うろんげな俺の視線に水鷹は「なんでって、気持ちいいことするとスッキリすっから?」と疑問系ながらに答えてくれた。
 首をかしげる仕草だけをとると転入生と同じだ。
 体格は当然のことながら水鷹のほうが大きいが男らしい顔立ちではなく優男な見た目なので変におかま臭くなるわけじゃない。
 
 自分の顔に自信がある人間はいつでも無駄なアピールをするのかもしれない。
 しみじみと水鷹の顔を見ると照れたように顔を赤くする。これも女がよくやる仕草だ。親衛隊がするところもよく見る。
 そのときは男が男に見られて照れるなと内心で思いながら「かわいい」なんて胡散臭い言葉を並べている。
 恐ろしいことに十割の確率で赤面や震えがひどくなり感極まって泣いたりそれだけで達する人間もいる。
 褒め言葉は好意を持っている相手から言ってもらえるとそこまで喜べるらしい。
 それを思うと「藤高っ、熱視線やめて! とけるっ、とけるっ」と照れて訳の分からないことを言う水鷹は俺のことを好きなんだろうと感じる。恋愛的な意味じゃなくても。
 
 転入生に対する好感度がほぼゼロかマイナスに変わっていて、水鷹への愛が大きすぎて比べようもないからこそ俺の感じ方は違うんだろう。バカげた言動でも水鷹がするなら許せた。
 
 無意識に水鷹の髪の毛をかき回すようになでていると水鷹はふにゃふにゃと形容したくなる笑みを見せる。
 子供のような無邪気な笑顔は大人の女から年下の男までちょっとした魔法をかける。
 一晩で解けるかもしれないその魔法に引っかかって俺もまた今まで餌食になった相手のように水鷹に対して警戒心がなくなる。
 これは狙いどおりなんだろう。
 不敵な笑みで挑発的な視線を向けてくる水鷹。
 俺に向けられることはないが何度となく横で見ていたベッドでの水鷹のキメ顔。
 格好いいと思ってやっているんだと思うと噴きだしたくなるが顔の造形自体は悪くない。
 頭空っぽで下半身主体で考えるところがクズかわいいと思ってしまった。
 何だって許したくなるかわいさだ。
 
 好意を持っている相手にするなら男女ともにかわいいポーズや格好いいポーズは効果があるんだろう。隣で見ていると白けるものでもいざされると少しときめく。誤魔化すように水鷹の目を隠して息を吐き出す。
 
 俺みたいに騙されて甘やかす人間がいるから水鷹のようなタイプは調子に乗る。転入生も調子に乗ってきたタイプだと感覚的にわかる。愛されている人間というのは分かりやすい。
 
 今まで水鷹に連れて行ってもらった店にはいくつかの種類があり人間にも年齢以外の幅がある。
 いいところのご令嬢が身分を隠して遊んでいたりする場所やプチ家出な少女たちを安くこき使っていたりするところなんかが格差の分かりやすい。似たように並んでいても内装からして違いがある。
 
 水鷹に媚を売ってきやすいのはこの二種類ということもあって目につく。
 共通点は他に入れ変わりの激しさもある。
 数日から一年ほどで彼女たちの環境が変わる。
 もちろんそれは俺たちにも言えることだったが、ご令嬢は婚約者ができたり進学のために勉強に身を入れなければならない。
 家出少女は自宅に連れ戻されるかもっと危ない所に落ちていく。
 
 そして、彼女たちは流行を踏襲して街や店やそこにある集団に馴染もうと努力するので同じ髪型、化粧や洋服を身にまとう。
 見た目だけなら似たような仕上がりになっていることが多い。
 
 ある程度の年齢なのに若づくりしたがる社会人や暇をしている女子大生とは空気が違う。
 
 水鷹は軽いノリの男として量産型な言動をとっている。
 そうすることで火遊びをしたがったり、人恋しさを紛らわしたかったりする人間は適当に釣れる。
 
 何もかも分かっていてわざとなのかそうとしか生きられないのかまでは、わからない。
 それでも、なんだかんだで水鷹だからで許せてしまう。軽くて無神経で自分本位で頭が悪くても水鷹ならいい。
 この違いを愛以外の具体的な言葉で俺は説明できない。
 
