気づいた瞬間に失恋するような恋に意味なんてあるんだろうか。

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