鷹の立つや眠ると同じ

 藤高が親衛隊を抜けることはオレとの仲違いじゃない。
 それを分かっていない未熟者たちはあっさりと喜んでいる。
 笑いながら「やっと愛想が尽きたのかな」「後期の生徒会選挙に出られるとか?」「藤高さまの方が会長にピッタリ」とはしゃいでいる。まったく全然なにもわかっていない。
 
 だから、ダメなんだ。
 オレを刺し殺そうとするような気概もない。
 一度、藤高を好きだと言っていた女に階段から突き落とされたことがある。
 藤高に隠れてオレを亡き者にしようと企んだようだけれどオレだって殺意は肌で感じていた。
 ちょうど現場を藤高が見えるちょうどいい位置で舞台を作って結果、見事に突き落とされたオレだが華麗に着地を決めた。
 藤高がどんな顔をすればいいのか分からないという表情でオレを見てきたのが印象的だけれど、オレたちの関係は変わりなく続いている。オレを突き落とした女だけが消えた。
 オレに対して藤高のために消えろいなくなれと言う人間は多いし、そういう風に仕掛けているけれど他人の意見を聞き入れなければならない理由なんかない。藤高にとってオレよりも大きな存在になれない奴らがどれだけ騒いでもオレと藤高は現状を維持し続ける。どこか遠くになんか藤高は行かないと約束してくれている。だからオレは信じつづけ、疑い続け、探り続ける。目の前のオレをバカにするやつらよりも藤高はオレを選ぶ。それはもう知っている。だからオレは次の比較対象を引っ張り出さないといけない。
 
 揉め事を起こさず平和な空間の中で藤高への熱い気持ちを叫べる奴なんかオレぐらいしかいないからトラブル何かは必要だ。人の本性が出て本音を吐き出すには非日常な空間が一番いい。穏やかな時間は怠惰しやすく堕落を招く。
 
 目の前の親衛隊の奴だって藤高に適度に抱かれることで半分以上は妥協していたはずだ。藤高にとってそれ以上の存在になろうという向上心がなくなった。だから藤高への愛情点数が低いと感じて落第だと言いたくなる。
 
 オレの中にある愛の重さ、オレがどのぐらい藤高を好きなのかを比べ続ける。
 比べるには他人が必要だから兄が教えて与えてくれた空間や目の前の親衛隊を含めた学園の生徒たちは必要だ。
 
 どこかの誰かがオレを超えるほどに藤高への愛を見せつけてくるか、藤高を超えるほどにオレが大切だと思うものと出会うまできっと昔から続けているオレの比較癖は終わらない。いいや、仮にオレよりも藤高を愛している人間がいると知ってもオレは藤高のそばにいる。一番になろうとして足掻くことになる。
 藤高がいなければランキングの順位はそもそも流動的だった。その場の気分で変わる揺れ動く感情が反映されているオレの世界そのもの大切なものランキング。だから、固定化している今の方がおかしい。
 
 一位が藤高じゃなくなる日があっても本当はそれほどショックなことじゃない。
 それでも想像だけでも落ち着かなくなる。藤高がオレの一番じゃない日はやってこないと頭から決めつけている。これは矛盾しているというよりも現実味のない空想で不安を感じたくないのかもしれない。
 
『俺は瑠璃川水鷹の親衛隊長ではなくなるが会長に立候補することはない』
 
 その藤高の言葉にざわついていた元をつけたくなるオレの親衛隊は黙る。
 代表としてなのかオレに話しかけていた先輩が「会長は水鷹さまがふさわしいとお考えですか?」とたずねた。
 
『転入生、彼の親衛隊長と話をしたら会長になる気があるらしいから構わないだろう』
「彼が会長になれると? ふさわしいと?」
『元々、水鷹は素行不良が目立ち会長に似つかわしくないと少なくない数の苦情がある』
「水鷹さまへの不満と同程度の反発や反感を転入生は生徒からもたれているかと」
『だからこそだよ』
 
 抱き寄せて耳元でそっと囁くような映像が思わず想像できる藤高の声。
 先ほどまでの硬質な響きから一転しておだやかで甘さの含んだ声は自分にだけ特別に優しくしてくれているような錯覚を聞いている人間に与える。
 ちょっとヒステリーで神経質だった母親の声が電話でおすまし状態になるレベルの変化。
 藤高にあからさま過ぎだとツッコミを入れたいオレとは逆に耐性がないのか藤高マジックに溺れているのか聞いている人間の表情が違う。
 恍惚とした表情で身悶えている変態たちは「会長は水鷹でも転入生でもどっちでも生徒は構わないよね?」とオレに対して酷いことを言う藤高にうなずく。
 きっと藤高が「浣腸液二リットルじゃ少ないから四リットルにしようか」と微笑んで言ったら簡単にOKするんだろう。オレにそういう趣味がないからしたことがないけど、普通の倍の量の浣腸液でも藤高が望んだらこいつらは耐える。出したいと泣いても藤高に頭を撫でられたら一時間、二時間と耐える時間を延ばせるはずだ。そのぐらいの根性を見せてほしい。
 
『会長は本来忙しいからね?』

 藤高がまるでオレが忙しくしていないみたいなことを言う。
 その通りだけれど心に深い傷を負った。
 謝罪と賠償を求めて藤高の乳首に吸いつきに行きたい。

「藤高さまが手を貸さない状況ですから、生徒会室にこもりっきりになりますね!」
「生徒会役員のお二人がご友人ということになっているのでちょうどいいですね!!」
「会長に転入生を押しこんでおけば藤高さまの憂いが消えるってことですね!」
 
 オレに対して鬱屈とした気持ちを向けてもらおうかな計画は藤高によってあっさりと潰される。
 藤高の手際が良すぎてオレがしゃべっていた時間がそのままカットされる勢いで彼らの脳内から消えている。
 塗りつぶすというよりもオレのことがなかったことにされている。
 転入生を会長にするのが可能かどうかを考えて可能だと結論を出した。
 藤高が言ったことなら無理でもやれと思うけれど実現可能なことしか藤高は言わないからこれでいいんだろう。
 会長ではなく元会長になるのが嫌と言うことはないけれど、ここまでオレの変わりは誰でもできると言われるのはきつい。
 
「藤高っ、今どこにいるの!? 心がしくしく泣いてるよー」
『前会長と話してる。筋は通すべきだろ』
「いやん、えっち! 浮気よっ」
『おまえが勝手な動きをするから、っ! ……ちょっと、やめてください』
「セクハラ? セクハラされてんの? 訴えよう!!」
『今日はいてる下着はなんだって』
「見せるのはいい。ギリギリで許しますが、おさわりは絶対にNG」
『見るのもなしだろ。水鷹がつけろっていうから今日のは……』
 
 拗ねている時のオレに対する照れ混じりの声に首を振ったり身体を動かして興奮をあらわにする親衛隊たち。
 さっきまでとの空気の違いが大変にエロい。男らしく雑な計画を立てる一方で腰を撫でられたかベルトを外そうとしているのかちょっかいをかけている前会長の責めから逃げている。電話の向こう側を想像するとピンク色だが、それよりもオレが藤高にパンツの話題で「なに言わせんだよ」とツッコミをもらっていることに幸せを覚える。
 
 衆人環視の下で複雑な露出プレイをしている気がする。


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