 
「気持ちいいことしよ〜ぜ」
 
 
 こんな台詞を吐かれたら状況によって、女でも男でも顔面殴りつけてやるところだ。
 俺を安く見すぎだ。
 
 あくまでも水鷹は友達として俺のストレス解消に付き合ってあげようと考えている。
 そこから出てた善意の言葉なので髪の毛を引っ張るだけで話は済ませる。
 ボケに対してツッコミをしたので、これでもう話題は流れた。終了だ。
 
 立ちあがって風呂場に向かう俺のうしろを何故かついてくる水鷹。
 脱がされたのでそのまま風呂に行こうと思っただけで何もするつもりになっていないが水鷹には通じない。
 俺の名前を呼んで様子を窺うように身体をゆらしている。落ち着きのない子供状態だ。
 
「俺がここにいるせいで欲求不満か?」
「じゃなくて、元気出していきましょうってことで」
「CMで聞いたことあるフレーズ」
「サプリとか栄養ドリンクだっけ? あ! マムシドリンクあるよ。大量ですぜ、旦那」
「死ねよ」
「違うって! 下半身いじりとかじゃなくて、親衛隊の子がダンボールでくれたから」
「……おい、水鷹。おまえそれ俺に出した料理に入れてたか?」
「まあ、ちょいちょいね。すっぽんエキスとかメチャ調味料っぽいし」
 
 味覚障害じゃないはずなのにクソマズイ料理を出してきた原因に納得した。
 文句がいくつも浮かんでくるのに正常に機能するどころか元気がよさすぎる水鷹が俺に合わせてマズイ飯を食べているんだと思うと口元がゆるむ。
 俺の機能不全の改善を考えつつ空回りして無意味でも自分を巻き込んで何も言わずに付き合っているのがなんとも水鷹らしい。
 絶対にカップ麺のほうがマシな味なのに水鷹の料理が一気に恋しくなるあたり俺はどうかしている。
 
「精力増量系のを飲んだらおまえのがヤバイだろ」
「ま、まあ……それはそうだけどさぁ。友情パワー的なそういうの? オレには満ち溢れてるしね?」
 
 もごもごと言いにくそうな水鷹の服を脱がしてやる。
 視線をさまよわせて分かりやすく落ち着きがない。
 
「ってか、いっしょにフロ入るの、初めて? 照れちゃうな〜」
「今更なに言ってんだか。意外に水鷹って裸に自信がないタイプだった?」
「藤高こそエッチの時に脱がないこと多いよ」

 服を着ているのは俺が水鷹と相手だけを残して去ろうとするところを引き留められて、というパターンが多いせいもある。
 裸の水鷹とその日のお相手と立ち去るつもりだったので普通に服を着ている俺。
 その三人でやり始めるわけだが思い返すとすこしシュールな光景だ。

「噛んできたりキスマつけようとするキチガイがいるからな」

 そのときのお決まりのセリフが「わたしだけ見て」とかそういうものだ。絶対に嫌だ。お断りだ。

「つけ爪で背中がひどいことになったりもしたねぇ。……藤高って粘着質なやつ引き寄せるよな」
「おまえか」
「オレ!? 爽やかボーイで有名なオレは当たり前にじめっとしないよ? ねえ、マジで? カラッとさんだよね!?」
「水鷹が爽やかとかねえわ。結構陰湿だろ」
 
 水鷹はたしかにナチュラルに無神経だがその軽薄なキャラクターを意識的に使うこともある。
 わざと何も知らないという顔をして自覚的に無神経な発言をする。あおっていくスタイル。
 相手の気持ちを逆なでる言葉選びはなかなかの性格の悪さだ。
 
「腰にタオルとか」
「しねえよ、いらねえ。洗濯物増やすな」
「藤高が主婦だっ」
 
 軽口を叩きながらまだ迷っている水鷹を浴室に入れる。
 風呂場に入ってしまえば湯船にアヒルを浮かべ出して入浴の準備をする水鷹。
 強く言われると従うあたりが甘ちゃんな三男坊らしさなんだろうか。
 
 いっしょに入るつもりはなかったけれど水鷹の気の済むようにしてやりたくなった。いつものことかもしれない。
 俺はどうしようもなく水鷹に甘くて、水鷹が喜ぶことだけをしたい。
 
