6 双子の弟はただの子供?
大智の行動に悪意はない。
考えなしであったとしても悪意はない。
悪意があったのは尾長さんだ。
俺のことを未だに好きなのだろう。
先ほど会った際の押しの強さから言えばそれ以外の原因がない。
復讐ではなく修復こそがあの人の目的だ。
とはいえ、悪意はありそうだった。
自然消滅したと思ったのは俺だけで尾長さんは関係を継続させる気でいた。
少なくともそれを前提で動き回っている。
自分の後輩を使って俺の動向は一方的に見られていた。
尾長さんの弟が俺と友人になったのも偶然じゃない可能性がある。
大智が俺を名乗ってビッチ状態になっていたのは尾長さんの入れ知恵だった。
人をあまり疑わない大智を使った最悪の俺への嫌がらせ。
俺と別れる原因になった大智への意趣返しの側面もあっただろう。
牧さんが言うには大智扮する「空太」は同じ趣味の人間が集まる裏サイトの地域コミュニティのような場所で動画や写真を公開しているらしい。容赦ないエロは人気が高いという。
そしてエロ人気が高い空太はコンビニで目撃情報が出た。
そのため冷やかしではなく写真や動画なんかと同じことをしたい人間たちがコンビニに客としてあらわれだした。
画像を見て空太ならすぐに犯せると思ったんだろう。
大学への送り迎えは牧さんが車でしてくれる。
交通費や時間の節約になって助かっているだけではなく変態避けにもなっていたらしい。
家はバイトをしているコンビニの上なので襲われたりすることはない。
「今月はコンドームの売り上げが増えすぎておかしかった」
牧さんがまずおかしいと思った個所が生々しい。
近所に新しい施設が出来たわけでもないのに新しく増えた客たちと減るコンドーム。
レジでコンドームを買うことで俺にセックスアピールをしていたらしい。
何も考えていなかったので事務的に処理していた。いちいち客の顔も覚えていない。
「防犯カメラで空太だけじゃなく客を見るようにしたら学園で生徒が悪巧みしてる空気と同じものを感じた」
「牧さん、レジ泥棒用のカメラで俺を見るって失礼じゃないですか?」
「あれは別にレジ泥棒用ってわけじゃない。何かあった時に確認するために店員側に向けてるんだ。空太のことはこの世で一番信頼している」
牧さんが大智と浮気しているんじゃないのかと疑って友人の家に突撃したのが悔やまれる。
俺だって牧さんを信じている。でも、パソコンの中身が衝撃的すぎた。
「まきまきさん俺は?」
「初対面の人間を殴りつけてガムテープでぐるぐる巻きにするような人間はちょっとね。そんなに信用できない」
「ちんしゃぶはOK? しゃぶはクスリでも料理でもなくフェラね」
牧さんからもらったアイスをこれみよがしに舐めたりする下品な動作をする大智。
とりあえず「ふざけんな」と殴っておく。
頭を叩くと鼻血が噴き出る可能性があるので腹だ。
しっかり腹筋があるので俺の手の方が痛かった。
大智に鉄拳制裁なんて身体の作りを考えて無理だった。
靴を履いたままで蹴るぐらいじゃないと逆に俺の方がダメージを食らう。
「お前のせいで牧さんの唇が腫れてるだろ。痛々しいだろっ」
「すいませーん?」
「禁煙席にでも行きたいのか! 謝る際は誠心誠意、心を籠めろ」
「まことに申し訳ございません」
「あと、牧さんは俺の恋人だから勝手に襲うな」
「空太との間接キス狙いじゃん」
唇を尖らせて拗ねた顔をする大智に目つぶしを仕掛けて止まる。
口で説明したり分からせるよりも叩いたり殴ったりと大智に対してはなぜか手が出てしまう。
大智に対して「こいつ人の話を聞いてないな」と感じ取ってムカッとするからかもしれない。
他人なら根気よく説明をしたり説得もするが大智には「いいからちゃんと考えろ」と頭ごなしになっている。
双子とはいえ同い年だからこそのある種の見下しなんだろうか。
呆れながら「そんなことも分からないのか」と常識のなさを突きたくなる。
悪いのは大智の行動だと思うが俺の行動だけを見ると考えなしの暴力男みたいだ。
牧さんを見ると何も言わず俺たちの会話が一段落するのを待っていた。
兄弟ケンカを見守る図なんだろう。あえて口を挟まない。
牧さんは優しくて常識的だからこそ俺たちの会話に無理に割り込むことはない。
