二十四

 いくつかの選択と思惑とが各々にある。
 
 人はひとつの考えで動かない。
 俺もそうだし、水鷹も、転入生も、そして目の前の前会長も。
 
 
 
 転入生は理由はともかく会長になろうと思っている。
 水鷹を負かしてやりたい気持ちなのか詳しくは知らないし興味もない。
 これはこれだけなら何の事件性もない子供の思い付きだが俺はそれに乗ることにした。
 そして、俺が提案するまでもなく転入生を潰さずに泳がせたことで勘のいい人間はすでに「転入生が会長になる」ことが既定路線だと感じただろう。
 今日の放課後、明言する前から分かる人間は分かっていたはずだ。
 
 表面上は転入生を会長にすることを賛同した。
 俺が会長になるかもしれない隙が出来るからだ。
 一カ月の空白期間は思ったよりも彼らの心を自由にしたらしい。
 
 俺は俺を好きだと口にする人間たちをある種のコントロール化においている。
 人間の傀儡化は大変ではあるがそうすることがトラブルを回避する上で最善の行動だからだ。

 目の前の利益で引きつけて言動を制限する。

 今ではそれも破綻した。放置しすぎたのだ。
 水鷹への反発とこの状況を作り出した転入生への嫌悪とが積み重なり犯罪行為と自覚しても行動を起こしたがる。
 俺が忌避する面倒事の量産体制が出来上がってしまった。
 前会長から警告を受けていたにもかかわらず俺は親衛隊と関わりを持つことを後回しにして今はそのあおりを食らっている。
 
 俺の気持ちを裏切ってでも俺のために行動したいという迷惑な人種、彼らは自分に正義があると思っているので過激だ。
 地道に彼らが動かないように手は打っていたけれど前会長の動きを見ると失敗した。
 俺に逆らわず、俺のために動く生きた人形たちは俺の裏をかいて転入生を推すと見せかけて失脚を狙うことを決めていた。
 
 一カ月前まで俺に抱かれるという自分の目先の利益のために我慢できたことができなくなる。

 水鷹によって利益を得られなくなったことに不満と絶望を溜めこんだからだ。
 駄々をこねられても水鷹に内緒でキスの一つでもメンテナンス代わりに彼らにしていたら上半身裸で前会長と顔を合わせる今の状況もなかっただろう。
 
 人を操ろうと思うなら手間を惜しむべきじゃない。
 これは俺の失敗だ。
 彼らの愛を低く見積もった結果、俺に残された道は生徒会長になること。

 けれど、彼らは俺の敵ではない上に一枚岩でもないので残された道は一つに絞られなかった。
 
 前会長が俺にしようとするような形での欲望の発散を求める人間も出てくる。
 というよりも俺があくまでも会長になる道から逃げようとするなら感情のおさめどころとして別の道、受け皿を作る。
 意識的にする人間と無意識でする人間とがそれぞれいるだろうが俺に現れる結果は変わらない。

 尊厳の破壊あるいは支配欲の発露としての強姦。
 
 
 情報はすでに前会長からリークされているので対処は簡単だ。
 公の場で堂々と自分が会長になると言えば終わり。俺は自分の信者に守られたまま平和に卒業できるだろう。
 そんな簡単な話なのに俺は生徒会長という立場を拒否し続けている。
 
 
『フジくんはどっちについて行きたい?』
 
 
 俺に選択権を与えないでほしい。
 今もまだ息が詰まるあの日と向き合わないために俺はなんだって出来る。
 間違っているのだとしても考えたくない。
 
 
 
 
「ひどいね。真っ赤だ」
 
 俺の上半身を見ながら眉を寄せる前会長。
 彼は悪人ではないどころか水鷹よりも俺の味方だ。
 残念ながら今回の一連の事態の収束は彼の力添えがなければ難しい。
 
「タイミングとして最中かもしれないとは思ったけど」
 
 見られて恥ずかしいという感覚が俺にはない。
 水鷹に叩かれて赤く染まった身体に興奮するドン引きするなら理解できるが前会長はどうやら興奮しているらしい。
 そのせいで恥ずかしいのは俺じゃなく前会長だと感じる。
 センパイなのでニヤつきながら俺を見ているヤバさには触れないでおく。
 
