「三周年記念短編リクエスト企画」
リクエストされた単語はラストに掲載。
先に知りたい方は「三周年記念部屋、短編企画」で確認してください。

※三十手前の男のかなしくもやさしい話。

ハードめイジメの話題が出てきます。

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 三十手前のフリーターなどクズの極みだと吐き捨てるだけの元気がない。
 今すぐにでも死にたいが、死ぬだけの元気も俺には残されていない。
 俺の不幸はいつから始まり、いつまで続くのだろう。
 涙も流せないからきっと惨めなんだろう。
 
 公園のベンチを一人で占領する。
 
 ベンチで寝転がれないよう、ひじ掛けがあるなんていうニュースを見たことがあるが、古びた遊具が放置されている公園のベンチが最新型なわけもない。
 
 どうしてこうなったのかと自分の手首を見る。
 刻まれた歪な傷痕は吐き気を催す時間の爪跡だ。
 俺が自分でやったわけじゃない。
 
 自殺ごっこと称して、俺の左手を押さえこんで俺の右手に握らせたカッターを使って手首を切り始めた。
 最初は薄皮を切るぐらいだったのが、エスカレートしていって跡が残るほど深くやられた。
 生意気だとか、他人と会話をしたとか、意味の分からない難癖に気づいたら同級生から無視されるようにクラスの人気者が指揮を執っていた。髪を染め、制服を着崩して、彼女持ちの癖にセフレもいるという頭がおかしい奴らの標的にされていた。
 
 最初、こういうことは順番だから、そのうち俺ではない誰かがターゲットになると軽く考えていた。
 エスカレートしていくイジメも考えなければ終わると思っていた。
 今にすると苛められている自分という自覚がなかった。苛められていると思いたくなくて、彼らは異常行動を起こしている狂った人間だと見ないふりをした。自分が惨めになることを避けるために問題を解決しようと行動しなかった。
 
 両親に話すとか、教師に相談するなんて思い浮かばない。
 笑って軽くやられている、そのどれをとっても笑ってられないし、軽くない。
 手首に残った傷以外にも俺の体には無数に傷があるだろう。
 笑えない。笑っていられない。
 
 高校卒業後にそのまま家の中で引きこもるクソニート。
 全部、自分のせいじゃないと閉め切ったカーテンの中で怯えてくれして三十手前。
 両親から汚物だと思われているだろうと思うと泣きたくなるが、涙は出ない。
 人生終わっていると泣くことも出来ずにだらだらと怠惰に過ごす。
 
 半年前に家を追い出され、コンビニで住み込みのバイトを始めた。
 人手不足だったせいか、俺がどれだけ接客が下手でもクビにはならなかった。
 ありがたい話だ。
 コンビニの倉庫のような場所で寝泊まりしつつ、起きている間は仕事をする。
 もしかしてブラック企業なんだろうかと思いはしたが、人手不足なので仕方がない。
 給料は貰っているので、お金はきちんと溜まっていく。
 両親に学費や俺を育てるために使ったお金を渡してから死んでしまうのが綺麗だろう。
 
 コンビニに来るのは八割がヤンキーだが、意外なほどに礼儀正しい。
 慣れない仕事は遅くて、舌打ちをしてくる奴もいたが、だいたいが他の誰かが注意をする。
 そのときに必ず出るのが「ヒロさんの前でその態度できるか?」という謎の言葉。
 
 ヒロさんが誰かは知らないが、ヤンキーたちに慕われているらしい。
 髪の毛を染めている十代の少年がこの世で一番きらいだと思っていたが、俺がきらいなのは俺をイジメていた頭のおかしい奴らであり、コンビニの客としてくるヤンキーじゃない。
 カツアゲをすることもないヤンキーは俺の仕事を手伝ってくれたり、ゴミ箱の周りを綺麗に掃除してくれる。
 普通の客よりもマナーがいい。
 
 俺もやっと底辺ながらにニートではなくフリーターという称号を得たと調子に乗った。
 それが悪かったのかもしれない。
 同窓会の誘いがあると母から何度もあると連絡してきた。
 無視していたらコンビニの場所を教えると訳の分からないことを言い出すので、仕方なく出ることにした。
 空気を悪くして、さっさと帰ろうと決めた。
 人手不足なコンビニは俺が居ないと困るのだ。
 自分には帰る場所があるのだから、恥ずかしくない気がしていた。
 あちらがどうしてもと言うから、行きたくもない同窓会に顔を出すという前提もあるので俺の気持ちは楽だった。
 
 いじめられっこと同窓会と来たら殺傷沙汰だ。
 俺は刃が引っ込む仕掛けナイフを買った。
 おもちゃに見えない仕掛けナイフは少し高かったが、真面目に働いていたおかげで本格的なナイフを買うぐらい平気だ。
 自分の給料で初めて買うものが馬鹿馬鹿しい復讐の道具だということが、不思議と俺の心を明るくしていた。心にずっと引っかかっていたトゲは、やられっぱなしの自分の姿かもしれない。
 
 自分の状況をきちんと把握するのが怖くて、考えないようにして時間が過ぎていくのを待っていた。
 有り得ないほどに長い時間に思えていた苛められていた惨めな時間は、コンビニで働いた半年に比べたら薄い密度かもしれない。
 
 漏れ聞こえる「ヒロさんなら〜」というお決まりの言葉。
 誰にも興味を示さないことで存在を消そうとしていたコンビニ店員が探偵気取りでヒロさんを当てようとする。
 すぐに下っ端たちが買い出しに来ているので、ヒロさんとやらがコンビニに買い物に来ることはないと気づいたけれど、その気づきすら楽しかった。
 
 引きこもっていると外部からの反応がほとんどゼロになる。
 そのせいで、笑うことも怒ることもなく無表情に顔は固まる。
 深夜でも笑顔のヤンキー少年たちを見習って鏡の前で笑顔の練習をすると一週間で成果が出たのか、明るくなったと店長から褒められた。
 
 昔の調子でいじめっこが近づいて来たら、コンビニで鍛えた笑顔で仕掛けナイフを突き刺してやろう。
 この想像は楽しかった。胸がスッとする。想像だけで終わらせておくべきだった。
 
 同窓会でいじめっこたちは俺に近づいてきた。
 髪の毛は染めておらず、出来る男といった見た目の三人組は俺を前に土下座した。
 個人的に首謀者のようないじめっこのボスは居なかったが、間違いなく加害者の三人だ。
 指示されたなんて通らない。ボスより性質が悪かった。最初に自殺ごっこと名付けて人の体を使った度胸試しを考案したのはメガネをかけた弁護士バッチをつけた人間だ。
 
 ホステスのヒモだったり、ブラック企業にこき使われていたり、借金苦でげっそり、そんなクズみたいな人生を歩んでいてくれたなら俺も救われた。
 
 同窓会の幹事を名乗るいじめを見ないふりし続けていたクラス委員長が彼らの現在の華々しさを語る。
 弁護士、一流企業に就職、起業して上り調子。
 彼らは反省して俺に謝りたかったという。
 謝る機会を作りたかったから同窓会という名目で俺を呼び寄せたらしい。
 
 土下座して謝って、終わらせられるようなことを俺は今もまだ引きずって生きてるんだろうか。
 
 手首から血がにじむ感触。
 タバコを押し当てられた熱さ。
 首を絞められ、トイレ掃除のブラシで顔をこすられた記憶。
 
 残酷で人がするとは思えないことを笑いながら平気でやっていた、頭がいかれた彼らが心から反省していると頭を下げる。
 反省の意味が、わからない。
 あれだけの行為を反省なんて出来るものなんだろうか。
 自分が仕掛けるつもりだったナイフが恥ずかしくなった。
 
 過去の過ちを悔いるのは正しいことだ。
 まっとうな人間は誰でも人を傷つけることに罪悪感を覚える。
 俺に悪いことをしたと思っているから、誠実に謝ろうと土下座をする。
 くすくすへらへら笑いながら茶化しているわけではない。本気で謝っているらしいから、俺は吐き気がした。
 何を言ったのか分からないが、失敗した気持ちの悪い笑顔で後ずさり、そのまま逃げた。
 
 自分の人生が終わりきっているこの状況を俺を苛めた彼らのせいにしていた。
 クズどものせいで人生は台無しにされた。仕方がなかった。そう思ってコンビニのバイトをしている。
 間違っていた。
 失敗していた。
 俺だけが、俺自身が、俺の人生を汚していた。
 
 苛められても、引きこもりにならずに生きている人はいる。
 リストカットしたとしか思えない手首のせいで夏でも長袖の気持ち悪い体だから、まともに働くことはできない、そう思おうとした。
 世間にはリストカットをしていても元気に生きている人もいる。

 社会で生きていこうと思えない。
 他人が怖くて仕方がない。
 みんなが怪物に見える。
 
 コンビニ店員と客という関係になる時だけ、人への恐怖は消える。
 ヒロさんのおかげとはいえ、ヤンキーであっても客は俺を攻撃して来ない。
 店員を怒鳴りつけるような人間はヤンキーたちが店の外に連れ出してくれるし、気が短そうなヤンキーたちも俺の作業が遅くても責めることはない。ヒロさんがそう言い含めてくれているから。まだ会っても居ないがヒロさんの偉大さがわかる。
 
 ヤンキーたちは十代の少年たちという俺が苦手としている年齢だが、カワイイ気すら。
 ゆっくりと生きることをやり直せる。目に見えなくとも確実についた汚れを洗い流して、生まれ変われるそう思っていた。
 うまく、生きようと、三十手前で思った。
 
 馬鹿馬鹿しい話だ。
 
 俺を苛めていた彼らは成功者として幸せになり、イジメの事実を忘れたり、俺の態度が悪いと責任転嫁してくるわけでもない。きちんと謝るという立派なことをしてきた。自分の間違いを認めてクズを脱却した。
 
 彼らの人間的な成長を称賛して、俺はトラウマを昇華する。
 そんなこと、出来るわけがないから俺は公園のベンチで負け犬として寝転がっている。
 自分たちがしていることがおかしいなんて高校の時に気づけよ。
 なんで誰も止めないんだよ。
 この世には俺とお前らしかいないのか。
 教師だって見てたはずじゃないか。
 机に書かれた落書きも髪の毛をトイレで切られておかしな髪型になっていたのも。
 何も見えないなら、俺がされていたことは何だったんだ。
 
 変にやけになっていた。
 
 お前らにはこれが見えないのかと。
 俺のこの姿が、俺の壊れていく様子が目に移らないのかと。
 不登校になっていれば楽だったのに俺は意地を張っていた。
 
 はやくきづいて、だれかわかって。
 
 きっと、一言でいい。
 知らない人でもいい。
 
 
「大丈夫ですか?」
 
 
 きっと、その一言があれば俺の強がりは崩れて、耐え続けるだけの道から普通の場所に戻って行ける。
 大丈夫だって言ったらどうにかしてくれるのかと高校生なら毒づいただろう。
 誰も助けてくれず、見ないふりしやがってと吠えた。
 俺を見て声をかけてくれた相手に怒鳴り散らしたかもしれない。
 
 今は、ただ涙が止まらない。
 
 見ないふりをしないで。俺はここにいるんだ。生きるために蓄えていた気力はゼロだ。コンビニに帰るために歩くことも出来やしない。コンビニにこんな気持ちを持ち帰れない。実家にいたときもそうだった。両親にこんな生き続けたくないと思う自分を見せたくなかった。
 
 死にたいじゃない。生き続けたくない。
 良いことなんて何もない。ここから逆転なんて不可能だ。
 俺の失敗した人生はやり直せるものじゃない。
 
「ヒロ、どうしたの? 積乱雲があるから早く移動しようって……」
 
 俺に声をかけてくれた誰かはヒロと呼びかけられた。
 納得と共に笑ってしまう。
 ベンチに寝転がる不審者に声をかけるような子なら、ヤンキーに慕われるわけだ。
 困った人は助けるべきだと、そう思っているんだろう。
 ヤンキーたちにもそう言っているのかもしれない。
 なんて、優しく幸せな世界なんだろう。どうして俺の学生のときはそうならなかったんだろう。
 
 
2018/09/15

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