鷹の後ろに雀

 オレはオレの愛こそが最高のものだと確信している。
 それはもうずっとずっと変わらない。
 オレよりも藤高を愛する人間に今まで出会ったことがない。
 けれど、それもまた少しだけ違うかもしれないとそろそろ認めないとならないのかもしれない。
 
 オレと藤高はバカバカしい日々を通りすぎてお互い強い確信を抱いた。
 それは自分たちが行ってきたことの是非とかそういう常識的な話じゃない。

 もっと単純な共通認識。
 
 オレと藤高は自分が万能だと一度として思ったことがない。
 その形も感情も当てはまる言葉も持っていなかったけれどオレたちは欠けたものがあることを知っていた。
 いっしょにいることで補完し合えると思っていたからこそ居心地が良かった。
 人恋しいなんていう狭い意味合いじゃない。
 もっと切実にお互いがそこにいて良かったと思った瞬間があるはずだ。
 
 オレの能力は高くない。でも、背伸びも強がりも結構できるし、担がれているのを分かった上でふんぞり返っていられるぐらいには図太い自覚がある。藤高は背伸びも強がりもできる上にそれを努力で背伸びや強がりじゃなく事実に変えられる。
 それはとても格好良くてスマートで同時に誰にも認められないタイプの頑張りだった。
 努力を見られたくない、知られたくない、理解されたくないという藤高の尖った部分はオレを含めて結構な人間を引き寄せて夢中にさせた。
 
 能力がある人間はその能力を使う義務があるという考えも前会長が藤高を生徒会長にしたかった理由もわかる。
 藤高も分かっていた。それでも、藤高は望まれるようにある在り方を拒否した。
 オレと藤高は自分たちが万能じゃないことを知っている。
 そして、小さくどうしようもないこだわりがあることを無意識に感じ取っていた。
 誰も分からないかもしれないこと。
 
 
「先輩は藤高が会長にならない理由って、ちゃんとわかってます?」
 
 
 オレの言葉に目を細めた前会長は静かに首を横に振った。
 理由はきっと語らない。認めたくないだろうから藤高は言うことはないはずだ。
 
「たぶん、みんなが思ってるようなもんじゃない」
 
 藤高は人間だからきっとすごくすごく単純な話だ。
 
「会長になったらいちいち色んな場面でフルネームで呼ばれるし、プリントには事あるごとにフルネームで印字されるでしょ」
「それが理由だって言うのか?」
「オレもわかんなくもないんすよ、このストレスって」
 
 時々ひどくイライラして落ち着かない。
 自分を疑ったり本当にこのままでいいのか不安になる。
 この情緒不安定さの引き金がフルネームであることは分かっている。
 
 瑠璃川滅びろと思う気持ちと鷹の字に感じる嫌悪感と同時に自分の名前が自分のものであることへの安堵。
 自分ばかりがこの不安感に苛まれているんじゃないのかという苛立ちは周囲に悪意として噴き出すこともある。
 気持ちがいいことを追及していれば自分の中に発生した繊細でヒステリックな部分を蹴散らせる。
 楽しいことだけをしていれば思い悩む暇なんかない。
 
 自殺したいわけじゃないのに自分の名前を塗りつぶしたいような衝動が唐突に生まれる冷静さの欠いた情動。
 これらの感覚は知らない人間は永遠に縁がないだろう。
 
 藤高を好きだと言う人間が偽物か本物か振り分けるためにオレが起こした行動のいくつかに実験するように同じ気持ちを呼び起こさせようと触れられたくない部分に執拗に触れ続けたことがある。誰もが耐えられないと弱音を吐いた。それが普通だ。
 
 誰だって嫌なことがあって出来ないことがあるのに義務の顔をして藤高に求めるのはおかしい。
 いつか気にしなくなったとしても今はテストの答案に自分の名前を書くことすら拒否していたい気持ちが藤高にはきっとある。テストの結果もテスト自体も気にしていないのに藤高はテストの時期に憂鬱な顔になる。
 
 とくに名前を呼んでチェックをしていくような体力測定は目に見えて嫌そうだ。
 だから一緒にサボって遊びまわる。藤高が嫌なことはオレも嫌だし個人的にあとでも出来る。
 今のオレたちに大切なのは今のオレたちが呼吸しやすい場所にいることだ。
 
 誰かのための犠牲になるとか将来のための先行投資なんかバカみたいだ。
 藤高が何を見ているのか分からないならせめて何も求めずに静かにしていればいい。
 
「先輩は藤高のことを勝手だって思う?」
「おれが察しておくべきだったな。藤高が名前の話題にナーバスになっているのは知っていた」
「絶対に嫌だとかいつも嫌だとかじゃなくて避けて通りたくなる時期とかあるみたいだから……」
「お姫様の離婚騒動は有名だからな」
 
 お姫様というのは藤高の母親の代名詞だ。
 女王様というよりも彼女はお姫様な感じだった。
 特徴的な艶やかな青みがかった銀髪とアイスブルーの瞳に華やかな衣服を身にまとう豊満な肢体。
 綺麗系というよりは童顔巨乳な感じの藤高の母親は天真爛漫だった。
 何度か顔を合わせたことがあるけれど話が噛み合わなくても一切気にしないでいられる鋼鉄の心臓の持ち主だ。
 
