8 双子の弟は非常識の極み?

 現実逃避して牧さんと寝室でいちゃいちゃしたくなった。
 俺の中に長年あった心理的ストッパーみたいなものが今回のことで綺麗に消えてなくなった。
 ずっと心のどこかで牧さんと寝たら大智がやってきて尾長さんと同じように取られてしまうと思っていた。
 取られるも何も尾長さんを避けて自然消滅に持っていったのは自分なのに大智によって壊されたと恨んでいた。
 浮気されたのは自分のせいだと思ったり、尾長さんの考え方がおかしいと批難してみても、俺に何かが足りないからあの結末になったんだと落ち込む気持ちは消えなかった。
 
 尾長さんの人となりを見抜けなくて騙されたのだって俺の浅はかさが原因だ。
 でも、俺のこの後悔を牧さんは笑って包み込んでくれた。
 自分で考えて選んだ結果が今に繋がっている。
 大智と俺が違う人間で異なった判断をするからこそ今がある。
 牧さんと恋人同士になって一緒に暮らしているのは俺が大智ではない証明。
 大智と同じ道を選ばないし、同じ考えにならないからこその悩み。
 自分の今までを肯定しきれない俺にとんでもなく優しい言葉をくれた。
 
「間違いを後悔して反省しようと思ったからこそ慎重な空太になった。それは俺の好きな空太だから、過去の自分の行動を反省はしても責めるものじゃない。責めても過去は変えられないから自分が苦しくなるだけだ」
 
 大智の変化に気づくべきだったとか、高校に入る前に尾長さんに別れをきちんと告げるべきだったと俺の行動の反省点はたくさんある。
 過去の自分の言動によって現在の自分がつらくなる。
 問題の解決は後回しにした分だけ面倒くさく骨が折れる。
 けれど、それが分かったなら同じ失敗を繰り返すことはなくなるかもしれない。
 
「これもいい機会だと思おう。自分を見つめ直したり自分のこれからを真剣に考えることは普通に暮らしていたらそんなにしないから」
 
 これから先も大智を避け、好き合っているのに牧さんと肉体関係を持てないままなのは悲しい。
 気持ちを完全にリセットするためにも尾長さんと向き合うのは必要だったのかもしれない。
 抱き寄せられて背中を撫でられると身体中がぽかぽかと温かくなってくる。
 幸せの温度に眠気がくる。
 大智が寝入った気持ちがわかる。
 好きな相手に抱きしめられると安心して寝てしまいたくなる。
 牧さんのことが好きだなと思っていると耳に異音が届いた。
 
 水音というか、くぐもった声というか、皮膚と皮膚がぶつかり合う音。
 
 寝室に移動したといっても大智をソファで寝かせているので部屋の扉は開いている。
 目覚めた大智に気づけるようにしていた。
 大智が起きた際の物音にしては聞こえてくる断続的な音は異様だった。
 
 牧さんが自分だけで様子を見に行くというのを甘えずについていく。
 予想通りの最悪の光景があった。
 
 音の発信源は玄関。
 大智と尾長さんが立ちバックで繋がっていた。
 玄関の扉に手をついた状態の大智の口を尾長さんが手でおさえている。
 
 合意か無理やりかは考えるより先に足が後退する。
 立ちつくすのではなく俺は逃げようとしてしまった。
 少なくとも身体はそう動いていた。
 大智と尾長さんの組み合わせが俺の中で未だに尾を引いている事実を突きつけられたみたいで二重にショックだ。
 
 振り向いて尾長さんが俺を見て笑う姿にもゾッとする。
 泣いたり喚いたり感情を吐き出す器用さがあれば以前のときに過ちは起きなかったかもしれない。
 尾長さんが俺への誘い文句を吐き出そうとするのが見えた。
 嫌悪感と拒否感しかないのに対応の仕方が分からない。
 尾長さんの腕の中に大智がいるからかもしれない。自分が逃げたら大智はどうなるのかを考えてしまう。
 写真や動画なんかもそうだ。
 俺じゃないと他人に証明できるということは逆に言えば大智が非常識なことをしていると証言することになる。
 事実だとはいえ大智を陥れるような行為に気分が悪くなる。
 大智の責任は大智が負うべきだと思っても双子の弟だからこそ庇えるものなら少しは助けてやりたい。
 この俺の思いはきっと尾長さんに利用される。
 それが玄関先で立ちバックでセックスしている二人を見て反射的に思ったことだ。
 
