十二

 朝早くから水鷹親衛隊という名の俺のことを好きな数人の相手をしている。
 
 水鷹の部屋の玄関先ではなく誰でも出入り可能なちょっとした待合室でのことだ。

 奇数階に設置されたラウンジ。
 ソファや無料の清涼飲料水が設置された休憩所。
 寮は二十二時以降、各部屋の扉の鍵が自動でロックされる。
 寮では夜間に他の部屋との行き来を禁じている。規則は破るためにあると思うような尖った人間は学園には少ない。扉が施錠されて締め出されると知るとそうならないように動く。この待合室は廊下に取り残された哀れな生徒の救済場所にもなっている。
 

 早朝にもかかわらず何人もの生徒がいる。
 見知った顔が多いので俺が来ると知って待機しているんだろう。
 
 生徒会長は人気のある生徒がなる決まりなので水鷹の部屋まで簡単に来ることはできない。
 そのため待ち合わせ場所を誰でも来れる待合い室にしたのは失敗だった。
 会長が誰でも水鷹のようにヤリチンクズ野郎なわけじゃなく男同士はマジムリという俺と似た感覚を持っている。
 そういう会長のために自室のセキュリティは強化されていないと大変なことになる。
 抱かれるつもりでやってきましたという押しかけ女房気取りの男なんて恐怖の対象だ。
 いくらエロくても精神安定剤を服用しまくっている病院通いの女はやめろと水鷹に言っているが男はもっとヤバイ。マイノリティーであることは反社会的だという認識が少なからず定着している。
 差別にうるさくなっている風潮から少数派の存在を認めろと大声で喚きたてるだけでは飽き足らずそうすることが正義だと信じて他者を攻撃する。
 
 俺のファン層とでもいうべきものも極一部、確実に頭がおかしいやつらがいる。
 それは水鷹ですら気づくレベルなので俺だってわかってる。
 争うことなく誰にでもいい顔をしてとりあえず場をおさめたい俺の気持ちに反した行動しかしない害悪な人種はこの待合室の中にもいる。感情を押し流しながら俺が視線を向けると恍惚とした表情でうなずく。ヤバイやつだ。
 
 男を抱いているといっても水鷹の補佐だし、水鷹のイキ顔を見るためみたいな俺なので同性愛には偏見しかない。
 
 俺自身は水鷹を好きだが受け入れられることがないと自覚している。
 だからこそ、俺のことを好きで好きでたまらないと主張を繰り返す偽水鷹親衛隊を胡散臭く思う。信用ならない。
 
 俺が水鷹を好きなようにこいつらも俺を好きなんだろうと思う日もあるが俺が水鷹を好きなレベルで俺を思っていたらそれは脳の異常だ。青春と思春期による脳の誤作動とはいっても冷静になれと言いたくなる。
 
 適度に好かれるための小細工をしているとはいえ考えれば全部、適当だったり形ばかりのものだとわかる。
 俺の優しさなんてものは本当のところ水鷹にすら向けられていないかもしれない。俺はいつだって俺に優しい。
 自分本位だと水鷹を責められないほどに俺は俺を甘やかしている。
 
 俺が約束をしているメインの三人が誰から口を開くのか目くばせをしてタイミングを計った。
 言いやすいように「急に悪かった」と心にもない謝罪を口にする。
 大げさなほどに三人は首を横に振った。
 
「食堂がまだ空いておりませんでしたので」
「味見はしています!」
「会長と一緒にお召し上がりください」
 
 今日の朝食を日常的に料理をしている人間に声をかけた。
 頼んだのは朝食の用意だが食堂の空いていない時間なので都合をつけようと思うなら作るしかない。
 夜にした連絡なので見ていなかったり出遅れたりすると思ったが徹夜でもしたのかそれぞれで作ってきた。
 日常的に調理をしているので材料はあったらしい。
 
「悪いな、大変だっただろう」
 
 目が充血している後輩の頬に触れる。
 とろんっとした形容が似合う顔つきで乙女のように恥じらった、か細い声で「いいえ、だいじょうぶです」と言った。
 隣にいる同学年が何か言いたげなので「ありがとう。助かったよ」と言えば満面の笑みを浮かべて俺の手を握った。
 手の中にあった紙の手提げは後輩に押しつけている。
 