 温泉や大浴場と違ってタオルで前を隠しているわけじゃないので、ゆるく勃起した水鷹の下半身が目に入る。
 気まずさや興奮を顔に出さないのは得意だ。
 気を抜くと笑いそうだがそれだってネタで流せる範囲だろう。
 俺は勃ちようがないから自虐ネタに発展することができる。リアクションがとり難いギャグほどその場の空気を凍らせて終わらせるのにむいたものはない。つまらないことを言って白けているうちに解散だ。
 
 水鷹の反応がキスの効果かそれ系のドリンク剤のせいなのか考える。
 俺の裸に興奮しているとか俺との入浴でああなったという可能性がないのは悲しいところだが、仕方がないことでもある。
 水鷹の好みは一貫している。
 
 適度にエロく雰囲気清楚か真面目で後腐れなく付き合える小奇麗で小柄な人間。
 乱れすぎて声が大きかったり大げさな演技をするようなやつは嫌い。
 ある程度は妥協できてもこれだけは守らないとダメだという好みは誰にだってある。
 胸のサイズでも尻の形や太ももの脂肪のつき方でもなく水鷹は目に見えない基準を使って相手を測る。
 結果として水鷹が相手を本当に好きになるよりも先に相手に嫌われたり幻滅されて交際は終わるし、肉体関係だけの場合は俺込みになる。
 
 長い付き合いだが水鷹の目に見えない基準は俺にすら正確には分からない。
 ただ見た目で選ぶ相手は全部、俺とは似ても似つかないのでもしかしたら奇跡が起こるんじゃないのかなんて期待できない。
 好きだと水鷹が思ってくれているのはわかる。あくまでも一番の友人として。
 
 成就しない、誰にも告げることもない恋はむなしい。それでも愛情は色褪せてくれない。
 
 
 浴室に入ると照れもなく水鷹は俺の下半身をジッと見る。
 
「泡って、しみる?」
「平気だけど……」
 
 トイレで痛むことはないので俺の下半身は物理的に再生不能な状況にはたぶんなっていない。
 そう思いたいだけかもしれないし、痛みに気づいていないだけかもしれない。
 基本的にあまり考えたくはないのでトイレの回数だって減った。水鷹の作るものがクソマズイことを抜いても食事量は確実に減ったかもしれない。
 
 目覚めてから事情や病状を話した医師の言葉は俺の耳を素通りしたが水鷹は聞いていた。俺の細かい状況をたずねたら教えてくれるかもしれないがそうすることはない。今の俺にはそれを聞く勇気はない。直視する必要もない気がした。少なくとも今のところはないということにしておきたい。
 
 俺は何も変わらない、いつもの俺だと思っている。
 引きずりすぎることじゃない。
 
 今なら下ネタにも軽く乗れそうな気がするし、いつものように無視しそうな気もする。
 俺に猥談を仕掛けてくるのは、ほぼ水鷹だ。そして、俺が水鷹に本当の意味で怒ったりすることはない。
 だから、俺は大丈夫だとそんなことを思っていた。
 水鷹に下半身を洗われるまでは。
 
「何してんだ」
「ご奉仕するにゃん」

 泡だらけの手を顔の横に持っていって猫っぽく動かす水鷹。
 腹がたつほどあざとい。ムカつくが似合う。
 
 風呂場の椅子に座った俺の股間に水鷹が丁寧に泡をつけていく。
 以前なら水鷹に触られていると思うとそれだけで勃起しただろうが今は無反応。
 
 失ったものの大きさを感じながらも俺の意識は水鷹に向けられていた。
 
 後ろから俺を抱きこむようにするには水鷹の手は長くなかった。
 正面からではなく少し横から手を入れるようにして内ももや股間に泡ごしで触れてくる。
 水鷹の気遣いの仕方はわかりにくいが俺に対してはいつでも的確だ。
 正面から来られたら反射的にシャワーヘッドで叩いた気がする。
 照れ臭いとか恥ずかしいとかそんな単純な感情じゃない。
 何かが変わっていきそうな気配をへし折りたい。
 
 今までずっと女越しか男越しに裸で向き合っていた。
 ふたりでいる時は裸になることもなく対戦ゲームをして終わりだ。
 三人なり四人なりでセックスが始まっても俺たちだけで始めることはなかった。
 それが友達の距離感なんだと今まで思っていたがそれは俺が勝手に境界線を引いていただけかもしれない。
 
