「一周年記念
単語リクエスト企画」
リクエストされた単語はラストに掲載。
先に知りたい方は「
一周年記念部屋、単語リクエスト企画」で確認してください。
※三十手前両性受けです。
おっさんの妊娠話ですが五体不満足なので注意。
ホラーというかグロさを感じるかもしれません。
--------------------------------------------
三十歳を三十路といってある種の節目とする風習はバカみたいだと思っていた。
三十を手前にしているからこその感覚だ。
何も変わりはしない。
古くからある因習なんて全部まゆつば。
雨乞いで雨が呼べましたって、それは雨が降るまで雨乞いをしてれば当然の結果だろう。
この世界に神秘なんか存在しない。奇跡なんかあるわけがない。
努力が足りない人間が運が悪かったと口にするのだ。
俺はそう、ずっと思っていた。
自分の身体が子供を産めると知っても産む気はなかった。
俺は男として育てられて今後もまた男として生きていくからだ。
子宮があろうとも精巣は元気に精子を作り続けている。
子供が欲しいなら俺が産むんじゃなく女を孕ませればいい。
俺は絶対に女にはならない。
そう堅く誓って自分の性別の片方を否定した。
子供を産まないと災いが訪れる。
そんな風に教えられてはいたけれど俺は信じていなかった。
過去の事例は偶然に決まっている。
震災が多い国だし、昔は対策だって不十分だった。
今は昔とは違うから平気だと俺は自分に言い聞かせて仕事を理由にして逃げた。
忙しさから祖父の言葉を聞かなかったのだ。
家からの見合い話を蹴り飛ばして大学のサークルで知り合った女と結婚。
男を見合い相手として連れてくるのだからこの選択になるのは当然だ。俺は何も間違ってない。
子供もちゃんと彼女のお腹にいるから問題ないと慣習に縛られている両親を説得。
同じ両性である祖父だけは俺を批難したがそんなものは無視だ。
自分の中にある子宮という女の部分から逃げるように体を鍛えて見た目から女性的な部分を全部排除した。
俺を女だと思う人間も俺を女扱いする人間もいないはずだった。
「センパイ、傷は痛みますか?」
俺が高校二年のときに中学に入学した釣鐘は温和な容姿が男子校ながらに人気で有名だった。
釣鐘という家の名前自体も聞いたことがあったので友人に誘われるがままに中等部をのぞきにいった。
思い返すと浅はかな興味で人生を台無しにしてしまった気がする。
王子様という表現が似合いそうな甘い顔立ちの釣鐘。
顔だけでアイドルとしてやっていけそうな少年だった。
性格の良さが顔に滲み出ているのか表情に嫌味がなく礼儀正しい。
コミュニケーション能力が高く人の心をつかむのが上手そうな人間だと思った。
彼はどうやら三男で家のことはノータッチなせいで人の集まるパーティーなどに主席しないので釣鐘という名前のわりに顔が売れていないという。
純真さが嫌みなく雰囲気にあらわれているので疲れた奥様方に大人気になりそうだが学業一筋でがんばると言っていた。
バカではないのに記憶がすっぽりと抜けているように勉強ができない釣鐘の家庭教師をなぜか俺がすることになった。
高二は暇だと思われているんだろう。
同じ中等部の人間だと揉めそうなのもわかるので俺は一年半ほど釣鐘に勉強を教えた。
俺と釣鐘の付き合いなんてそんなものだ。
他は何もない。
あっちゃいけない。
「だいじょうぶ、僕はセンパイを守ってみせます」
俺の手足は動かない。
目が覚めて一番初めに起き上がれないことに気がついて混乱したものだ。
芋虫になったような気分に絶望するよりも先に残酷な報告を受けた。
「以前、報告したようにお母さんも奥さんも娘さんも死にました」
火事があり家が崩れて俺は妻と娘を庇ったはずだった。
病院で目が覚めると俺の前には釣鐘がいて久しぶりと言う間もなく泣きながら俺の家族の死を口にした。
こんな状態の自分が生きていてよかったなんて思わないし、家族の死は悲しかったのに釣鐘の泣き顔ばかりが頭にこびりつく。
動けない俺を甲斐甲斐しく介護する釣鐘。
火事は事故であり誰も責めるものじゃない。
企業経営は家族を中心にやっているので会社もこのままだと倒産してしまう。
「娘さんは下鴨の血を継いでいません。センパイはそれを知っていましたね」
跡取りが必要な下鴨という家と別れた男の子供を腹に宿して困り果てていた彼女。
血液型は不自然じゃないし何も問題ないと思っていた。
こんなことになるのなら彼女と結婚しなければ良かった。
仮面夫婦というよりも親友のような関係を築いて娘の父親のことを生涯の秘密として抱え込んだ。
言わなければバレないと高をくくっていたし、バレたところですでにあの子は俺の娘だ。
「言ったじゃないですか、下鴨の跡取りはセンパイが産まなければならないって」
釣鐘の言葉から耳をふさいで一方的に絶縁状態になった。
高校を卒業してしまえば追ってくることはできなくなるに決まっていると確信していた。
それだけの熱意が釣鐘にあるわけがない。
見くびっていたのは釣鐘の気持ちなのか俺自身の気持ちなのか。
「センパイが僕を嫌っていても僕は好きです」
涙を流す釣鐘は綺麗だ。
だからこそ、俺を選ぶべきじゃない。
中学のころの王子様な雰囲気がいまだに残っていながらもその身体は雄々しい。
俺をベッドから持ち上げて車椅子に座らせてくれた。
そのまま釣鐘は俺を病室から連れ出した。
どこか遠くに連れて行かれるのではなく、すぐ隣の病室だった。
病室では父と弟たちが寝ていた。
釣鐘がしずかな声で「わかりますか」と言った。
「下鴨の血を引く人間はセンパイを含めて生きています。まだ目覚めていませんし、このままなら彼らも死ぬかもしれませんけれど」
脅し文句に感じないのはきっと釣鐘が悲しそうな声を出しているからだ。
これが俺が目をそむけていた事実であり、向き合わなければならなかった下鴨という家の抱えた問題。
自分が子供を産まなければならないと聞いて初めに感じたのは理不尽だ。
弟はそんな義務はないし、交際に何の制限もない。
俺は決められた学園に通い出来るなら在学中に妊娠するように言われた。
全寮制の男子校なので俺の妊娠などがスキャンダルとして広まることはないし、学園の生徒はある程度のレベルの家や知能の持ち主なので話がつきやすい。
外で何も知らないその辺の不良に孕まされるよりもいろんな意味で安全なのだと教えられた。
そんな言葉で納得するような俺じゃない。
反発して誰とも恋愛関係にならず、肉体関係だって持たずに卒業した。
心に引っかかる相手は釣鐘だけ。