鷹の目だからこその見落とし

 中学になりたては誰もがどことなく幼く子供っぽくてモサっとしている。
 オレは兄たちがいたからガキ臭さは控えめだと思っていたけれど先輩たちには敵わない。
 ひとつ年上なだけで大人に見えた。
 
 その中で同い年にも関わらず藤高はひとりだけ飛びぬけていた。
 立ち姿から何からピリッと締まっていて成熟していた。新入生なのに教室の場所を聞かれたり時には教師に間違われていた。身長が高いとかそれだけじゃない。どっしりと構えている落ち着いた空気感が自分と同年齢だと新入生は誰も思っていなかった。
 
『三じゃなくて水なのか。良い男だからか?』
 
 声をかけられたのが偶然なのか必然なのかはわからない。
 ただ藤高への面と向かって会話した時の印象は遠目で見たときと同じように「格好いい」の一言だった。
 藤高は格好良かった。
 兄たちよりもオレよりも大人に見えた先輩たちよりも誰より格好良かった。
 負けたと敗北感を覚えるよりも先にオレは藤高に夢中になった。
 
 それはテレビから流れてくるCMに惹かれて商品を手に取るような感覚だったかもしれない。
 人間に対する感情というよりも棚に並べられた品物に対する気持ちだったかもしれない。
 パッケージに入れられた藤高という人間に触れて「よくできている、すごいなあ」と単純に思っていた。
 
 けれど、話すにつれ、そばにいるにつれて藤高の中身を知る。
 ラベルを剥がした中身もやっぱり魅力的でだからみんなが欲しがるんだろうと納得した。
 藤高に抱かれる少女たち、ときにはそれなりの年齢の女性もみんながみんな幸せそう。
 丁寧に甘く優しく彼女たちの欲しいものを与えていく。
 オレは藤高に抱かれたいという願望はないけれど彼女たちが藤高に安らぎと癒しと愛と夢を見る理由は分かる。
 たぶん、無償の優しさに触れたことがない人間が多かった。
 美味しくもないのに大人になりたくて不安を解消したくて酒を飲む人間に藤高はジュースを渡す。
 仕事がうまくいかずに落ち込むOLにストレス社会に戦うあなたになんていうキャッチコピーのチョコを渡す。
 
 彼女たちの中で藤高が特別になっていくのは当たり前のことだった。
 藤高を心の支えにする人間が増えるにつれてオレが面白くなくなっていくのもまたどうしようもないことだった。
 
 藤高が格好良くて頼りになって人から愛される人間だなんてオレが一番知っている。
 この世で一番オレが藤高を好きだからこそわかりきっている。
 
 それなのにそれぞれが自分の心の中に藤高を作り上げ崇拝していくにつれて自分こそが藤高を愛していると驕っていく。
 藤高が人気者なのは嬉しいし当たり前だと思うけれど夢が壊れたときにも藤高を愛せるのかと問いただしたい。
 たとえば不能になった藤高を愛し続けられる女はどれほど残るのかと聞いて回りたい。
 子供の癇癪みたいに支離滅裂で瞬間瞬間で生きている。
 
 格好いい藤高を汚し尽くしたい。
 オレを優先して他人に嫌われても憎まれても気にしない藤高が愛おしくて嘆かわしい。
 藤高がどこまで汚れてくれるのか、オレのためにどこまで許してくれるのかを考え続ける。
 そして考えるだけではなく行動せずにはいられない。
 
 藤高の身に起きたことが完全なる偶然じゃなくオレにとって想定内の事故だと知ったら藤高はオレを嫌うんだろうか。
 その疑問は一カ月の間、オレを苦しめた。
 魔が差したとかではなくオレは試した。
 落ちたら割れる薄い皿を机の端に置いて床にたたきつけられるのかを観察するような気持ちでいた。
 
 取り返しのつかない状況になることでこの学園の藤高に向ける愛ではなくオレの中にある愛を試していた。
 オレの中にある格好いい藤高という理想像に傷がついた時の自分の心を見てみたかった。
 藤高の順位がどうやったら動くのかを知りたいという純粋な好奇心がオレの中にはいつでもある。
 愛をはかりにかけて重さを知りたくなる。
 図って、測って、計って、量って、謀って、そしてオレに、世界に、突きつける。
 オレが積み上げ、築き上げ、持ち上げているものが何なのか。
 形はなく、目には見えず、理解されなくても構わない。
 それでも愛があるのは事実で現実で誰にも否定されたくない。
 