 行為の前後のことは女でも男でも水鷹はノータッチだ。
 だから、今のように他人の身体なんて洗うのは初めてなんじゃないだろうか。
 たどたどしい水鷹がすこし微笑ましい。
 
 水鷹が荒っぽかったり無神経な言動をとったことをフォローするなんてよくあることだ。
 彼女あるいは彼の戸惑いや困った雰囲気に手を貸すことはよくある。本来は水鷹が察するべきところだがわざとか気づかないからか無視を決め込むことがる。簡単にいうと乳首を気持ちがいいから触ってほしいとか腰だけ振らないで愛撫しろみたいな訴えを口にしてもしなくても聞き流すのが水鷹だ。抱いている相手よりも自分が気持ちよくなることを考えている。
 
 シャワーのアフターフォローは男に多い。
 化粧を落とした顔を見られたくない女は多いので入浴までいっしょにするのは殆どない。
 それでも脱衣所で俺が声をかけると優しいと大喜びしてくれるし時には湯船に浸かりながら今後の話なんかをする。
 
 男と風呂に入ることが多いのはゴムを使わなかった場合の処理を浴室でするからだ。
 水鷹の親衛隊で居続けられないと泣いたり、ヤリたりないと俺を誘ってきたりと風呂場は俺にとっての二回戦の試合場。
 そう考えると風呂場は性的なものを連想する場所でもあったのかもしれない。
 
 ここ五日間、朝にシャワーを浴びるぐらいしかしていなかった。
 夜に風呂に入るのをなんとなく避けていた。
 その自分の反応からも意識的に考えること自体、逃げていた。
 
 自分の弱さを見ないで強がるのは俺の得意分野だ。
 水鷹はベッドのシーツを初等部かと思うようなアニメのキャラクターがプリントされているものに変えていた。
 思い出すといつも薄暗く設定して間接照明をメインにしている寝室の照明も明るいものに変更されている。
 
 思い至ると水鷹が俺に合わせて変えたことはひとつふたつじゃないかもしれない。
 俺の変わってしまっている部分もまたひとつふたつじゃないだろう。
 目につく日常とは違うところがクソマズイ料理だっただけで他にもいっぱい探せばあるんだろう。
 俺が見ないふりをしている全部のことを水鷹は突きつけてきたりはしない。 
 そこに気づいてしまうと胸がいっぱいになる。
 弱っているからこそか染みていく。
 
 愛が深まるたびに水鷹がただのバカで考えなしの無神経クズだったら良かったと何度となく思う。
 
 バカでクズで無神経な下半身がだらしないのは間違いないがそれだけの男じゃない。
 最低で最悪なだけだったなら嫌いになれたし離れるのは簡単だった。
 明るく軽く自分本位で人のことなんか考えないでいるようでいてきちんと見ているらしい水鷹のことを切り捨てることができない。自分が被害にあってすら俺は過去を後悔できない。水鷹と出会えてよかったと思っているし、水鷹のそばにいたいと思ってる。
 
 勃起しないからこそ友情は壊れず、水鷹が風呂場で近くにいるんだと思うと得した気分にすらなる。
 感謝したいとまでは言わないが損ばかりではないことが俺の気分を向上させた。
 自分の下半身を見つめたら情緒不安定になるかと思ったがそうでもない。

「藤高の息子は、なでなでしても大きくはならんねぇ」

 しみじみといった様子で余計なコメントをする水鷹の頭にシャンプーをぶちまける。
 目に入れないように泡だてて髪の毛を変な形にしてやる。
 鏡で自分の姿を確認して水鷹が「オレ、どんな髪型でもイケてる」と笑う。バカだ。

「念入りだな。使ってないから汚れてねえぞ」
「藤高の息子はオレの息子みたいなもんだから、いいこいいこ」
「それ、リアル息子にも言いそうでキモいな」

 生まれるはずのない子供の話ほど空しいこともない。
 それでも普通の友人同士ならこんなものだろう。

「藤高のこどもは女の子のイメージがあるなぁ。『馬になりなさい』って言ってくるから四つん這いになると『ホントにしないでよ、バカ』って蹴られるのよ。オレが大袈裟なリアクションとると焦って藤高呼んだりしてさぁ」
「理不尽なバカじゃねえか」
「めちゃくちゃかわいくねえ? ズボンもミニスカは絶対履かないでロングスカートを両手でちょっとあげたりして蹴ってくんの」
「足癖悪い女とかかわいくねえよ」
 
