三十四

 心の中にある引っ掛かりは幻滅されるんじゃないのか、嫌われるんじゃないのか、そういった不安。
 盛大な告白を受けてなお、俺の中で払拭しきれない不信感。
 水鷹に対するものではなく俺は俺をきっと信じきれずにいた。
 自分の身体は大丈夫なのか、水鷹に呆れられたり愛想を尽かされる程度のものじゃないのか。
 かわいくもないし、特別華奢でもない。
 水鷹の期待にそえなくて友達だけの関係が一番だという結論になったら俺は俺のままじゃいられなくなる。
 でも、心を繋げるためで肉体的充実感は二の次。
 しかも目隠しと手錠があるなら、もう誤魔化せない。
 俺にだって欲望がある。
 ずっと、抱かれたかった。触れあいたかった。
 水鷹の訴えを真正面から受け取ると「好きなのがお前だけだと思うな」と言い返したくなる。
 そして、今はもう言い返してもいい。
 何も変わらず、何も壊れない。
 そういった保証がきちんとされている。
 泣いている水鷹の頬をつまんで横に引っ張る。
 
「ひたひぉう」
「萎えずに元気だな」
「らって、藤高とエッチしてるから、そりゃあもうギンギンでしょ」
「現金だな」
「サイコ―の気分ですから!!」
 
 へらへらと笑う水鷹のにやけ面を見ながら無言で腰を動かすと慌てて「目、閉じたほうがいい?」と聞いてきた。
 俺が返事をする前に「見たいけど、見たいけど、見たいけども、見たい」と早口でまくしたてる。
 
「で、結局?」
「見たいけど……瑠璃川水鷹は我慢もできる子なんですよ!!」
「本当かよ」
「指の間から見るかもしれない」
「見るのか」
「薄目で見るかもしれない」
「水鷹って目を細めるとブサイクになるよな」
「手で押さえる!! ブサイクとかオレに縁がない言葉だからね」
「指の間から覗く、と」
「それはそれでエロいよね」
「趣旨が変わったな」
 
 水鷹は誤魔化すように笑って「藤高の騎乗位は刺激が強いからまだ直視は早いかも」と言った。
 本当は逆なんだろう。
 俺が水鷹にじっくりと見られることに心のどこかで抵抗がある。
 水鷹はそれを感じ取っているからこそ見せてくれと俺に頼み込んだりしない。
 無理強いを決してしない水鷹の俺に対する勘の良さは異常だ。
 あくまで「見てないふりしてる」と言って右手で顔を隠すだけで、俺に水鷹が見るか見ないかの選択を選ばせることもない。
 俺のことを誰より分かっているのは水鷹なんだと、こういう時に思い知る。
 
「あ、対面で藤高ぎゅっとしながらとかだとらぶらぶでイイ感じ?」
「腹筋だけで上半身持ち上げられるんなら、いいぞ」
「オレは藤高と駅弁するために体鍛えてるから余裕っ」
「立ちバックぐらいにしとけよ。事故るだろ」
「現実的なご意見いたみいります」
 
 若干しょんぼりと肩を落としつつ水鷹が上半身を起き上がらせる。
 水鷹の左手首を掴んで重心をすこし後ろに倒す。水鷹が起き上がりきれなかったら自分の手首が手錠で引っ張られるからという言い訳は嘘くさくても成り立つはずだ。他の誰でもない俺が真実だと決めている。
 
「なんか、すっごくいい」
「へらへらしすぎだろ」
「ハードでガツガツよりもゆったりまったりぎゅぎゅっとするのもいいね」
「腰を振るだけがエロじゃないと気づいた中学生の言葉か」
「今の今まで中学生以下!?」
「趣味はマニアックでときどきおっさんなのに独りよがりに腰振るから女子にオナニー猿とか呼ばれてるしな」
「それならあいつらオナホ女子かよ」
「ノーテク男のレッテル、どうしたい?」
「もちろん、汚名挽回!!」
「名誉返上すんのか」
「……あれ? 間違った?」
 
 今日はともかく今後、親衛隊の言葉を俺に実行したりするなら汚名を挽回して、名誉を返上することになるのかもしれない。
 
 水鷹は俺のことを好きな人間たちの気持ちの置き場を作ったのかもしれない。
 それは間違いじゃない。
 でも、他人の指示で水鷹が俺への触れ方を決めるぐらいなら、ふんどしで水責めをされるほうがマシな気がする。
 水鷹がすることは究極的に俺を傷つけるものじゃない。
 
「藤高復活とオレ脱早漏と初めて記念日ということで、いちゃいちゃねっちょり?」
「サクサクあっさりでいい」
「あまあまぐちゃぐちゃは?」
「初めて記念日なら初物のさわやかさを残すべきじゃねえ?」
「フレッシュな気持ちで明日を迎えるためにこのまま寝る?」
「入れっぱなしってハードプレイだろ」
「朝からエッチは新婚にありがちかなって……」
 
 それもいいかもしれないと思わせるところが水鷹の強みだろう。
 流されても構わない気がしてくる。
 無意識なのか呼吸するように小さく好きと耳元で囁き続けてくすぐったい。

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