 
「……今度は、吐くなよ」
 
 
 ふんどしだけ着用の状態で藤高が騎乗位というオレだけ楽しい時間。
 興奮しすぎて失敗しないようにコックリングをつけられて射精を藤高に管理されるというシチュエーションだけでお腹いっぱいな状況だ。
 ふんどしをずらして挿入するというフェチズムに頭が下がる。すでに寝転がっているのでオレは藤高を拝むことにした。
 
「思いっきりは動けないから、つらかったら止まるから右手あげろよ」
 
 歯医者さんみたいなことを言って藤高が腰を上下に動かす。
 藤高に挿入している実感が足りないのは自分が動かないせいではなくチンコにリングをハメているせいか敏感になりすぎて感覚が迷子だからだ。気持ちがいいというよりは痛いし射精の欲求で泣けてくる。
 
 格好いい人間になりたいとオレは思っていた。
 ずる賢く最低の人間だとしても藤高に格好よく見られたい。
 だから、男として耐久性に問題があるところを知られたくなかった。
 いつもはこんなんじゃないと訴えたところで藤高の前じゃ醜態しか晒せない。
 右手を挙げてあへ顔で「もうむりっ」と訴える。
 
「そんなに気持ちいいのか」
「藤高がオレの上に乗ってるってことで胸がいっぱいになって」
「体重かけないようにしてんだけどな」
「精神面がやべーんですよぉ。シャワーを浴びてちょっとしっとりした感じの藤高が至近距離にいるだけでオレの息子は涎だらだらで辛抱たりんのよ。すぐに挿入できるように藤高が自分で指でうしろをいじってるの想像するのヤバイ。エロい」
「だから、解してるとこを想像しないで見てろって」
「なんで!? 見てたら射精するって! 見てるだけでイッちゃうって!!」
「想像するからエロく感じるんであってオープンなら大したことねえーよ。むしろ、ケツ弄ってんのはグロいだろ」
 
 藤高は何もわかっていない。
 自分のエロさをわかっていない。
 こんなにオレがエロいって言ってるのに首をかしげている。
 
「前準備とかおまえ、面倒くさがってただろ」
「藤高に触るのはいやだなんて言ってないよ」
「他のやつは面倒で俺にはしたいわけ?」
「他人は裂けようが泣こうがどうでもいいけど藤高の身体はいつだって丁寧に扱ってるでしょ」
 
 それがオレの愛だけれど藤高は不審そうに見ている。
 
「水鷹、おまえ……常識があったんだな」
「この場でなんで冷静なご意見? めっちゃ、インしてんのに!!」
「乱れてやりたいところだが水鷹が顔面ぐちゃぐちゃドロドロでドン引きしててそれどころじゃない」
「藤高のナカ気持ちいいんだから仕方ないじゃんかっ」
 
 駄々をこねるように足をじたばたすると藤高に思わぬ刺激になったのか少し頬が紅潮する。
 色っぽいという自覚はないのか髪をかきあげて咳払いして「一旦降りたほうがいいか?」と聞いてくる。
 
「イライラムラムラ悶々として思いっきり犯したい」
「リングは?」
「痛いからとりたいけどとったら出しちゃうからこのまんまで藤高を後ろからガン掘り希望」
「動けそうなのか?」
「背中とかお尻に赤い手形をつけたい。藤高の皮膚を内出血させたい。白と赤のコントラストは最高っ」
「目が血走っててキモイからやだ」
「目薬さすので!」
「手加減せずにするだろうから、自分の身体で平気か試せ」
 
 冷静に淡々と藤高がオレの胸を平手打ちしてくる。
 ばしんっと音はすごかったけれど痛みは案外ない。
 ただオレが色白もやし野郎だからか胸板は赤くなっている。
 
 喉の奥で笑って「叩かれて萎えねえってMすぎ」と口にして腰の動きを再開させる藤高はエロすぎる。
 オレを叩きながら腰を動かす藤高の姿に射精せずに達した。眼福すぎるから仕方がない。

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