けれど、当たり前に今のやりとりを見ている。
大智が常識がないのは牧さんもわかっているだろうが、俺が大智に合わせて荒々しくなる必要はない。
混乱していたとしか思えない。
咳払いをして手を付けていなかったカップのアイスを食べる。
「お前の理論なら俺とキスしたいなら鏡とキスすれば?」
「鏡は冷たいし、空太の気配が足りない」
「俺の気配ってなんだよ」
「ほら、まきまきさんに『空太はこんな風にやってくれた』って聞いたら空太を感じられて、うれしいじゃん」
「病気か」
「空太病に治療法はありませんっ」
悪気なく笑いながら俺のアイスを食べようと手を出す大智。
こいつは本当の意味で俺を分かっていない。
俺のものは俺のもので、お前のものはお前のものだ。
そう言い続けてるのに聞いちゃいない。
牧さんが「アイス食べたいなら持ってこようか」と気遣ってくれる。
「空太の食べてるの、食べたい」
「子供かっ」
「逆になんで空太は俺の食べてるのを食べたくならないわけ?」
「俺は自分の手の中にあるもので満足してるからだよ」
「満足して現状維持は向上心のない子になるよ」
「俺は慎ましやかな幸せに最大級の幸福を感じるタイプなんだよ」
「ビックドリーム見ようぜ!!」
話にならないので殴りつけたくなってくる。
大智のことだから俺からすると大言壮語で荒唐無稽であっても何だかんだで成功しそうではある。
普通なら成績優秀、運動神経抜群その上、社交的で物怖じしないとなれば何でもできそうだ。
でも、俺は何でもできなくていい。
俺は俺にしかできないことがしたい。
大智の後ろを追うことはないし、大智になりたいとは思わない。
双子の兄弟だから比較されることはあるかもしれないけれど、大智は大智で俺は俺だ。
そっと置かれたコーヒーカップは三つだけれど中身は違う。
大智の前にあるものはブラックでミルクとスティックシュガーが横に置かれている。
俺はすでにカフェオレ状態で牧さんはたぶんアメリカン。
これは牧さんが俺の好みを知っているからだ。
カップも俺と牧さんはお揃いの色違い。
大智が使っているのは来客用の一脚。
牧さんは大智に対してお客さんとしての扱いしかしていない。
すごくどうでもいい些細なことかもしれないけれど、自分の箸、自分のコップ、自分の歯ブラシ、自分のものである限り誰にも使われたくない。
尾長さんに嫌気がさした一番の理由は俺のベッドでふたりが事におよんでいたからかもしれない。
恋人だと思っていても相手を独占できなかったのは俺に原因がある。
でも、当てつけるように俺のベッドを使うような感覚を持った人を好きでいることはできない。
寮生活でいくつかの嫌な感覚はあった。
相部屋の相手が散らかしたものを片付けなければいけないとか勝手にズボンを借りられたとか思い出すとキリがない。
それでも三年間だけのことだし、自分だけが我慢していることでもないから気にしなかった。
牧さんとの生活でストレスを覚えたことはない。
元々、寮での不便さや相部屋の相手に対する愚痴をこぼしていたこともある。
過剰に気を使われているわけではなく俺を尊重しながらも合理的に動いてくれる。
大智や尾長さんのようなよくわからない感情論を展開されたことは一度としてしてない。
だからこそ牧さんに好感を覚える。
美形に浮気されるなんて冗談じゃないと美形全般に心の壁を作り上げた俺に牧さんは黙って寄り添ってくれていた。
なんでもっと良いものがあるはずだと根拠なく思えるんだろう。
アイスの味が知りたいのではなく俺の食べているアイスを食べたいというのが理解できない。
同じことをしても同じようには感じない。
大智はそのことをまだわかっていないバカで尾長さんは比較して楽しもうとするクズだ。
尾長さんの手口とかそういうものではなく人間である俺と大智を物を比べるような目で見ていたことに嫌悪感が湧く。
「尾長のにーちゃんが空太が逃げた責任とれって」
しょんぼりした大智についつい俺は自分の分のアイスを食べさせる。
そして俺にアイスを食べさせてくれる牧さん。
結局おかしな構図になっていた。
「俺が空太って言ってみんなとエッチしてたら尾長のにーちゃんは空太とまた付き合えるし全員が幸せだって」
それを心から信じているわけでもないだろう。そこまでバカじゃない。
