鳶は鷹を産まない

 鷹の子は鷹にならないとか鳶(とんび)が鷹を産むとかいうけれど、オレの意見は違う。
 鷹の子は鷹になるし、鳶も鷹を産まない。
 オレは鷹は鷹ではあるけれど父のコピーじゃない。
 けれども性根の部分が似ているのは感じてる。
 きちんと名前も知らないような相手だけれど誕生日にはお金で買えるものなら大体くれるので悪い人じゃない。
 貰っておいた方が得なのに兄たちは父からのプレゼントをもらわないらしい。だから、オレたちの誕生日は母が父と顔を合わせるだけの日になってしまう。
 母に父に会うための道具として利用されるのが嫌なら利用すればいいと思う。
 子供として貰える権利があるんだから何でもねだって買ってもらえばいい。
 一方的に取られてしまうと気になる。
 自分のものが盗まれたりかけたりするのは誰でもおもしろくない。
 だからオレは貰えるものは何でも貰っておくことにしている。
 そうすればちょっと減っても気にならない。
 
 大量のものに囲まれて育ったからオレの一人遊びのやり方は順位づけだった。
 怪獣のオモチャとお絵かきセットどっちが大切かをジャッジする。
 流行おくれの怪獣と来年も使えるお絵かきセットだと当然、お絵かきセットが上になって怪獣は下になる。
 怪獣が大好きな時だってあるし、お絵かきなんか一生しないと感じるときもあるから同じものを戦わせても結果は同じにはならない。だから、面白くて部屋の片づけをしながらオレは延々とものに順位をつけていく。
 
 一番大切なものが何であるのか知りたかったのか暇つぶしなのか子供だったオレの気持ちは分からない。
 でも、母のように父がいない世界など存在しないと思い込めるほどに大切なものをオレは持っていなかった。
 
 大きくなってもオレの比較癖は抜けないらしく周りから歓迎されないことが多くなった。
 どんな行動をとるのか観察するために状況を作ってしまうから嫌われるんだろうけれど、自分にとって大切かどうか振い落すための作業をするのはもう無意識の癖だ。相手から反発されてやらかしに気づく。
 振い落された人間の恨み言も嫌悪もどうでもいいので反省もあまりしない。
 
 
「俺が結婚するからか?」
「アニキが結婚するから、なに?」
 
 
 お腹を空かせた藤高が席を外したものだから兄がシリアスなトーンで話しかけてくる。
 兄は藤高と同じで言葉が少ないタイプ。
 理解できないならこの話は終わりとばかりに途切れさせる。
 
「転入生が来ようがどうしようがオマエにとってはどうでもいいことだろ。なんで焦った?」
「……藤高に勝てるカードはこの先オレの手元に来ないと思ったから」

 兄はオレの一人遊びを知っている。
 昔に参加して十分もしないで飽きてやめてしまった。
 延々とものに順位を付け続けるのは時間を忘れて夢中になるほど楽しいのにもったいない。

「大切なもの第一位が他人だって気づいちまったか」
「藤高と結婚すれば解決だって思ったけど断られちゃった。……正確にはオレが白紙にしたんだけど」

 オレの言葉に兄の眉間に皺がよる。
 たぶん、オレにも理解できる言葉を探している。
 兄の言い分がオレに伝わらないことは多いけれどいつも伝えることをサボられてるわけじゃない。
 
「聞いた感じだとオマエ、煽っていくスタイルでやってるな?」
「自分の敵? 藤高の敵? いつか敵になる人を? それとも的(まと)?」
「的だ、的。オマエにとってのただの踏み台。煽って煽って誰が一番、フジくんを好きなんだって名乗り上げるのか観察してるだろ。そんで、それを踏みつぶすことによって自分がやっぱり一番フジくんを好きだって思おうとしてる。……昔からやることがえげつねぇ」
 
 藤高を好きな人間たちがオレに対する反感を高めてどう動くつもりなのかはとても知りたい。
 オレこそが他の誰よりも一番、藤高好き選手権の優勝者だからだ。
 誰もオレに敵うわけがない。
 オレに何かをすることで藤高に愛の深さを見せつけるんだろうが一体何をどうするんだろう。
 徒党を組んで生徒会長という役職を剥ぎとるのか、リンチでもしてみるのか。
 何をしたところでオレの愛に勝てる人間がいるようには見えないし、藤高のことをわかっていない。
 オレの敵は藤高の敵で、オレに何かをした瞬間から藤高を愛する資格もなくなる。
 そいつの言動はただの独りよがりの妄言に変わる。好きな相手の首を絞めるような愛は愛じゃないとオレでも知っている。
 