 どんな場所であっても無知で幼いお姫様は藤高が心配で心配でたまらないあまり夫と離婚して藤高と結婚するとまで言った。
 昔は自分の子供と結婚することはよくあったと平安貴族あたりの話をぶちこんでくる母親の傍らで死んだ目をする藤高は想像しやすい。
 
 ちなみに離婚はしていない。
 
 藤高いわく離婚するする詐欺で夫の気を引こうとしているわけではなく藤高を一人にしないために気を回した結果だという。空回りの激しさに前世がハムスターなのかと疑いたくなる。
 自分が良いことをしている顔で悪意なく親切を高額で売り込む恐ろしい人なので心が強くない日に顔を合わせにくい。
 
「会長になったらそっちの問題も表面化するんじゃないですか」
「なるほど。理事や教師にいるお姫様の信者が藤高を彼女に差し出すっていうことか。有り得る話だ」
「会長っていう立場になれば個人の意思で断れなかったりする頼みや弱みが出来ちゃうでしょ」

 前会長をやっていた先輩なので否定することはない。
 どうしても大人に対して発生してしまう貸しというのが生徒会の人間にはある。
 この学園が生徒の自治に任せている理由はオレたちの将来のためじゃなく大人たちの将来のためだ。
 学生の時に融通したあれこれを大人になったら返せという。
 子供だけでは対処できない事態はどうしても訪れて、その際に理事や教師なんかには生徒の代表としてオレたちは頭を下げて物事を穏便に対処したりする。
 
 転入生がクスリでラリラリしているからおかしな言動を口にしても無視して藤高に危害加えようとしていた人間を学園から排除させるなんてことはある意味でそれを容認する教師に借りを作る行為だ。
 
 オレはオレなりにオレのやりかたで藤高のために行動をしていた。

 でも、愛の言葉は上手く届いていかなかった。
 性的な欲望を全開にして触れてすら伝わらないなんて藤高の心に張ったバリアは硬すぎる。
 タイミングを見計らってやっと到達できるタイミングになってオレは自分の本当の姿が見えた。
 
 藤高がオレの言葉を聞き流す原因をオレは理解していなくてオレ以外のみんな分かっていた。
 
 今までオレは藤高の気持ちを試していた。自覚的に常識はずれな言動をすることによって藤高に嫌われないオレを確認する作業をしていた。これはとても楽しかった。幸せだった。藤高が分かった上で付き合ってくれるのが何より楽しい。
 
 藤高がオレの言動で傷つくなんて考えていなかった。オレにとって藤高が一番ではなく、藤高を好きな自分の気持ちが一番だったからだ。
 だから、キスしたいという気持ちに従ってオレは無遠慮にキスして藤高を泣かせた。
 お揃いの指輪でお姫様な藤高の母親にケンカを売ろうとも思っていた。親衛隊たちに対する発言と似たようなものをオレは彼女にぶつけてみたかった。藤高をアクセサリーか何かだと勘違いしてそうだと言ってやりたかった。
 
 オレたち兄弟が自分の母親に父親召喚ツールにされているからこそか兄が歪んだ原因だからか、愛に感じられない親の愛が見えるのは嫌になる。
 
 オレと藤高のことを好きな誰かはどう違うのかと聞かれても知らない。
 それは藤高が判断することだと思うからだ。
 藤高がオレとその他を同じだと思うならその他と同じような距離になろうとするだろう。
 そうならないなら、隣にいていいならそれはオレが藤高に嫌われていないことの証明になる。
 
 
 最近になるまでオレは自分が何より大切だという自己愛を持ち合わせていることに気づかなかった。
 
 ありえなくてどうかしていると思われるかもしれないがオレは自分のことを理解していなかった。
 理解しようとも思わなかった。
 考える必要なんかないと軽く見ていた。
 
 オレの言動で影響を受ける人間の観察は当然するけれど自分自身のことは何も考えていない。
 オレが気づかずにいたオレの中に必要なものはあった。
 
 藤高が求めていたものがなんであるのかオレは今回のことでやっとわかった。
 それは無意味だと思った茶番の中で唯一の成果かもしれない。
 
 オレと藤高はお互いを好きな自分が好きだ。
 だから自分を甘やかして相手を甘やかせる。
 安心して頼って頼られる。
 お互いにお互いの荷物をオレたちはそれぞれ背負って構わない。
 
 自分が好きだと自覚してもオレは藤高のためを思ってオレのために動くし藤高もきっと同じだ。
 オレは中学からずっとそれを確信したかった。
 目に見える形で理解したかった。
 藤高が離れて行かないことで愛を感じ続ける。
 だから、藤高を好きな連中がオレに不快感を覚える。
 親衛隊の人間たちにオレが感じた苛立ちと似たものをオレは親衛隊たちにも感じさせていた。
 自覚的に自分を棚に上げていたせいで見落としていた。
 
 自然と藤高が好きだから動くことができる自分のことがどうしようもなく好きだ。

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