十四

 頼りにする相手が自分しかいないということを取り立てて孤独とは思わない。
 昔からずっと俺は他人を頼りにしてこなかった。
 
 前会長から言わせるなら俺のその態度が人を引き寄せることになっているらしい。
 孤独であればあるだけ逆に人が近づいてくる。
 
 俺の誰の手も借りないという態度、人から距離をとっているような姿を変えたい、俺に対して影響を与えたいという気持ちが逆に俺に対する執着心を深めることになる。
 自分のものだけにしたいというどうかしているとしか思えない感情を湧きあがらせるという。
 俺がそう仕向けているわけじゃないところで人が寄ってくるのはいいことばかりじゃない。
 自分で制御できない場合もある。
 
 主導権をとるためにあえて甘い言葉や態度を使うことはあった。
 口先だけでも「頼りにしている」という言葉を使えば相手がニンジンを目の前にした馬のように目の色を変える。けれど、根本的にその反応には疑問しかない。
 
 人から好かれるような人格を装いながら実際はそうではないことが透けて見えている。
 俺はそんな人間だが、その上で好きになったり妄信するのは理解できない。
 裏がない人間はいないかもしれないが裏がある俺を自分の色に染めたいとどうして思えるんだろう。ゲテモノ趣味だろうか。
 
 俺のことを好きだという人間の考えが俺は理解できない。
 理解できなくても対応や対処が出来るので便利に使ってはいるけれど俺のことを好きだと言っている人間の気がしれないと思っているのは以前からずっと変わらない。
 
 中学で浮かない程度に周囲の生徒とは違う場所にいた俺は水鷹と関わることで話しやすくなったと言われ同時に悪い方向に連れて行かれたと嘆かれもした。実際、水鷹を放置していたら犯罪まがいではなく言い訳のしようのない犯罪行為に手を出していただろう。
 それを止めたのは水鷹のことを考えたからでも真面目だからでもなく経歴に傷をつけるリスクに見合わないことだったからだ。トラブルは回避していくのが俺にとっての生きる上での当然だった。
 
 転入生と顔を合わさなくなってしばらく経つのに「山波」と呼ばれたことが脳裏にこびりつく。
 俺はたぶん彼を覚えているし分かっているけれど触れたくない。
 あの頃の自分を思い出したくないし、未だに感情の整理がし切れていない。
 
 
『お父さんとお母さん、離婚しようと思うの』
 
 
 全部が壊れきっていて居場所が初めからないのだと知ってしまった。
 それでも幼い自分が選んだものは悪手だ。
 今なら黙り通して何も聞こえなかったことにした。
 自分が動かなかったとしても事態は動く。
 俺を置き去りにして世界は回っていく。今はそのことを知っている。
 
 
『フジくんはどっちについて行きたい?』
 
 
 そんな子供に選ばせるな、クソが。
 俺をうかがう両親のゆがんだ愛想笑いを忘れられない。
 自分の口にした言葉もまた忘れてしまいたいのに頭にこびりついている。
 この世界は綺麗事ばかりだけれど綺麗事すらない残酷さもまた俺は知っている。
 俺自身が他人を意識的に踏み台にしているからこそ合理的な冷たさは馴染んだものだ。
 
 だから、気持ちのよさ、気分のよさ、楽しさを最優先して動く水鷹を見ていると安心する。
 その言動がいくらバカみたいで無神経で頭が足りなかったとしても親友だからなんてことを理由に俺を見捨てないだろうことを保証しているから気楽に笑っていられる。
 
 出会わなければよかった。
 好きにならなければよかった。
 何度となく思ってもそれ以上に愛されたい好かれたい頼りにされたいそばにいたいと願ってる。
 でも嫌われたくないから何も言いたくない。それでも何かが欲しい。
 コンドームに穴をあけて精子泥棒をするような女の気持ちが分かってしまう。
 愛に形を求めてしまう。
 ふつうの男女ならそれは結婚というものかもしれない。
 男同士だって国外で籍に入ったり国内で事実婚の形で結ばれてもいい。
 
 水鷹と俺で結婚したところでおままごとか茶番の延長か変化球な思いやりだ。
 俺の欲しい愛情とは違う。
 すべてをあきらめる魔法の呪文があったら俺はもっと楽に生きていられた。
 あるいは水鷹が俺に告げてくる冗談みたいな愛の言葉を鵜呑みに出来るぐらいのポジティブさがあれば何もかもが違ったかもしれない。
 
 
 