「あの家の中に放っておいたらあの女の腹で弟でも作るかと思って家から引っ張り出したんだがな。中学でフジくんがいたなら放っておくべきだったな」
「オレが息子であり弟を作るって? そんなことするわけないよ」
「クズに四人目を作るのを断られておかしくなってただろ」
「過干渉だし精通したかどうかをすっごい気にされたけどさぁ……おかあさんは、おとうさんが好きなんでしょう?」
「悪意にあふれてんな」
「息子で妥協するなんて、愛が足りな過ぎて減点だね」
 
 正常とは言い難いノイローゼ状態に一時期なってはいたけれど、母は元気だ。
 自分磨きと称して習い事を色々としている。
 父に女として必要とされるのではなく別の分野で役に立つことに喜びを見出しはじめた。
 母はあくまでも自分に全く興味のない相手である父を愛して思い続けている。
 それはとても美しくて素晴らしい。
 母を否定した兄は不特定多数の人間としか付き合わなかった。母のように誰か一人に縛られたくないと言っていた。それはそれで父の在り方だと思ったけれど兄がそれを望むならそうすればいいと思ったし、オレもすこし真似した。
 けれど、兄は結婚してたった一人を愛するという。
 
「オレは今まで振い落してきたけど、そうじゃなくて拾い上げたほうがいいかもしれないって思った」
「具体的に?」
「藤高が傷つかなくて悲しくなくて痛くないやり方でオレが一番だって宣言したいかな」
 
 オレはもう二度、失敗した。
 
 百回のキスの中で一番というのが十回のキスの中での一番よりも価値があると思っていた。
 何千何万何億のキスの中でオレとのキスが一番だって言ってもらえたらすごく嬉しいに決まっている。
 オレの確信は藤高の涙で崩れた。
 
 藤高が別の高校に行くのを阻止できた記念にキスをしたのはこのタイミングなら許されると思ったからだ。
 でも、失敗した。
 傷つけるつもりはなかったけれどオレはあのとき、藤高を傷つけた。
 意地悪やイタズラでキスしたわけじゃないけれど伝わらない。
 
 藤高はきっと何千何万何億のキスよりも生まれて初めてのキスとかにこだわるようなタイプだ。
 あんな他人のいる前でついでのように触れていいものじゃなかった。
 もっとロマンチックなシチュエーションとか藤高からキスをしたくなるような状況じゃないと許されない行動だ。
 最終的に藤高は許してくれたけれど一線をどこか引かれた気がした。
 さみしくてつらくてストレスが溜まって自分の失敗を塗りつぶすためにセックスに明け暮れた。
 頼めば藤高も参加してくれるようになったのでオレは安心した。
 藤高を抱きたいと言っていいタイミングがくるまでオレは長い時間つぶしをしていた。
 
 外堀を埋め終えたら既成事実という流れで雨降って地固まる作戦は大成功に終わると思った。
 けれど、結果は大失敗。
 藤高の藤高は全然復活しないし、藤高が息苦しそうな顔をする。
 
 医者は精神的なものが重要で勃起しようと思う焦って勃起しないと言っていたし、緊張すると気持ちよくならないからリラックスが大切だと語っていた。藤高は聞き流していたけれどオレはちゃんとメモまでとった。最悪、勃起しなくてもセックスは可能だし挿入は横に置きお互いが気持ちよくなることを考えるのが重要らしい。
 
 だから、指輪は大失敗だ。
 藤高を息苦しくさせてしまった。
 
「タイミングが合えばきっといけた!」
「フジくんに迷惑かけるのはやめろ。諦めとけ」
「違うんだってば! オレは気づいたんだ。知ってたんだ。藤高の心に言葉がすとんって落ちるタイミングは絶対にあるんだって!! でも、待っていられなかったし誰かに先を越されるのはイヤだったし!! アニキもわかんでしょ!?」
「さっぱりだ」
「わかってよ!!」
 
