鷹の子は鷹になる運命

 父の名前に鷹がついているんだろうというのは昔から感じていた。
 兄たちとオレの名前に鷹がついているからだ。
 寮に行っても親の目が完全に離れるわけじゃない。
 母にはオレの素行不良は当然バレている。
 けれど、それを咎められたことは一度もない。
 母はむしろ父に似ているオレや兄たちの夜遊びを喜んでいた。
 変わった性癖の人だとしてもオレを産んだ人なのでそこまで悪いイメージはなかった。
 兄はふたりともが父に会うためのツールとして使われることに嫌気がさしていたけれど、オレは構わなかった。
 自分の子供であるオレたちに会いに来るだけで母に会う気のない父。
 父にとって母は無価値だ。オレたちを産んだという事実すら誰でもしている現象でしかない。
 腹違いの兄弟が大量にいるから父の子供を産んだ母が偉大だということはない。
 
 クズな感じの父とそんな人間を思い続けているらしい母という両親を持ったオレが普通に日常生活なんか送れるわけがなかった。
 
 
 
 
 目が覚めて無機質でかわいげのない天井が目に映る。
 横を見ると壁にもたれかかって藤高が寝ていた。
 オレも座ったことのある椅子だと思ってここが病院だと気づいた。
 死んだと思ったが一命を取り留めていたらしい。
 手を伸ばすと横から止められる。
 
「オマエよりよっぽど疲れてるだろうから起こしてやるな」
 
 スーツ姿の兄がいた。
 立っていて両手に紙コップを持っている。
 それよりも注目すべき点はなぜかオシャレ眼鏡ではなくインテリっぽい眼鏡をしていることだ。
 兄とオレは服装を含めて似たような系統だった。
 ブラコンのオレが一方的にリスペクトしていることもあるけれど見た目は似ていると思っていた。
 けれど、髪も染めていないし伸ばしてもいない。
 短めにカットしていてビジネスマンという感じがする。
 清潔感を前面に押し出した出来る男っぽさ。
 社会に出る年齢になると軽いちゃらちゃらしたノリよりもこっちの方がモテるんだろうか。
 
「自分の状況は分かってるか? 名前は?」
「瑠璃川水鷹は藤高とのエッチ中に吐血して昇天しました」
「オマエときたらどうしてこんなに頭空っぽに育ったんだ? フジくんがいなかったら死んでたぞ」
「ガチで? マジで? 一瞬幽体離脱して自分の倒れてる姿を見た気がするけど」

 オレの言葉に目が覚めてしまったのか藤高が「幽体離脱は気のせいだ」と相槌を打ってくれた。
 兄が藤高に紙コップに入ったコーヒーを渡す。
 藤高は礼を言いながらそっとそれをサイドテーブルに置いた。
 コーヒーより紅茶派な藤高がコーヒーを飲むのはクロワッサンを食べるときだけだ。
 藤高にはそういう謎の藤高ルールが存在する。
 そして、クロワッサンを食べるときに必ずコーヒーを飲んでいることに気づいたのはきっとオレだけだ。
 ちなみに牛乳は高確率であんぱんとセット。

「水鷹愛してる、行かないでって倒れたオレに藤高が言ってた」
「それは妄想だ」
「たしかに早漏を気にしてイかないようにイかないようにって思ってたけど。藤高に待ってって言われるだろうって考え込んで幻聴が……」
 
 シミュレーションしすぎてオレはおかしくなっていたらしい。
 
「とりあえず心肺停止していたから心臓マッサージをした」
「人工呼吸は?」
「呼吸はあったからしてない」
「死んでたのに息の根あった?」
「変な言葉を創作するな。心臓が止まるイコールで死亡じゃねえよ」
 
 怒ったようなトゲのある藤高の言葉は不安と心配から来た苛立ちだとわかるので幸せな気分になる。
 にやにや笑っていたら兄に頭を殴られた。
 
「喜んでる場合じゃねえだろ。フジくんに言うことあるだろ、愚弟がっ」
「藤高、助けてくれてありがとう! 心配かけてごめんね」
 
 頭を下げると藤高と兄の二人分の溜め息が聞こえる。
 何も悪いことをしていないのになぜか呆れた目で見られる。
 反省の態度が足りないということだろうか。でも、済んじゃったことは済んじゃったことだからもういいんじゃん。
 
「水鷹、おまえは自分がなんで病院送りになってるのか分かるか?」
 
 藤高の瞳がいつになく怖い。
 怒っていますと目に見えてわかるというか、目を見ているとわかる。
 
「精力剤を」
「オマエが飲んでたクスリは合法でちゃんぽんしても死にはしねえよ。フジくんが空のビンとかを持ってきてくれたから成分を確認したがアレルギーってわけでもない」
 