 
 一カ月も経てば一度となくやってくる水鷹との夜の時間。
 まるで進展がない。
 プレイ内容は充実してきている気がするが俺に変化がない。
 
 俺が不感症なのか水鷹が下手すぎるのか気づかない内に心に負った傷が深すぎるのか俺の股間はピクリともしない。
 乳首も前立腺も自分でちょっといじってみないこともないが無反応。
 水鷹に触れられることによるドキドキはあっても肉体的な快楽はさっぱり得られない。
 
 というよりも俺は今までセックスを気持ちがいいと感じていたんだろうか。
 こういう反応が普通だから、こういう反応じゃなければおかしいと思われる、そんな理由で俺は快感を得ていた気がする。もちろん、水鷹が気持ちよくなっている姿に興奮したりはしていたが肉体的な話で言えば義務感ばかりがあった。
 
「後ろ向きになる方がよくないか」
 
 腰の下にクッションを敷いて足を開いて水鷹に見せている。
 水鷹がやりたいというのでやらせている。意外に注文を付ける前に爪は切っているし手荒な指使いはしてこない。
 たっぷりのローションを使って俺の尻を解そうと躍起になっている水鷹はエロの探究者だ。
 自分と同じような体格の男を犯そうとするなんて今までの水鷹からは考えられない。
 親友への優しさならボランティア精神の尊さに泣きたい。
 
「藤高の顔が見えなくなっちゃう」
 
 俺の顔は見えない方がいいだろうという配慮は正面から却下される。
 
「この体勢、恥ずかしい? 赤ちゃんプレイしちゃう?」
「うざっ」
「なんとかなんとかでちゅってかわいいよね」
「キモイでちゅ」
「藤高マジかわいい」
「病気でちゅ」
「股間がもう限界」
「おまえが我慢できたことがあったか?」
「冷静なご意見に心臓が凍るよぉ」
 
 俺の尻を解してもまだ挿入には至っていない。
 理由は簡単だ。
 挿入が可能な段階まで拡張する前に水鷹が発情してくる。
 あとはなし崩しというかお決まりのパターン。
 
 手か口で俺が処理してやるか勝手に俺の足に水鷹がこすりつけてきてイク。
 擬似的な挿入を味わっている気分になるので性器と性器をこすり合わせるように腰を動かす水鷹に変な気分になる。
 水鷹は俺の腹に腹あたりに勃起したものを押し当てながらキスをしまくって果てたりもする。
 どこまでもフリーダムだと思いながらも惚れた弱みで喜んでしまうのが俺だ。
 誰でもよさそうな感じとはいえ水鷹が俺の身体で気持ち良くなっているんだと思うと感動してしまう。
 水鷹の精液で俺の腹や腿が汚れることに嫌悪感を覚えない。逆に興奮に体がむずむずしてくる。
 
「前も言ったけど藤高の顔見ながらじゃないとイケないって」
「あぁ、バイのやつにおかずにしやすい顔って言われたことあるわ」
「なにそのセクハラっ。誰に言われたの!? もう会っちゃダメだからね! めっ」
「で、なに? おかずになってんの?」
「むしろ藤高が主食なわけですが……」

 てっきり自慰の延長線上だと思っていたので驚いた。
 俺に勃起の兆候が見られたら成功ぐらいには思ってくれているだろうと想像していたがまさかそこまで俺をメインにしていたとは思わなかった。
 
「……もしかして、水鷹って俺の顔好きなのか」
「メチャクチャ驚いてる顔してるけどオレ、結構言ってるよね?」
「覚えがない」
「褒め称えられ慣れてるから聞き流してるんでしょ。やだわー、これだからイケメンやだわー」
「おい褒めてるって今のとかか?」
 
 イケメンと言われても「あっそう」としか思わなかったし、そういった反応しか返してこなかった。
 冗談にしか聞こえないし、冗談だと思っていた。
 
「オレはいつでも藤高に顔も性格もイケメンだねって言ってるよ?」
「あぁ、そうだな」
「なんでしらけた顔すんの」
「戯言を真面目に考えようとした俺は無駄なエネルギーを使ったと思っただけ」
「いやいや、藤高はオレの言葉をもっと真面目に受け取ってもバチあたらないから!!」
「はいはいそうでちゅねー」
「ちくしょう、かわいいから許すっ」
「マジでこのキモイ語尾がいいわけ? 引くわ」
「部屋から出て行こうとする準備しないでっ。待って、オレを捨てないで」
 
 べそべそ泣き出す水鷹は超絶うざったい。
 うんざりしていたら泣きやむから乳首を吸わせろと言ってきた。
 こんなかわいくない赤ちゃんもいない。
 
 ちゃんと左右のバランスを考えて両方吸わせると気分が落ち着いたのか水鷹に笑顔が戻った。
 ストレスから幼児退行でも起こしているんだろうか。

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