 俺は今も昔も尾長さんを嫌悪して大智を突き放しても、大智のことを心の底から嫌いになれない。
 二人に裏切られたと思っても心のどこかで大智になら仕方がないと認めていた。
 それは大智のことを弟として好きだからだ。
 だからこそ、嫉妬などではなく尾長さんが大智に触れることが嫌だ。
 
 尾長さんが振り向いたことで大智も俺たちが来たことに気づいたようで顔をこちらに向ける。
 殴られたのか唇から血が出ている上に頬が腫れている。
 血の気が引いたことが嘘のように頭に血が上って足が前に出た。
 
 尾長さんに掴みかかろうとした俺の気持ちを牧さんが背中を軽く叩いて落ち着けてくれる。
 
 牧さんは黒い棒を持って俺の前に立つ。
 バチバチと静電気よりも大きなスパーク音を響かせた棒を尾長さんの微妙にシャツがまくれて露出した腰に押し当てる。
 尾長さんは力なく膝から崩れ落ちた。
 玄関は広いし見た目が綺麗だとはいえ急にひざまずきたくなる場所じゃない。
 だらりとした尾長さんを牧さんは玄関に置かれたビニール紐で拘束していく。
 
 床に転がる黒い棒が尾長さんを無力化したものだろう。
 反射的にスタンガンという単語がイメージできたが、どこにあったのか気になった。
 
「これは玄関先にいつもある懐中電灯、兼スタンロッド。使い方はあとで教えておく」
 
 俺の考えが読めたのか牧さんが黒い棒の正体を説明してくれる。
 そういえば玄関の靴箱近くに手を伸ばしていた。そこにあるのは、いざというとき用の細長い懐中電灯だ。
 
「まきまきさん、半端で、終わってつらいんだけど〜」
「人の家の玄関を汚すのはいけないって勉強になったね」
「なんか飲まされたし、なんか入れられたから、エッチ我慢できない。まきまきさん、入れない? 俺のナカ絶対に気持ちいいよ?」
「都合のいい友達とかいないの」
「ヤリ友は尾長のにーちゃん経由だからなあ。先輩たち、男とはもう卒業だって。連絡取れなくなっちゃった」
「それは多分、この這いつくばってる男の仕業だな」
「なんで尾長のにーちゃんが先輩たちと関係あんの」
 
 大智はわからないようだが俺はわかった。
 尾長さんは大智を孤独にして自分の言う通りに動くようにしたかったんだ。
 大智のことだから付き合いの長さを考えて尾長さんと同時に誘われたらセンパイたちを優先する。
 それは尾長さんにとって具合が悪い。計画が乱れる可能性がある。
 尾長さんの計画とは大智を使って俺を追いつめたり脅したりすることだ。
 そうでもなければ筋が通らない。
 
「もうっ、えっちしてよ! いれてよぉ」
 
 下半身丸出しの大智が牧さんを誘惑するように尻を振る。
 尾長さんを拘束するために屈んでいる牧さんの前に尻を突き出す暴挙はさすがに見過ごせない。
 
 大智を呼ぶと尾長さんを踏みつけながら俺のところにやってきたと思ったら押し倒された。
 うるんだ瞳は切羽詰まっていて正気ではない。
 
「空太ぁ、えっちしよ?」
 
 力では俺は大智に敵わない。
 転がっていた懐中電灯兼スタンロッドをつかむ。
 大智も俺の手にしたものに気づいたのか余裕なさそうに俺の名前を呼んでくる。
 
「空太、それでいいから入れて」
 
 俺の弟は非常識すぎる。
 どうしてこんな育ち方をしてしまったのか。

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