三十一

 敵対している人間を丸め込むのが好きなのか好みの相手を手の中で踊らせることに快感を覚えるのか水鷹は発していた怒気を投げ捨てて楽しげな雰囲気で口を開く。
 
「じゃあ、これから先、オレと藤高がどうやったら気持ちいいセックスができるのか考えてよ。親衛隊をみんな総動員して隊員のメインテーマとしてじっくりと考えてオレに報告して」

 先に威圧して相手を委縮させてから本題を切り出す。
 昔からよくある交渉術の初歩的なものだ。
 
 怒っている人間を前にして人は大体の場合その怒りに引きずられて冷静さを保てない。
 自分自身も怒って対抗してしまったり相手を落ち着かせようと下手に回る。
 まるで味方のような顔をして水鷹は水鷹の望みを押し通す。
 水鷹側に俺という存在が印籠代わりにいるのでレイは従うしかなくなる。
 
 あれほど強い憤りに飲みこまれて感情を吐き出していたにもかかわらず水鷹の俺への無茶な愛と賛辞に共鳴してレイはすでに言いなりだ。

 今までだって水鷹はいろんな相手を何度でもこうして適当に言い包めてやり過ごしてきたんだろう。
 水鷹はバカだがバカだけじゃない。
 だからこそ厄介だがつい妙なテンションで頭がおかしいことを言い出すのでバカだと思って侮ってしまう。
 能ある鷹は爪を隠していることすら悟らせることはない。
 未だに水鷹が俺の口をふさいでいる理由は容赦する気がないという意思表示だ。
 水鷹を温厚だと思ったことはないがゆるい雰囲気でへらへら笑いながら吐き出される毒には驚かされる。

「オレの意見に同調しない奴は親衛隊を除隊だ。聞いてないのか? まだオレの意見を固めてなかったがもう決めた!! 水鷹親衛隊は全力で藤高を気持ちよくする団体として新設されたと今ここに宣言しておく」
「はい!?」
「ちなみに藤高は隊長じゃない。隊長にも会長にもならないとなれば過激派組織は動き出す」

 だから俺が会長になっておけば問題ないという話だ。
 俺を正しい場所に引き上げるとスローガンに掲げる人間たちは俺が水鷹と距離を置いたり会長になれば欲望を押し隠してなかったことにしてくれる。その程度には紳士的だ。
 
 そもそもアイドルが交際宣言をして引退表明をしたことに対して変な男に騙されているから助けなければいけないと間違った使命感を燃やしていることが過激になっている理由なので会長の席に着いたら彼らはただ応援するだけだ。
 本来は無害なはずの人々が俺のせいでナイフを振り回すまでになるのは責任を感じるところだが水鷹からすると自業自得の自己責任ということなんだろう。水鷹に抱かれるのを最終的に選んだのはレイ自身で、俺に利用されていることを知りながらも俺から離れようとはしなかったのもまたレイだ。
 
 そして、レイはそれほど珍しいわけではない。
 親衛隊にレイのような考え方と行動を起こす人間は多い。
 レイはひとりだが常に「僕たち」という言い方をしていた。
 仮に転入生を傷つけた責任をとってレイが学園から消えても他の誰かがレイと同じことをする。
 俺の隣の部屋が空けば誰か別の人間がそこで暮らすようになるようにレイの場所が誰かの場所になるだけで根本的な問題は解決しない。
 
 俺が特別、人から執着されやすいわけではないはずだ。
 学園内で目立つ人間なら誰でもいいんだろう。
 俺の卒業後には別の人間が同じような状況に陥るだろうし、センパイたちでも俺のような状態になった人はいたはずだ。
 この件に関しては前会長に規模と熱量が違うと言われたこともあるがナイフでベッドをズタズタにされてもなお俺はレイの感情は一過性のものだと思っている。
 例えとして正しいかはともかくアイドルのハメ撮りを見せられたら過激派なファンは当然のように殺意をたぎらせる。
 水鷹は過激なキャッチコピーで人の神経を逆なでする記者のような行動をする。
 つまりレイは踊らされている。
 
 一カ月、親衛隊の人間に手を出さなかった理由が俺ではなくこの瞬間に至るためだと思わなくもない。
 水鷹がレイを初めとする親衛隊たちに意図的に不満を溜めこませていたのは確実で俺が会長をやるわけがないのもまた分かり切っていたはずだ。
 
 転入生に押しつけて俺が逃げ切ろうとすることだって水鷹はわかっていたはずだ。
 水鷹の親衛隊への煽りかたは俺のことを思うなら俺を騙したり裏切ってでも俺のためになるべきだとでも言うようなものだった。
 人の気持ちを考えない嘲りを前にして水鷹が会長に相応しくないゲスだと思えば思うほどに最終的に俺が会長になることが最善であるという以前からあった考えに行き着きやすくなる。
 
「ここ一カ月の間トライしまくったオレが断言するがレイプじゃ絶対に藤高は気持ちよくならない。クスリとかその程度のことで藤高がどうにかなると思ったら大間違いだ。わかるか?」
「それは……水鷹さまがヘタだからじゃないですか」
 
 表情に激情の影のないレイは自分の感情が水鷹に完全に操られていることに気づいていない。
 言いにくそうに「水鷹さまで気持ちいいと思ったことないです」と感じているふりを激白する。
 きっとショックを受けた表情でも作っているんだろうが、ここに来ると無神経な立ち振る舞いとNO愛撫YES腰ふりが欲望を最優先したものではなく今の会話のために作り上げたイメージにすぎない気がしてくる。
 
 穿ちすぎではないと思えるのは水鷹が俺に愛撫をしてこなかったことがないからだ。
 即挿入なんてありえないとだいぶ念入りだった。
 
「藤川はさ、藤高のことが好きで藤高のためなら何だってしたいんだから、藤高が気持ちよくなることを創造したいだろ。空想じゃなくて作る方の創造な。……感じてとろとろになってる藤高を作り上げたい気持ちが愛してるんだから当然あるだろ!!」
 
 歪んでいて残酷であるのは間違いないがレイには選択肢がない。
 俺から手を引くことが出来ず、俺のために泥をかぶることも出来ず、俺が動くこともないせいで今までやってきたことにも価値を見い出せなくなっただろう。そんな時に都合のいい居場所があると水鷹は甘い毒をチラつかせる。
 
「藤高はもうオレの隊長じゃないから藤川が隊長になってくれるよな? 藤高のことが好きなんだからオレたちは同志だろ」
 
 先ほどまで見下しまくっていたとは思えない水鷹だがレイは俺を見て覚悟を決めたように頷いた。どうかしている。
 
「フジくんが気持ちよくないなんて絶対におかしい、間違ってる! うん、そうだ。僕がやらないと!」
 
 きっとレイのことだから具体的で生々しく実用的な提案をしてくるだろう。
 俺のためという大義名分があるので踏み込みまくって今日よりもっと傷つく。
 好きな相手が自分以外と自分が提案したセックスをして傷つかないわけがない。
 屈折した性癖を開花しない限りは苦しみは終わらない。
 
 水鷹はわかっていて我に返った時に絶望するような道にレイを誘導している。
 友情でもそばにいたいと淡い感情を口に出したレイを全力で汚しにかかっている。
 
 状況は以前と何一つ変わらなくても親衛隊と水鷹の関係はがらりと変化することになりそうだ。
 主導権は水鷹が握っている。
 俺の反応という最も知りたいものは水鷹の口からしか彼らは聞くことが出来ない。
 だから、水鷹の指示を受け入れることになる。
 水鷹に命令されているとか操作されているのではなく自発的に俺のために動いていると彼らは思い続けるだろう。
 
 今までずっとなだめすかして利用していた彼らからの復讐を俺はいつでも恐れていた。
 他人からの悪意や敵意を避け続けて俺は追い詰められた。
 脱出するのは無理だろう状況は意外にも改善にむけて動き始めた。
 
 水鷹親衛隊長としてのレイの最初の仕事が俺に肉体言語で言うことを聞かせようとした人間のあぶり出しと粛清。
 自分の身内である親衛隊の人間に実力行使をさせたくないからこそレイが指揮をとったはずだ。
 何かあった時に止められるためにあえてトップに立つ。
 水鷹がしていることと同じだ。
 
 水鷹に限っては後先を考えないバカを観察したいだけかもしれない。
 
 俺の中にあった不安の種を水鷹はすこしずらしただけで解決してみせた。
 ただ転入生とレイを付き合わせるように仕向けたのは最低最悪なまでに悪趣味だ。

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