偽りの眼鏡、水山
水山視点。
青森の声は覚えていないが、少なくとも馬鹿じゃない。
自分のことをハレトの彼氏だなんて言いだす馬鹿は会長ではなく、ストーカーな会計だろう。
「えっと、モガミだっけ」
『サイジョウだ。最高に上質だと覚えろよ』
素直に名乗らないと思ったのが、意外と本気の馬鹿だった。
ハレトが危険視していないので、ストーカーといってもこんなものかもしれない。
本当にあぶない奴ならハレトだって警戒するはずだ。
ベッドの上で気絶しているハレトの乳首を指で押しながら、再び挿入して腰を動かす。
電話の向こうからハレトに似ていて、似ていない嬌声が聞こえた。
ハレトは基本的に声を抑えようとして「わあ」「はあ」「ひゃん」という音が変化したような高めの音を喉から出す。
思わず出てしまったというような声に照れたりするので、大丈夫だとなだめるためにキスをする。それだけで安心したように笑う単純さがかわいい。
電話の向こうから聞こえたのは甲高い声ではなく「あ゛あ゛あ゛あ゛」という喉を潰しそうで心配になる濁りきった声。ハレトが小指をぶつけたときに悶絶していた声に似ている。
『ハルが連続絶頂キメすぎてて、マジ気持ち悪い。寝てるハレのことレイプでもしてんのか?』
想像通り呻き声の主はハルトらしい。
ハレトの双子の兄といってもクラスが違うので、ハルトと俺は関わり合いがない。ハルトのことは何も知らないが、そこまでいい印象がない。
俺が泊まりに行くのも、俺の家にハレトが来るのもハルトはいい顔をしなかった。
ハレトが友達と遊んでいるときに邪魔するように連絡を入れてくる。
双子と言えども兄として心配しているからこそだと俺はハルトの言動をスルーしていたが、こうなると真面目でいい兄なんていうハレトの言い分は疑わしい。
ハレトの足を大きく開かせて、奥を乱暴に突くように腰を動かした。
精液とローションがぐちゅぐちゅと大きく卑猥な音を立てる。電話の向こうまで聞こえるかもしれないが気にしていられない。ハレトは自分だけのものだと独占欲が湧き上がる。他人を自分だけのものにしようという思ったことはない。世話を焼いて甘やかしたり、相手の行動を縛ったり、そういうことを俺はハレト以外にしたことがない。
『ハルがひーひーうるさいんだけど。電話しながらハルとセックスとか最低っ』
苛立った馬鹿の声。その奥から聞こえる「ああ゛あ゛あ゛、ごわ゛れ゛るるるるぅ」という怨霊のような声。俺は最上のムカつく声ととハルトのあえぎをBGMにしないといけないらしい。
「最低? 羨ましいの間違いだろ」
ひたいから流れる汗が眼鏡を汚す。
視力はそこまで弱くないので、真面目ぶるためのアイテムでしかない。眼鏡なんて、学校以外でつけていなくてもいい。それなのに休日にこうしてつけている。
ハレトが俺の眼鏡を気に入っているからだ。そんなことで、俺はセックスの最中も眼鏡をかけたままでいる。真面目っぽいアイテムだから眼鏡を気に入っているのかと思ったが、兄であるハルトも会計である最上も会長である青森も、眼鏡はかけていない。ハレトのまわりで眼鏡をかけているのは俺だけだ。
そして、眼鏡についてことさらコメントしだすということは、それはハレトから俺への好きという言葉代わりだろう。滅茶苦茶に見えて、人から嫌われたり、人に拒否されるのが嫌いなハレトは俺を好きでも好きと言わない。
ハレトがきちんと言えないのは、俺が男は無理だと散々言ったせいかもしれない。結局、ハメまくって逃げられないぐらいにハレトにハマっているが、最初は拒否していた。セフレは嫌だと断ったので、ハレトの彼氏が誰かと聞かれたら電話の向こうの会計ではなく俺だ。セフレじゃないのにこれだけ、セックスしまくっている。俺が彼氏じゃなければ、この世に彼氏という概念は存在しない。
「俺たちの初セックスがいつか知ってるか? 当たり前だけど、今日じゃねえからな」
『ふざけるなっ。この強姦魔』
むしろ逆だと言いたい。だが、気絶しているハレトをまさに今、許可なく無断で抱いているのは事実なので声を出さずに笑う。ハレトの意識がない時点でレイプかもしれないが、起きたら起きたで俺の行動を責めるでもないのだから合意の上の行為になる。
「おまえさあ、ずっとハルトとセックスしてたんだろ。学校でよくやるよなーってか、マジでありえねえ」
『かわいいハレは処女なのに淫乱になったんだ。すぐにでも挿入したいところを我慢して、ハル越しにハレを味わってる』
「生憎だがな、あいつはおまえのことは知らねえよ。俺のことしか知らねえから。俺しか求めない」
『殺してやるっ』
以前、双子が同じ場所に怪我をしていたことがある。
ハレトに聞いたら傷がないのに痛くて気持ち悪くて怖いから自分で傷をつけたという。
不思議な話だが、聞いたことがある話でもある。
双子のエピソードとして創作では使い古されてカビが生えたようなお決まりな設定。双子は感覚や感情を共有するという。強く大きく感じたものが片割れにも伝わるという不思議現象。
「不思議だったんだよ。ストーカーのおまえが、俺とハレトの仲に気づかねえのが」
『仲なんてない。ハレは誰にだって優しい。勘違いするなよ』
「俺とハレトがヤッてるときにおまえはハルトとヤッてたってことだろ」
会計がハレトが好きなストーカーであるのは間違いないが、教室でのセックスをどこかから見られたという感覚がない。今の今までハレトが男を知らない清い体だと信じている。電話の向こうで疑いながらも、ハルトのせいで俺とハレトがセックスしているとバレている。
お互いがお互いの感覚の受信機で、意識が落ちているときは伝達率がよくなるらしい。
ハレトの意識がないと決めてかかっていたということは、どうやったのかは知らないが実験でもしたのかもしれない。
初めてハレトが俺を求めた時を思い出す。
何かを振り払うように必死だった。
俺は双子の兄に置いて行かれるのが怖くて背伸びしたがっていると思っていたが、違うんだろう。
ハレトが脈略なく俺にセックスをねだるときがある。
怖がるような、すがるような、その視線に股間を刺激されて深く考えずに抱いていた。
ハルトの快楽がハレトに伝わっていたのだと解釈すると違和感に説明がつく。
きっとハレトは自分の身体がおかしいとは分かっても、ハルトと繋がっているなんて考えない。
よくわからない体の熱が怖くて俺に抱かれたがる。
理由のない快楽が怖くても、俺の与える快楽ならいいのだ。
だから、ついさっきも俺に挿入をねだった。
電話の向こうで最上が双子の兄が乱れてよがっている、その感覚を受信して、それを打ち消すためにハレトは俺に抱きついてくる。考えれば考えるほどに、かわいい。実際には犯されていなくてもハルトがチンポを受け入れるとハレトにも何割か挿入感が伝わってくる。その感覚を気持ち悪いと思って、目の前にいる俺を欲しがる。
ハレトにとって欲しいチンポは俺のモノだけだ。
俺の内心に返事をするよう、ハレトが深く俺をくわえこむ。俺の腰に足を回してくる。
『ハレはエッチしたくなったら、おれに言ってくるはずだ』
「なんか根拠でもあるのかよ、それ」
ストーカーをするぐらいだから、勘違い野郎なんだろう。
ハレトは自分を甘やかしてくれる人間じゃないとダメだ。
最上はハレトに甘やかされたいと顔に書いているので相性が悪い。
余裕もなく、哀れだ。
『ハレのファーストキスの相手はおれだ。キスがどういうものなのか知りたいって。ハルが知ってることを知りたいって。ハルがしたこと、ハルにしたこと、それをハレが欲しがるから、だからおれは』
「ハルトと付き合ってるわけじゃねえのか」
それは事情がどうであれブラコンなハレトからすると、双子の兄がかわいそうと感じるのかもしれない。
『ハルとは……よくてセフレかな。こいつ変態だから付き合うとかない。おれが一緒にいたいのはハレだけだ』
「っても、ハルトのセフレしてるような奴とハレトがどうにかなるなんてありえねえだろ」
『おまえが言わなければ』
「いいわけあるか!」
『ハレ!?』
「聞いてたっての!! 水山に無理やり犯されてるとかアホ臭いこと言ってんじゃねえよ」
ツッコミを入れるところはそこなのかと驚く一方で、いつから起きていたのか考える。俺が挿入した衝撃で意識が浮上したのかもしれない。
「水山とまったり勉強セックスするつもりだったのに身体が変に高ぶるから予定が変更になっちまった。バカっ。ハルトなんか嫌いだ。風呂場でアナルバイブ何本も入れて拡張しまくって、シャワーで亀頭責めしてよがってんの父さんに言いつけてやる! シャワーの水出しっぱなしは母さんが怒るからなっ」
俺が持っているケータイに届けるためか大声を上げるハレト。
内容はかわいいようでいて、とても恐ろしい。
小さく「困ったなあ」とハルトの声が聞こえた。
最上がハルトへの責めをやめたらしい。
『ねえ、はっちゃん。俺がしてることが全部自分にフィードバックしてるって、気づいてた?』
「ハルトのバカっ。フィードバックなんて言葉をオレが知ってるわけねえだろっ」
堂々と言い放つハレトのバカかわいさ唯一無二のよさかもしれない。
俺との時間を楽しみたかったのに邪魔されたという、それだけを理解して不満気な顔をするハレトはかわいい。
2018/07/30