 ニヤニヤと顔を緩ませて俺の手を握る男は正直に言って気持ち悪いがわざわざ朝食を持ってきてくれたので邪険にすることもできない。
 手をそれとなく外して抱きしめてやる。
 何か言おうと思ったが言葉が見つからなかったので耳に息を吹きかけておいた。
 手を離すと腰が抜けたのか床に座り込んでしまった。
 友達なのかソファに座っていた数人が駆け寄ってきて座り込んだ親衛隊員を立たせる。
 真っ赤な顔で「あいしてるって言われた」と口にする隊員は妄想の中で生きている。
 周りの視線に俺は首を横に振っておく。知ったことじゃない。
 
「ふじたかさまぁ」
 
 センパイではあるが小柄でかわいい水鷹のお気に入り。
 適度にエロく健全で清純派な空気を持っている。
 俺はそのセンパイを引き寄せて額にキスをした。
 抱きついてくるのでそのまま密着していると後ろから「こらぁぁぁ!!」と水鷹の声が聞こえた。
 おかしな歩き方になっている水鷹は俺の背中に激突してきたと思ったら「浮気者っ」と言ってくる。
 
「こんなイケメンな旦那さまを放って朝からハーレム作るとかどういうことっ!!」
「朝飯を手に入れていただけだ」
「息をするように他人を使うそのやり口まさに藤高さま! 藤高さまは何をしても許されるんすか? オレがしてないのに浮気するとか酷くない?」
「落ち着け、唐揚げがある」
 
 頼んでおいたので入っているだろうと視線を三人に向けると一斉に頷かれた。
 
「朝からカラアゲとかオレを舐めてんの? そんなんで丸め込まれたりしないんだからねっ」
「会長、ちゃんと胸肉つかってます!」
「モモじゃありません」
「カレー味もありますよ!!」
 
 ちょっと揺れている水鷹にダメ押しのように声を揃えて「藤高さまのご指示です」と言った。
 
「藤高の愛に負けた、そういうことにしておく」
「いいからさっさと食べるぞ。腰っていうか尻が痛いって言ってただろ」
「そーだけどぉ。起きたら書き置きだけで藤高がいないとかオレのさみしさを考えて! もっとオレのことを考えて」
「欲張りか」
「いいじゃん、欲張ってもさ。両思いだし」
 
 駄々をこねる水鷹と呆れる俺の構図はよくあるものだ。
 今に始まったことじゃない。
 
 それなのに周りの視線が今までと違う。
 一言で表現するなら「驚愕」とでもいうものになっている。
 水鷹が愛だなんだと言ったり両思いだと口にするのは今に始まったことじゃない。
 それなのにこの反応はおかしい。
 もちろん、指輪の件などで「ついに二人は……」と思ってほしくはあるがそういうものとも違う。
 
「ふじたかさま、くちびる……すこし腫れていらっしゃいます?」
 
 額にキスをしたセンパイが恐る恐る聞いてきた。
 気づかれないレベルだと思ったが案外というか案の定、俺は見られている。すこし気まずい。
 
「昨日ちょっと」
「この水鷹くんとちゅっちゅしすぎて腫れちゃったのですぅ」
 
 人をバカにするようなテンションの水鷹は逆に自分がバカさ加減をさらしていると気が付かない。
 
「首筋の……」
「水鷹くんが付けた愛の証に決まってるじゃないてすかぁ、うふふ〜ん」
 
 バカっぽい水鷹の頭を軽く叩いてから俺が首を押さえる。
 痕が残っていたことには気が付かなかった。水鷹と違って鏡を見続けたりしないので自分の変化を見落としてしまう。
 
 水鷹が俺と勝手に肩を組んで笑う。
 そのポーズ自体はよくやることだが今はどうやら周囲に威圧感を与えたらしい。
 数歩よろめくように後退する親衛隊たち。
 料理だけ置いて去るなら去れと思っていたが沈黙の後に一斉に泣かれた。
 
「おめでとうございますっ」
 
 一人が口にしたことをきっかけに泣きながら「よかった」「会長死ねって思っててごめんなさい」「存在価値のないクソだと思っててごめんなさい」「愛とかどの口でほざいてんだクズって思っててごめんなさい」と口々に聞こえる声。
 
 祝福と水鷹への謝罪が聞こえる。
 わけがわからず隣を見ていると腰を押さえて「藤高は意外に激しいからぁ〜」と答えていたりする水鷹。
 ついていけていない俺に「復活おめでとうございます」「藤高さまの藤高さまは永遠です」と言い出す彼ら。
 結構な人数が泣いて騒いでしまっているので朝から風紀か寮長のお説教を食らうと我に返った何人かが静かにするように呼びかけた。
 泣き方が全力の号泣から映画館で聞こえるすすり泣きのような静かなものになったが異様な状況だ。
 
「愛の力は証明されたわけだから、あんまり事を荒立てんなよ〜。じゃあ、ごちそうさまぁ」
 
 三つ分の手提げ袋を受け取り俺の手をつないで引っ張っていく水鷹。周りはそれを止めることもない。
 祝福ムードの理由がよくわからないでいたが「待ってます」と通りすがりに囁かれて合点がいった。
 俺に対して執着を滲ませた偽水鷹親衛隊の表情に浮かぶ表情は嫉妬。
 
 つまり俺と水鷹との関係を誤解している。
 正確には水鷹が誤解させるように仕向けた。
 わざわざ部屋から出てきたことに理由がないわけがない。
 
 昨日に風呂で尻持ちをついたりそのまま抜きまくったことで尻や腰がつらいと水鷹は言っていた。
 それを疑う気持ちはない。本当のことだろう。
 
 やっている最中は「あ、あひるが見てるっ」とバカな反応をしていたので平気だと思っていたが湯船から出るときに「へろへろり〜ん」と身体に力が入らなくなっていた。
 これが本当の骨抜きだとかほざいていたのでどこまでが本当かはともかく消耗していた。
 
「身体重いからおんぶして」
「俺が潰れる」
「ですよねー」
「荷物、ひとつ持つ」
「藤高はいつでもイケメ〜ン」

 バカにしているとしか思えない言葉だったが「はやくご飯食べたい」と笑う水鷹にどうでもよくなった。

 朝食とはいえ結構な内容のものをそれぞれ用意してきてくれたので夜にも食べることにする。
 冷蔵庫の中に見覚えのない物体エックスを見つけた。今日の朝食用に水鷹が用意していたのかもしれない。
 食べてみるとクソマズイが飲みこめないほどじゃないので水といっしょに流し込む。
 食器を洗っていると後ろから抱きしめられて「すき」と言われた。
 一部始終を見ていたらしい。
 
 水鷹が俺に感謝の言葉を投げかけてくることはいくらでもある。
 些細なことから重大なことまで俺は水鷹のために動いていると自負してる。
 だから、水鷹の言葉を当たり前に受け入れていたが逆はあっただろうか。
 
 食堂に行って帰ってくる俺の状態を気にしていてくれたこと。
 記憶を上書きするように強烈なものをくれたこと。
 俺の名誉を守るためなら自分を平気で安売りするそのことを俺は口に出して感謝を伝えたことはない。
 
 肩代わりしてもらったことに礼を言えば肩代わりされなければならなかったという事実や自分が押しつけたという現実に触れなければならなくなる。だから、何も言わずに水鷹のために行動することで借りを返していた。
 
 それでもさすがに今回については何かを言うべきだろう。
 
 これから生徒たちは親衛隊長に抱かれた会長という目で水鷹を見る。
 気持ちが良ければ男女どころか入れるのもどちらでもいいんだなという顔をされるんだろう。
 それに対して瑠璃川水鷹は「そうだよ、気持ちいいの最高だろ」とへらへらと笑い返せる男だ。
 
 友達だったら性的な部分は他人事だからいい距離で付き合えただろうと今でも思う。
 でも、好きでもなければ付き合い続けることもできないほどにクズで最悪な部分もある。
 だから俺はいつでも自分の心の置き場を探しているのかもしれない。
 
「水鷹、親には連絡した」
「問題ないって?」
「問題にしないって」
「そりゃまた心強いことで」
「水鷹、悪かったな」
 
 ありがとうと言えない俺はどこかでまだ自分を守っている。
 水鷹から受ける返事を予想内におさめようとしている。
 
「悪かったって思うなら、藤高はちゃんと全部をオレにくれよ」
 
 それは水鷹に抱かれろということなのか。
 改めて言われると正気を疑う。
 押し切られてしまったという状況ではなく俺が許可して水鷹が触れるという段取りで進むことはちょっとした恐怖がある。
 
 果たして俺は水鷹に抱かれた後も親友の顔をしていられるんだろうか。
 あふれ出る感情を冗談の中に隠せなくなったら、そばにいられないかもしれないと思ったら息が止まりそうだ。
 
 仮に水鷹が宣言通りに俺と結婚したとしてもそれは恋愛という話じゃない。
 親友である俺を守るための行動だ。俺に負担をかけないために水鷹が自分にとって損になる状況を選ぶことは珍しくない。
 
 だから、どうしても後ろめたさ、ちょっとした罪悪感が消えない。

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