 オレの憤りは病室に反響するだけで藤高がいないから「うるさい」の一言も貰えない。さみしくなる。
 
「オマエの言葉がフジくんに届かないって言うなら信用がないからだろ」
「信用って何?」
「俺もそれを嫁に言ったら『気にしないで』って返された。言葉通りじゃねえからな? 見放されているってことだ、これは」
「アニキがわからないことをオレがわかるわけないじゃん、やだなー」
「あいつ、勝手に妊娠して姿をくらましやがったからな。俺になんの相談もなく」
「勝手で面倒な人っぽいけどアニキに似合ってそうだね」
「デリカシーって言葉の意味を検索して脳内に埋め込め。オマエはフジくんが一番でフジくんと一緒じゃないと生きていくのも嫌かもしれないがそれはオマエだけなんだって理解しろ。フジくんは別にオマエが居なくても生きていける」
 
 ショックで心臓が止まりそうなオレに「あいつが俺の前から消えて俺も知った」と兄が言うので深呼吸してうなずいた。
 つまり兄の嫁になる人は兄の嫁になる気はなかったのだ。
 オレたちの母とは少し違う。
 愛する人の子供だけで満足で愛する人自身からは子供以上のものを求めなかった。
 
 オレと藤高のあいだに子供はできないから同じ状況にはならない。
 それはこの場合安心する材料にはならない。
 繋ぎ止めるものがないと判断されてしまうかもしれない。
 
「誰かに子供を産んでもらってそれを藤高と育てようかな」
「なんでそうなったんだ」
「藤高はマメだからイクメンになる」
「オマエは?」
「それを見守って写真とか撮ってる? そういう係」
「血がつながってないフジくんを父と思う子供の誕生か。オマエは子供に近所のにーちゃんぐらいにしか思われねえな。目に浮かぶわ」

 兄の言葉にオレはうなずく。オレも同じ意見だ。すると頭をバシバシ叩かれて「俺は自分をクズだと思ってる。だからそれ以上のクズさを晒すのはやめろ」と言われた。
 自分がクズチャンピオンじゃないと気が済まないらしい。
 兄の負けず嫌いにも困ったものだ。
 
「あの女みたいに子供をツールに使う考えはもうこの際ツッコミ入れねえが、いいのか?」

 母を母と呼ばないのが兄の小さなこだわりだが持って回った言い回しをする信念は捨ててほしい。わかりにくい。
 
「オマエの子供、確実にフジくんに惚れるぞ」
「子供いらない。いらなかった」
「心底最低だな」
「思わぬところでクズチャンピオンの名を守ってしまった」
 
 兄は嫁が子供に奪われてもいいんだろうか。
 そっちの方がおかしい。
 自分の血が流れているからこそ腹が立つ。
 
「作る前で良かった。返品できないもんね」
「あのクズのアドバイス通りにパイプカットしててよかったってこんなに思ったことはない」
「オレってパイプカットされてんの? そもそも子作りできなかったんだ。へー」
「うっかりナマでやりそうだからな」
「それは大丈夫。藤高が気にしいだから絶対にゴム着用してる」
「……フジくんにご飯奢りに行くわ。バカの今後についても頭下げといてやる」
 
 パイプカットという衝撃の事実を教えられたけれど兄の後半の言葉の方が重要だ。
 バカとはオレのことだ。オレ以外のバカなんているわけない。
 オレこそがバカだ。ということは兄が藤高にお願いしてくれるのはオレの今後についてだ。
 
「オレのために! ありがとう、アニキ!!」
「パイプカットされてて笑顔なオマエが怖い」
「これで自分の方が藤高に相応しいってオレにケンカ吹っかけてきた奴に『そんなこと言って、てめえは女を孕ませられるじゃん』って言い返せる! オレ優勝!! 誰も勝てないねっ」
「オマエの学園では絶対に参加したくない大会が開催されるんだな」
 
 兄が完全にしらけた目でオレを見てくる。
 でも、ちょっと違うけど藤高とおそろいみたいな感じで嬉しい。
 藤高は「うわー」って顔をした後に優しくしてくれる。



----------------------------------------------------------


※パイプカット:精子が運ばれる管を切断し切り離す手術のこと。


パイプカットは学生期間のあいだ誤爆がないようにという父からの気遣い。
コンドームよりも確実に避妊が出来ます。
(手術で切ったパイプは治せます。長期間カットしていると治せない場合もあるみたいですけれど)

パイプカットしても見た目も機能も普通と変わりないので本人に記憶がないと手術されたこともわからない……かも?水鷹だから?

※作品にピンときたら下に書きこんでいただけると大変助かります!
気にいった作品だと主張する(1)
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -