3 双子の弟は病的なブラコン?
「ひさしぶり、空太」
「尾長さん? どうして……」
「ここ、弟の家だ。親が中学のころに離婚したから名字は違うけど仲良くやってるんだ」
「あいつは」
「今日は帰りが遅いって連絡着てない?」
確認すると飲み会に参加するというメールが着ていた。
尾長さんは背広をハンガーにかけて俺の隣に座った。
中学のころは大学生だった尾長さん。今は普通に就職をしているんだろう。
お兄さんではなく男性と表現したくなる横顔に緊張する。
良い意味で年齢を感じた。
「大智とは」
「連絡とってないよ」
「あいつと付き合ってたんじゃないんですか」
「……そっか、それで急に音信不通になったんだ」
気づくと尾長さんの手が俺の膝にあった。
膝から太ももを撫でられて鳥肌が立つ。
「双子の反応が気になってたのは本当だけど俺は大智じゃなくて空太と付き合ってたつもりだよ」
まったく嬉しくないのは平気で三人で出来るような人だからだろう。
俺は自分の気持ちが踏みにじられたようで悲しかった。
付き合っていない人間と平気でセックスできる軽さが気持ち悪い。
大智のことを身体だけの関係だと言っているのも双子の兄として腹が立つ。
複雑な俺の胸中など知らず尾長さんは「好きだよ、空太」と耳元で囁いてくる。
吐き気がすると口元を押さえた仕草が逆に照れているように見えたらしい。
俺の耳を舐めてきた。
「やめてください」
「付き合ってるやつなんてどうせいないだろ」
見た目が平凡で大智のように交友関係が広くないと低く見られている気がする。
牧さんのパソコンの中身を思い出すとなおさら大智と自分の違いを思い知る。
俺は不特定多数と性行為をするなんて死んでも無理だ。
それをああやって写真に残すなんておぞましい。
「ちゃんと言葉にしておくべきだったね。俺は空太が好きだから大智を抱けたんだ」
「何それ、意味わかんない」
「大智が自分を空太に見立てて抱いてみろって言うからそうしたんだ。やっぱり感じるところって結構おんなじで双子って面白いものだね」
「そういうの、聞きたくないです」
「大智は遊びまくってたから開発されつくしてて面白くないけど、空太は手つかずでかわいくて……」
聞くに堪えないと無理やり立ち上がった。
俺はそもそも牧さんと付き合っている。
別に今更、尾長さんと何かが始まるわけもない。
「空太は俺を好きだろ? まるまる三年以上も俺と離れてて淋しかっただろ。ごめんね」
ストーカー的な考え方だ。
俺は大智を抱いている尾長さんを見た時点で冷めた。
双子だからといった数々の言葉で俺が傷つかないと思っているような無神経さも最低だ。
牧さんはそんなことはない。
信じていながら直接問いただせずに大学の友人の家に避難したのは失敗だ。
きちんと向き合うべきだった。
俺は牧さんに自分が双子だと伝えていない。
体格が大智の方がいいとは言っても写真なので牧さんが被写体が俺だと勘違いした可能性もある。
パスワードのないパソコンがあの状態だったのは牧さんが変態なのではなく、俺に過去を知っているとアピールしたかったのかもしれない。
牧さんからしたら俺の過去がやんちゃだという内容は言い難いに決まっている。
むしろ、知りたくなかっただろう。
ランドセルを背負った状態で前から後ろから責められている写真もあった気がする。
おいしそうにチンコにしゃぶりつくような人間だと思われていたら死にたくなる。
すぐにでも牧さんの誤解を解きたい。
牧さんが尾長さん的な考えだと疑ったのがバカバカしい。
「俺、彼氏と同棲してますから」
「はあ? そんなわけない!!」
なぜか速攻で否定された。
そんなに俺はひとりぼっちが似合うんだろうか。
「大学の後輩が空太の高校で教師してたんだ。だから、知ってるんだよ! 強がらなくていい」
高校時代は誰とも付き合っていないので尾長さんの後輩は間違っていない。
ただ大学に入ってそろそろ半年が経つ。
どれだけ俺は対人関係を構築するのが苦手な奴だと思われているんだろう。
高校からの人間関係の延長で付き合っているけれど、大学からの友人は尾長さんの弟以外にだっている。
「わかりやすくムッとする空太のことが好きだよ」
余裕を取り戻したように笑いかけてくる尾長さんにイラっとした。
些細なことに苛立つ俺は心が狭いかもしれない。
「大智はこっちを肉バイブぐらいにしか思ってないんだよね。空太と違って……」
「尾長さん。もう、いい大人ですよね」
「そう、いい大人だ。だから、そんな俺が空太を口説くってことは本気だってこと、わかるだろ?」
どうにもナルシスト臭が激しい。
以前は家庭教師だということもあり、こんなんじゃなかった。
出来ないところをわかりやすく教えてくれて、テストの点数が上がっても下がっても叱咤激励を忘れない人だった。
頼れる人だと信頼して俺はキスも何もかもを尾長さんと初めてした。
子供だったと言い切るには苦い過去だ。
「大智にフラれたから俺を本命だって言っているようにしか聞こえません」
「拗ねている空太はかわいいね。わかってる? 自分よりも大智をとったって思うのは嫉妬だってこと」
鳥肌が止まらない。
