マイナス4

※前会長視点。



 彼が転入生と二人で話をさせてくれとおれと瑠璃川に言ってきたのは意外だった。
 話したくない相手なんだとばかり思っていたが瑠璃川の言葉によって吹っ切れたらしい。
 彼の表情が晴れ晴れとしたものになっている。
 おれは彼のこういった顔をきっとずっと見たかった。
 自分が彼の中にある憂いを取り除きたかった。
 彼の力になれるなら何でもできるような気持ちになっていた。そう思わせるのが藤高だった。
 
 幼く低俗で下劣で彼と肩を並べる対象ではなさそうな瑠璃川だが彼はそれも含めて瑠璃川水鷹という人間を認めているんだろう。
 その彼の瑠璃川への信頼や愛情というのは外からもよく見える。
 だからこそ瑠璃川水鷹は嫌われる。彼に愛されているのに彼の愛を蔑ろにする姿を見せつけてくるから憎しみは募る。
 どうして瑠璃川を彼が庇い、瑠璃川側につくのか分からないからこそ彼に対しても愛憎を覚えてしまう。
 負の連鎖も不毛な環境もそろそろ終わらせることが出来そうだ。
 
 おれがこのまま卒業したら彼らの残りの学園生活が悲惨になるのは目に見えていた。
 火種は何も瑠璃川が作り出さなくてもそこ、ここにある。
 彼が平穏と停滞を作り上げようとしていても、それを周囲が分かって協力したとしても、おれが卒業して新入生が入ってきてしまえば学園の空気はまた変わっていく。
 
 彼よりも人気がある生徒が現れても崇拝対象をさっさと乗り換えられる人間は半数か三分の一ぐらいなものだ。
 彼を愛する人間がゼロにならない限り彼と瑠璃川の関係は変わらないのだと思った。
 
 瑠璃川が口にした理論は理解できないが理解と許しと肯定だ。
 彼は賛美を受け入れない。
 大勢に囲まれてもどこか淋しい表情が見える。
 しあわせになるやりかたが分からないというような彼に力を貸したい。
 それは同時に彼を不幸にする因子しか持ち合わせていない瑠璃川の排除だ。
 
 おれは別にどちらにどう転んでもよかった。
 結果として彼がしあわせになるなら悪役でも茶番でも策士でも救世主でもなんでもいい。
 それこそ瑠璃川の言い分の逆だ。
 藤高にとっておれがどの関係性になったとしても構わない。

 ここは元々の彼の部屋だ。
 彼が寝泊まりしている瑠璃川の部屋ではなくこの場所にいることを彼が察してひとりで来た。
 おれの意図を理解してどう転んでも構わないという決意でやってきた。
 裏も表もおれの考えを読んだ上で顔を合わせた。
 
 彼に何も知られずにいるのが偽悪者を気取るなら正しかったけれどバレているならバレているで今後のことを考えて恩を売る方向にシフトするのもいい。
 
 土足で押し入っているようでいて瑠璃川は瑠璃川なりに彼を尊重して瑠璃川流の愛を示していた。
 それが彼にきちんと届いたからこその彼の雰囲気の変化。
 悔しいと思うのは失恋を噛みしめるからだが、不可解だったふたりの関係に見通しが立った。
 
「複数の人間につける関係性の名前を彼に重ねがけて自分たちの終わりをなくしたいという試みはある意味で哲学的かもしれない」
「センパイは藤高を寝取るポジションに立候補する気満々って顔っすね。やめてぇ」
「瑠璃川に圧倒的に足りないのは危機感だ」
「オレより藤高を好きな奴なんていねーですから」
「そっちじゃない。わからないわけじゃないだろ。藤高が瑠璃川よりも大切なものがあったらって話だ」

 それでも瑠璃川は自分よりも大切なものを持った彼を愛するんだろう。
 彼を好きな自分が好きだと豪語するならそういうことになる。
 子供のような愛情表現は馬鹿にしたくなるが裏がない分どこか綺麗なのかもしれない。
 
「今までの言動で見捨てられなかったから安泰だとでも思っているなら藤高を甘く見すぎている」
 
 おれの言葉に表情を変えた瑠璃川が寝室の隙間をこっそりと覗く。
 ふたりっきりで彼から転入生が言葉をもらうことを妨害するようにしかけたのは嫌がらせだ。
 
 どうやらおれは瑠璃川よりも転入生に対する苛立ちが強いらしい。
 八つ当たりでしかないけれど、おれと転入生の共通点に気づいた瞬間に長年の疑問が氷解した。
 
 全部が転入生のせいだ。
 
 彼が名字で呼ばれたがらない理由が呼ばれ慣れていないとか馴染んでいないとかいう理由なのはわかっていた。
 だが俺の名前を口にしない理由がわかっていなかったが転入生のせいで理解した。
 馬鹿馬鹿しいが彼は気にしてしまうタイプの人間だ。
 そして、気にしていることすら自分で認識しようとしない。
 
 瑠璃川が「あかい」とつぶやいたのでおれも室内を見ていた。
 たしかに赤く染まっていた。
 正当防衛は確実だが救急車を呼ぶかタクシーにするかを悩むところだ。

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