 兄の言葉にわけがわからなくなる。
 どう考えても原因は早漏を気にしていつも以上に摂取した各種マムシドリンクさまたち。
 彼らが悪くないなんて信じられない。心臓の鼓動はおかしいぐらいだったし体も震えまくった。
 
「だって、オレ! オレ、吐血したんだよ」
 
 そうだ、オレは血を吐いた。
 間違いなくぶちまけた。最高の瞬間にやらかした。
 
「せっかくの、はじめてをっ! ふじたかのはじめてを、もらうところだったのに」
 
 泣き出すオレの頭を兄は乱暴に叩いて「泣き真似とかはどうでもいい。オマエはもっともっと反省しろ」と酷い。
 藤高を見るとお腹が空いたみたいな顔であさっての方向を見ている。
 腹の足しにコーヒーを飲もうかどうしようか葛藤しているんだろう。クロワッサンを買いに行ってあげたい。
 立ち上がろうとすると腕に引っ張られる感触があった。どうやら点滴をしていたらしい。藤高側に点滴があるので逆からベッドを降りることができなくなっている。察したように藤高が「トイレ行きたいならついていってやる」と足元にあったらしいスリッパを見せてくれる。藤高はいつでも優しいが話の最中に抜け出すと兄に怒られるので首を横に振った。
 
「初めてだって思った時が初めてだ」
「藤高、大好きっ」

 何度でもはじめて宣言OKが来た。
 次にちゃんとはじめてをやり直そう。

「フジくんはこのバカに甘すぎるよ」
「よく言われます」
 
 兄と藤高がわかりあっている姿に不満があるけどオレの気分は浮上した。
 失敗したから次はなしとは言わないのが藤高の優しさだ。モテる男は気配り上手なんだと藤高を見ているとわかる。オレはモテたいわけじゃないから気は配らない。配ったら減る気がするから貰う側に回っている。
 
「オマエはバカみたいにドリンク飲んで胃を荒らしてたが」
「あ! 胃潰瘍ってやつ? 知ってる!! あれって吐血する!!」
 
 オレの言葉になぜか藤高と兄の二人からにらまれる。
 なんで怒られなければいけないんだかわからない。
 血だらけスプラッタなベッドの掃除を藤高がしてくれたのはありがたいけれど具合悪くてゲロッたことは許してほしい。
 
「水鷹、おまえは自分がなんで病院送りになってるのか分かるか?」
 
 さっきと同じことを藤高は聞いてきた。
 オレは分からないので「藤高がそう判断したから?」と質問を返す。
 言いたくないのか藤高の視線がゆれる。
 兄が「オマエは健康そのものだから目を覚ましたから即退院だ」と言った。どういうことだろう。胃潰瘍って命に別状はなくても入院が必要だったりするって聞いた気がする。
 
「過剰摂取であっても飲んでいたものは合法で身体に異常が出るものじゃない。食中毒ってわけでもない」
「じゃあなんで?」
「ただの飲みすぎだ」
「ワンモアプリーズ」
「ドリンクの飲みすぎ」
 
 兄の言葉が頭に入ってこない。
 飲みすぎて吐血するほど具合が悪くなったなら精力剤を作った会社を訴えられるはずだ。
 藤高に用法容量を守れと言われたのに無視したから自己責任かもしれないけれどオレと同じような人がこの先あらわれないとも限らない。
 
「吐血した人間がいるってメーカーに言わないと」
「黙れモンスタークレーマー」
 
 兄はつめたい。
 藤高を見ると言いにくそうな顔をした後にオレに視線を合わせてくれた。
 
「水鷹、おまえは吐血していない」
「そんなバカな」
「おまえは確かに吐いた」
「ですよねー」
「吐いたものが喉に詰まって呼吸困難になったわけじゃない」
「そーなんですか」
「俺がいるのに窒息させるわけねえだろ」
 
 さすがは藤高、格好いい。
 
「液体を大量に摂取して寝転がって腹部に圧がかかった結果、嘔吐した。これはそれだけのことだ」
「吐血でなく嘔吐?」
「おまえは赤い色のついたドリンク剤を大量に飲んで吐いただけだ」
「バカな!!」
「自分が吐血したと思い込んでショックで心臓が止まった」
「バカだ!!」
「おまえが死んでたら死因はバカだからだ」
「ですね!!」
 
 これは確かに藤高がいなかったら死んでいた。
 たぶんオレがビックリしただけでこうなったんだと藤高は冷静に対処してくれたんだろう。
 ベッドの上で正座をして改めて藤高に頭を下げる。
 出来る友達がいて幸せだ。

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