一富士、二鷹、三四はなくて五がお互い

 中学で藤高と出会えたのはオレの人生の中で数少ないわかりやすい幸運だ。
 藤高に出会ってオレの中のランキングは変動しなくなった。
 
 冬のアイスが好き、秋の夕暮が好き、夏の砂浜が好き、春の天気予報が好き。
 
 でも、そのすべてよりも藤高が好き。
 冬のアイスは寒いからイヤだって言われたら食べるのを控えるし、秋の風は冷たいから早く帰りたいって言われたらそうするし、夏の日差しが嫌いだって言われたら海には行かないし、藤高が花粉情報を見たくないなら天気予報を見る気はない。
 
 何年もいろんなものと比較し続けて藤高よりも大切だと思えたものは今まで一つもなかった。
 どんな状況でなにをしていても藤高よりも上どころか藤高と同じぐらいの人間も品物も場所も自然現象もオレは出会えない。
 美味しいもの、楽しい場所、面白い人々、出会って触れて手に入れてもその全部をあわせても藤高には勝てない。
 
 無人島に持っていきたいものを選べるならオレは藤高を選ぶ。
 藤高が無人島で大活躍してくれることを期待してるわけじゃない。
 でも、藤高がいたら無人島でも退屈はしないだろうしオレが死にかけたら助けてくれるし弱音を吐いたら叱ってくれるだろう。
 
 兄や周囲が言うようにオレは藤高に甘えきっている。
 けれど、それの何が悪いのか分からない。
 オレを責めることが出来るのは藤高だけだ。
 もっとしっかりしろとかやることをやれとオレに言えるのは周囲の人間じゃなく藤高であるべきだ。
 オレの言動は藤高に許されているんだから変える必要なんかない。
 
 
 でも、兄が言うように愛が届かないのは困る。
 こんなにも垂れ流しているオレの気持ちが伝わらないのは切ない。
 オレの言葉がぜんぜん藤高の中に入り込まないのはタイミングが悪いんだと思っていたけれど、それだけでもないのかもしれない。
 
 転入生が「山波」と呼ぶたびに藤高は具合が悪くなる。
 その理由は考えなくてもいいと思うし必要なのは藤高への理解じゃない。
 藤高を追いつめたがっている転入生の方。
 
 執着に濁った瞳が藤高にストーカー行為しだすような人種とそっくり。
 親衛隊を含めて彼らは何にもわかってない。
 
 アーティストの歌を聞いてこの歌詞は自分を歌っている、あの人は自分を分かってくれるんだと思い込めるような人間たち。作られたイメージの意味も言葉の裏側に隠しながらも告げている本音もくみとれもしないのに偉そうだ。自分こそが藤高の代弁者であるかのように大きな顔をする奴が嫌い。そう、オレとか。
 
 
 覚えやすい名前だったから顔を知らない時から藤高の名前は頭に入っていた。
 当時の生徒会長が自分の跡を継がせようと新入生である藤高を口説いているのは有名だった。
 あの人は藤高に自分の解釈を押しつけない人だけれど性質が悪い。
 どうにかして藤高を自分の手元に置きたくてあの手この手で責めてくる。
 誰より藤高が格好良くてすごいのは誰がどう見ても生徒会長になるしかない状況なのに逃げ切ったことだ。
 その手腕は見事としか言えない。
 
 
「藤高かっこいいっ」
「黙って食べろ」
「疲れた顔は憂いを帯びますなあ」
「適当なこと言ってねえでちゃんと飲みこめ。こぼしてる」
 
 すったリンゴを藤高に食べさせてもらいながら笑っていたら口元が汚れた。
 サイドの髪が邪魔になったのかオレのヘアピンを使っている。
 無造作ヘアでいつでもオレにお任せな藤高が自主的にやんちゃな髪形をしていると控えめに言っても興奮する。
 精液を藤高の頭にぶちまけたいけど絶対に怒るから言えない。
 後始末がさっさとできないことに許可は下りない。
 
「牛乳風呂いや精液風呂なら?」
「病気か」

 唐突なオレの言葉にとりあってくれない藤高。
 だが、ここで諦めるわけにはいかない。
 
「湯船が精液っぽくなる入浴剤があるって」
「だから?」
「入りませんか」
「入りませんね」
「精液ローションは?」
「いりません」
「じゃあ藤高に脱毛クリーム塗ってぺりぺりさせてよ」
「そんなに毛深くねえだろ」
「下の毛をつるつるにしたい」
 
 オレの言葉に何を言われたのかわからないという表情になる藤高。
 もう一息だ。
 
「ふんどし注文したからさ! はみ出ないようにした方がいいし! オレも整えるから!!」
「カミソリじゃないならいい」
「クリーム、クリーム」
「綺麗にとれるのか?」

 オレも使ったことがないので知らない。
 アンダーヘアはカミソリとハサミで整える派で本格的な剃毛はしたことがない。
 
「保湿が大切なのでパックしていいですか。洗い流す系のパック」
「わかったからリンゴが変色しないうちに食い終われよ」
「藤高にあーんされる時間はもっと長くとりたい」
「手が使えるんだから自分で食べろ」
 
 オレが食べた先からリンゴをぼたぼた垂らすので藤高は食べさせるのを諦めてしまった。
 
「ある意味あかちゃんプレイだって思ったら興奮してさ」
「変態か」
「病院じゃなかったら裸になってるところだよ。むしろ病院だからおむつになりたい?」
「病気だな」
 
 生徒たちの目につかない時間帯に学園に戻ろうとオレと藤高は半日病院にいることにした。
 
「藤高におんぶにだっこで生きていきたいだけであかちゃんプレイ自体はどうでもいいだ、ホントは」
「……おまえのお兄さんが金銭面はバックアップするから今後の水鷹の面倒を全面的に見てくれって」
「アニキはさすがアニキ!! 金の力だゴーゴゴー」
「いいのか、それで」
「藤高がいない生活なんて考えられないって何度も言ってんのに!」
 
 オレが拗ねても藤高はため息を吐くだけ。
 
「本音百パーセントなのにぃ」
「疑ってるわけじゃねーよ」
「藤高命って刺青入れられるレベルなのに」
「キモイ」
「富士山と鷹と茄子を背中に?」
「いつでも初夢気分かよ」
「ふんどしの絵柄はそんなのにしています」
「履きたくなくなった」
「じゃあノーパンね。ノーパン健康法」
 
 ふんどしは通気性がいいから下半身に優しいらしい。
 玉が蒸れると精子が少なくなるとか弱るとか性欲が衰えるとか聞くから藤高の息子にはいつでも過ごしやすい環境で元気でいてほしい。
 紐で結ぶので紐を引っ張れば解けるふんどしはエロい気がする。
 何もしていなくても普通の制服の下に藤高がふんどしかノーパンだって想像するだけでエロい。
 
「藤高のエロテロリスト」
「ふんどし履くから黙ってろよ」
 
 ヘアピンで頭を軽くグサグサ刺されるがお揃いのふんどしとつるつるのアンダーのことを思うとスケベな笑いが止まらない。
 
「ふんどしに水をかけてもいいですか?」
「なんでだ」
「ふんどしが水で肌に張り付いてるところが見たいから」
「楽しいか、それ」
「ぜったい、絶対に楽しいっ」
 
 藤高のチンコが布越しに勃起するところを見るのだ。藤高と一緒にいるとあれやりたいこれやりたいと欲望が際限なく出てくる。我慢が出来なくて子供みたいにわがままだと思う。
 
 でも、オレは子供のころにこんなわがままを言った覚えなんか一度もない。

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