「転入生や藤高に使われる予定だったクスリの一部がコレ。飲みたい?」
 
 最終的に抱くなり抱かれるなりという行為が必要になるならクスリがあったほうが俺の身体は楽だろう。
 ビニールの中に入った粉薬は麻薬なんかを連想するけれど前会長が俺に勧めるなら劇物というほどではない。
 彼は俺の信頼を裏切りたくないと思っている。
 盲目的な集団の中に身を浸しながらも冷静に状況の分析をしている前会長は俺を会長に推す以外は尊敬できるセンパイだ。
 
「おれが藤高と使いたいって言ったらみんなくれるんだよね」
「愛されていますね」
「瑠璃川じゃなくておれと付き合えば反感も反発もゼロだよ?」
「その誘い文句、やめたんじゃなかったんですか」
「今日みたいなときは言いたくなるじゃないか」
 
 肩をすくめて俺の首筋を撫でるか撫でないかというぐらいに指で輪郭をなぞる。
 動作がいやらしい。
 
「情事の跡がこれでもかと残っているのに涼しげな視線を向けて来られるとおれの理性も飛びそうになる」
「どうしますか?」
「藤高が信じてくれるならおれも信じてやりたいと口先だけでも言わせられるぐらいになってほしいね」
「認めたんだと思いました」
「会長としての働きは瑠璃川で正解だったと思うよ? でも、きみをしあわせに出来ない人間に藤高を託せないだろ」
 
 前会長以外の言葉なら妄言だと切り捨てた。
 けれど、彼に関しては妄想とも言い切れない。
 俺のことを今まで気にかけてくれていた人だ。
 傍観者のままで卒業することも出来たのに当事者として名乗りを上げて茶番劇の舞台に上がってくれた。
 
「抱き寄せてキスの一つもしたいし、それ以上もしておきたいけれど」
 
 玄関の扉が激しく叩かれる。
 インターフォンを使ってもらいたいが焦った水鷹に常識を振りかざすことほど無意味なことはない。
 
 
 いくつかの分岐点の中で前会長が設定しただろうシチュエーション。
 
 俺と共に水鷹が来るか来ないか。
 俺を追って水鷹が来るか来ないか。
 
 これは俺と水鷹への最後の意思確認の時間だ。
 
 前会長を説得できればそれは誰もが納得できるレベルの状況に持っていける。
 水鷹の言動が反感を買うのなら逆に水鷹の言動によって彼らが非人道的な行為をやめる切っ掛けになる可能性もある。
 心の内はともかく前会長は俺を賛美する側の支持層のトップになっている。
 元々、会長に俺を推していたこともあって前会長はアンチ水鷹だと思われている。
 
「おれが出るよ」
 
 上半身が裸な俺を気遣う前会長のイケメンさと息を切らせて飛び込んできた水鷹の言動を比較して俺を好きな人間から水鷹が嫌われている理由がよくわかる。
 
「藤高っ、ズボン脱いで! 前会長はパンツも脱いで!!」
 
 冗談ではない。本気だから怖い。
 理解できずにズボンごと下着を脱がされて内股になる前会長。
 デリカシーなんてものは心のメモに残したこともない水鷹は半勃起状態の前会長の下半身を見て「完タチじゃないのになかなかのお手前で」とか言っている。
 
 そして俺にズボンを脱ぐように迫ってくる。
 鬼か何かだ。
 俺が水鷹を好きじゃなければ蹴り殺す所業。
 それでも俺は無抵抗でズボンを下げられた。
 
 現れるふんどし。
 
 この空気の中で富士山と鷹と茄子の柄が前面にプリントされたふんどしなんて頭が痛くなる。
 一度脱いだ無地の白いふんどしならまだマシだった。富士山と鷹と茄子はシュールすぎる。
 
 誰が悪いのかと言われたら絶対に水鷹だ。
 水鷹のセンスが悪いし履いてしまった自分が憎い。
 前会長とセックスしているところを見せてと言い出したら殴り飛ばそうと思ったが水鷹は俺を抱きしめた後に服を着せてきた。
 
「やっぱりこの学園の中でオレが一番藤高のことを好きだ」
 
 そう前会長の股間を見ながら口にする。
 半勃起状態だった前会長の股間はふんどしで萎えたのか水鷹のせいで萎えたのかどちらであっても同じことなのかともかく萎えた性器は迫力に欠けている。
 萎えていても立派なモノを持っているので恥じる必要はないと思う。
 
「好きな相手の下着姿を他人にさらすのか」
「藤高のことが好きだっていうなら萎えるな!!」
 
 何を思ったのか水鷹はズボンと下着を脱いで腰を突き出す。
 
「オレはフル勃起する!!」
「それは水鷹がふんどしマニアだからだろ」
「別にふんどしにそこまでのこだわりはないよ」
 
 意外過ぎる答えにわざわざ水鷹のためにふんどしをつけた俺がバカみたいになる。
 
「学内で誰もふんどしを使用してないからオレと藤高だけってなって気分がいいからふんどしを選んだだけ! 誰もブリーフを履かないならブリーフでもいいよ」
「瑠璃川はいつも子供みたいなことを言うな。……それが反発を呼ぶってわかってるだろ」
 
 なんとか真面目な話に舵取りをしたいらしい前会長を無視して水鷹は吠える。
 
「藤高はクラシックでありながらエレガントでストイックな感じのダークグレイの下着が似合いすぎてエロいけどふんどしだって最高だっ」
 
 うしろを向かされて尻を撫でられる。
 服を着ているにもかかわらず直接触れられたような錯覚がある。
 
「下着の線が出ない!」
「それは確かに……想像力が刺激されてグッとくるポイントかもしれないが」
「裸エプロンは変態だと断ってきてもふんどしエプロンならOK」
「藤高、そうなのか?」
 
 ふんどしは下着だが同時にふんどしだけで成立すると思っている。
 祭りで下半身はふんどしだけというのが俺の中では一般的だ。
 今はスパッツや短パンを履くのかもしれないがふんどしはふんどしだけでいい。
 上着としてエプロンをつけて下はふんどしなら俺の中では軽装だが洋服を着ている状態だ。
 エプロンと言ってもひらひらふわふわした少女趣味のものではないので嫌悪感はない。
 
「オレはふんどしの藤高と寒中水泳をする」
「なんでそういう話になるんだ」
 
 前会長が俺に視線を向けるが答えることは難しい。
 水鷹が唐突なのはいつものことだがこれはそういう話じゃない。
 いつもと同じで前会長は引かないし、終われない。
 
 俺が水鷹といっしょにいることが幸せだと即答しなかったから前会長は引くわけにいかない。
 彼を納得されることが俺には出来そうにないと思った。
 好きだから何でも許せるというほど俺は水鷹のためだけに生きていない。
 俺は自分が大切だ。
 だから、幸せになるための決断をしろと迫られれば水鷹と離れる選択が浮かぶ。
 一番わかりやすく正しく平和だからだ。
 誰も傷つかない、俺にとっても優しい世界。
 
「オレはありとあらゆる藤高が好きだ。……たとえ藤高が誰かに抱かれたとしてもオレは変わらずに藤高が好きだ」
「それは、おれに藤高を渡すってことかな」
「そういうことはオレの愛を超えてから言ってもらいたいね。先輩だけど、いいや先輩だからこそ遠慮なく言う!!」
 
 そして、水鷹はいつも通りに自分が一番俺のことを好きだと主張する。
 前会長は当然のように聞き流した。
 俺も同じ反応をするしかない。
 
 水鷹の言葉には重みがない。
 子供がカレーが好きハンバーグが好きマグロはあぶりが最高だと言い出すようなものだ。
 わかったような顔で何もわかってない。
 
「さっき、オレは今まで知らなかった事実に気づいたんだよ」
「はー、そう」
「やる気ねえなぁ!! 藤高っ、もっと熱くなれよ! なってよ!!」
「追いかけるのが遅くなった言い訳とかこのタイミングでいらねえよ」
「どこに行くのか言わないでさっさと出て行く藤高にも問題があるのでホウレンソウを徹底してください」
 
 水鷹の発言よりも勃起した性器のほうが俺は気になる。
 下を見すぎて男性器から声がしている気がする。そうなるとメルヘンでかわいいかもしれない。
 尿道口がパクパクと動くのに対して「藤高、聞いてる?」と上から声がする。笑えた。性器が喋っている。
 
「藤高がオレのチンコを好きすぎてもちゃんと聞いて!! オレの中の新事実を、真実を!」
 
 新しく発見したことを親に報告するようなテンションに思わず水鷹の性器を握って「しずまりたまえ」と口にする。
 前会長が溜め息を吐きながら下着を身に着けズボンを上げた。
 ヤる気が失せてくれたのは助かるが今日をやり過ごすだけじゃ問題は解決しない。
 
 
「オレは藤高が好きじゃなかったんだ。本当にごめん!!」
 
 
 まさかこのテンションで、このタイミングで、こんな形でフラれる日がくるとは思わなかった。

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