高校の時に数回ほど会話した生徒会長もこんな感じだった。
モテている人間は勘違いが痛々しい方向に行くのかもしれない。
尾長さんの見た目は格好いい。
俺は間違いなく顔から好きになった。
でも、牧さんは尾長さんのことがあったせいでイケメンに警戒していた俺の中に来た人だ。
顔は格好いいけれどそれ以上に牧さんは性格がいいと断言できる。
完璧だからこそ人には言えない性癖があるんじゃないかと疑いもした。
疑ったのは牧さんが悪いからじゃない。
俺自身の自信のなさが原因だ。
比べられたら大智を選ぶと勝手に自分を卑下した。
牧さんじゃなく俺は自分を信じていなかった。
高校でセンパイとして世話になった日々だけじゃなくコンビニで店長として牧さんにはいつも助けてもらった。
愛を疑うなんて牧さんにも過去の自分にも失礼だ。
俺と牧さんには積み上げてきた時間がある。
「尾長さんより格好いい人と付き合っています」
ついケンカを売るようなことを言うのは昔を引きずっているせいだ。
俺の見栄っ張りな悪い部分。
尾長さんは信じていないのか証拠を見せろと言ってきた。
今の彼氏である牧さんに昔に好きだった相手である尾長さんを会わせるのは嫌がらせでしかない。
「風紀委員長と仲が良かったっていうのは聞いてるよ。でもそれは高校生活だけの話だろう」
「同棲しているって言ってるじゃないですか」
「肉体関係はないんじゃないの?」
「何を根拠に……」
「空太からエッチな匂いがしない」
「はい?」
「すぐにヤれるのは大智だけど、総合的には空太のがエロい」
「総合的とか分けわかんないし」
「大智はすぐがっつく感じで品がないんだよね。待てが出来ない犬って言うかさ。空太の餌を目の前にしても食べていいって許可を出さない限り食いついてこない姿と比較すると双子なのに全然違って興奮する」
いろんな意味でムカついてくる。
大智は人を喜ばせるのが上手い。
他人の目をよく見て、期待に応えようとする。
もし、大智が尾長さんの目に下品に見えたなら尾長さんがそれを望んだからだ。
すぐに肉体関係を持ちたがったのは大智ではなく尾長さんだと思う。
性的なことをするのが悪いと思うなら尾長さんこそが大人として大智の行動をとめるべきだ。
年上として常識的な行動をとらなかった癖に後から大智を批難するのは気分が悪い。
「まあ、空太のいじらしさを大智がないってわけでもなかったね」
大智は過去に関係を持った相手に酷評されなければならないような人間じゃない。
俺の機嫌を取るために大智を下げるのはやめてもらいたい。
「大智の健気さは空太にしか向けられていなかっただけのことだ」
肩をすくめる尾長さんを思わず俺は凝視する。
「空太が寮に入って大智は泣いてたよ」
「……尾長さんがいるからいいって思ったんです」
「それが間違いなんだよ。大智は俺のことなんか空太についてくるオプションとしか思ってない」
「どういうことですか」
「双子は自己愛か自己卑下かどちらかに偏る傾向がある。……空太は卑下しちゃう方だね」
頭を撫でてくる尾長さんの手を払いのける。
「空太が卑下なら大智は自己愛、俺はそう思い込んでいた。でも、違った。大智は自分じゃなくて空太が好きだった」
「そりゃあ、双子の兄ですから」
「大智は自分が男に抱かれる状態に快感を覚えてるんじゃないんだよ」
「……好きな人だから」
「そういう空太みたいなロマンチックでかわいい理由でもない。大智は自分を空太に置き換えて快楽を得ていた」
意味が分からない。
大智は大智だ。
俺にならないどころか、俺よりもいろんなことが出来る。いろんなものを持っている。
「好きな相手と同じものを好きになることってあるだろ? 空太も俺が好きだって言った本を読んだり音楽を聴いただろ」
「昔のことです」
「双子だから大智は自分を空太だと仮定して乱交に励んでいたわけだ。ブラコンの範疇なのかは微妙だけれど、大智にとって重要なのは空太が俺を好きだったという事実だけ。空太が俺から離れるなら大智にとっても価値はないんだ」
「ふたりが上手くいかなかった理由に俺を使ってるだけじゃないか」
「違うよ、空太。大智は俺とセックスしたかったんじゃない。空太と同じことをしたかっただけだ」
全然納得が出来ない。
今の話が本当だとするなら尾長さんじゃなくて例えば牧さんだって大智は欲しがることになる。
「大智を慰めるために文字通り一肌脱いだこともあるんだよ? でも、空太がいないからイクにイケないって泣いてた。空太の感じてる顔が見たいって」
弟の性癖を人から言われて微妙な気分になる。
とんでもない闇を見ているようだ。
「今まで頭の中で置き換えられていたのに実際の空太のエッチな顔に妄想がついていかないみたいでかわいそうになったから写真を撮ってあげた。そうしたら写真の中の自分を空太だと思い込めるって大喜び」
病んでいるとしか思えない。
俺の知らない双子の弟である大智の姿。
実家に帰ることもなく大智からの連絡を無視し続けていたのは大人げなかった。
牧さんと暮らす今の家に帰る前に大智と顔を合わせたほうがいいかもしれない。
パソコンの中にあった画像の説明も大智から先に聞いて、その後に牧さんと話した方がいい。