ただ疑ったところで大智は人が人を騙す意味を理解できない。
スポーツの場面においての駆け引きは上手いかもしれないが人を陥れようとかそういう嘘を理解できない。
尾長さんが形振り構っていないと大智には見抜けないだろう。
あの人は今も以前も息を吸うように嘘をついていた。
大智と連絡を取っていないように言って大智を操って好き勝手なことをしている。
「その全員の中に俺は含まれてなさそうだな」
笑う牧さんの目が怖い。
怒っていても牧さんは周囲を怒鳴り散らしたり威嚇したりしない。
自分が誰に対して何を怒っているのかきっと分かっているから感情を押さえこんでいる。
いま牧さんが怒っているのは俺でも大智にでもない。
「まきまきさんは……俺がちんしゃぶってれば空太とバイバイすると思ったのかな? だから尾長のにーちゃんの勘定外」
「俺が弟くんに乗り換えるんじゃなくて空太が俺から離れるっていう筋書きだろうね」
「なんで三人で仲良くできないの」
「簡単なことだ。空太が嫌がってるから。ただそれだけのことだろ」
「なんで空太は嫌がるんだよ」
牧さんをにらむ大智を止めようとする俺を牧さん自身が笑って制した。
「なんで嫌がらないと思った?」
「みんなが仲良くするのはいいことだから」
「三人でこうしてちゃんと話をしている。仲良くしてるだろ」
「でも、エッチしてた方がもっと仲良くなれるし」
「身体の反応で物事をとらえ過ぎ。もう大学生なんだから頭で考えな」
「なにを?」
「わからないなら、まずはそれを考えれば? とりあえず空太は弟くんと同じことはしたくないから、こんな状況はノーサンキュー」
パソコンを開いて地獄を見せられる。
大智は恥ずかしさも何もないのかいつの時の何の写真かを口に出している。
「みんな楽しんでて喜んでたから悪いことしてない」
「この段階では弟くんは悪いことをしていないかもね。でも、こうなりたくない空太が同じ目にあったら原因を作った弟くんは悪いことをしたことになる。それはわかる?」
「空太も俺と同じ気持ちになれば解決じゃん。気持ちよくてエッチしてよかったって思えばみんな幸せ」
「それは無理。だって空太が好きなのはセックスでもこの写真の中にいる誰かでも弟くんでもなく俺だから」
牧さんが断言するのを俺はコーヒーを飲みながら聞いた。
俺ではたぶん大智にうまく説明できない。
恥ずかしかったり伝わらないのがイラついてしまう。
牧さんはそれをわかっているからか肩代わりしてくれている。
子供に常識を教え込むような調子だけれど怒っている。
大智ではなく大智を良いように使っている人間に怒ってくれている。
それは俺も同じだ。
「弟くんは空太を悲しませたいわけじゃない、そうだろ」
「でも、みんなが幸せになれるって」
「このやり方を続けたところで幸せにはなれないよ」
俺と連絡が取れなくて淋しかったんだろう。
大智が俺に構ってほしがっているのは間違いない。
だから、俺のためとか俺が喜ぶといった言葉で大智は動かされた。
大智の行動に悪意はない。
考えなしであったとしても悪意はない。
俺に甘えたいとか俺に構われたいとかそういう気持ちしかない。
自分が悪いことをしているという意識がない。
それは大智以上に周囲の人間に問題がある。
「それに空太の幸せを心配しなくていいよ。空太は俺と幸せになるから何も気にしないで大丈夫」
「まきまきさんと空太はそれでいいけど、俺が淋しいじゃないか!! のけものか!!」
「じゃあ、自分と一緒に幸せになってくれる相手を探せば?」
「空太がいい。まきまきさんズルい」
「もったいないね。血のつながった双子の弟なんて恋人よりもレアな立場なのに俺が羨ましいんだ?」
「空太はまきまきさんが好きだし、そりゃあ羨ましい」
「自分は空太に好かれてないと思ってる? だから淋しい?」
「抱きついても嫌がるし、キスするのはエロエロな時しかダメだし」
当たり前だろと言いたくなる俺に牧さんが「抱きしめて背中なでてあげて」と言った。
言われた通りにすると大智はそのまま寝入った。
あまりにも急な意識の落ち方に驚いていると牧さんが大智をソファに寝かせるように手で指示した。
牧さんの方が俺よりも大智のことがわかるのかもしれない。