 水鷹のツボはさっぱりわからない。
 扱いやすい女がタイプとはいえ俺の娘に自分の好みを押しつけたりしないらしい。
 親友の娘は自分の娘と同じようなものだから恋愛対象として見ていないのかもしれない。
 
「藤高のことは『お父様』なのにオレのことは『水鷹』とか機嫌が悪いと『スリー』とか言ってくるのよ。どっちかって言うとウォーターだってのに、ははっ。うける」
 
 自分で言って、自分で受けて笑いだす水鷹。寒い奴だ。
 水鷹は最初に三男という知識と駅名や地名などのイメージがあるから三鷹と脳内で変換してしまう。
 
「覚えてないだろうけど藤高はオレへの第一声」
「三じゃなくて水なのか、良い男だからか?」
 
 昔の記憶を引っ張り出して口にする。
 水も滴るいい男なんて言葉を思い浮かんで茶化したのだ。
 目を丸くした後に水鷹はすぐに「そっちのが色男でしょうがっ」と返してきた。
 
「オレは藤高よりも格好良くなりたかったんだ」
「なに? 自信なくしてんの?」
 
 暗い声を出す水鷹に焦って俺はシャワーを最大限まで出してしまう。ひねりすぎた。
 飛び散る水しぶきに鏡がくもっていく。
 となりを、少し下をむけば水鷹の顔は見えるはずだったが俺の顔は正面に固定されている。
 空気の異変に対応できない。
 
「ごめん。でもちゃんと言わないといけないと思った」
 
 心臓が止まりそうな気持ちに反して鼓動が早鐘を打つ。
 水鷹が俺の手を握る。
 何かと思ったらシャワーを下半身に当てただけだった。
 俺の手をつかんだというよりもお湯が出ているシャワーを操っている。
 泡を流そうとしただけだ。それだけのことだ。
 肩の力が抜けそうになったが「聞こえないふりをしないでくれ、マジだから」と水鷹は言う。
 
「楽しい話をした後だけどさ、藤高には子供を諦めてほしい」
 
 一瞬たりとも想像していなかった言葉を聞かされた。
 何を言われるのかと構えていたのに肩すかしに終わる。
 緊張感は泡といっしょに流れて行った。
 
 加害者である水鷹からすれば大問題かもしれないが俺からしたら別に最初から女との結婚なんて予定にない。
 水鷹のフォローで生涯を終えていい。
 
 竿がダメになっても睾丸が精子を作っているから子供自体は作れると聞いた気がするが俺の場合はそれも無理なんだろうか。
 シャワーの水圧にも無反応な俺の股間を水鷹は悲しそうな顔で見つめる。
 水鷹の頭に俺が泡だてたシャンプーの泡が落ちてこようとするので「流してやるから目をつぶれよ」と声をかける。
 
「子供を諦めて、なに? 水鷹が俺の老後の面倒見てくれるって?」
「うん、まあそういう話をしてんだけど」
 
 俺にシャワーを流されながらという状況が不服なのか水鷹が「真面目に聞いてくれないと泣いちゃうぞ」と唇を尖らせる。
 軽くシャワーヘッドで頭を叩いて「かわいこぶってんじゃねーよ」と笑うと「格好いい系ですから」と自分で言い出した。さすがは自称他称でクソナルシスト。
 
 整髪剤を洗い流してぺしゃんこになった頭の水鷹はチャラチャラとした軽薄な雰囲気からは離れて意外に幼く見える。
 俺がむかしに渡した安物の青い石のピアスを指でいじりながら「藤高はオレを好きってことでいいんだよね」と自信のなさそうな声を出す。
 いつもは自信満々に両思いの親友同士とアピールする水鷹とは思えない言い分だ。
 
「藤高の親御さんが学校辞めさせたいって」
 
 転校ですらなく辞めさせるときか。
 言いそうなことではある。
 風紀委員長から聞いたときの気分の悪さはない。
 気持ちは安定している。
 
「オレは、勝手だけど……藤高と離れたくない。離れたくないよっ。……だから」
 
 シャワーを止めて泣きそうな水鷹の頭をなでてやる。
 嗚咽をこぼす水鷹を抱きしめてやると浴室の濡れた床に押し倒された。
 
「いいよね、藤高」
 
 安心したことによって完全に勃起したのか真面目モードから発情した雄に水鷹は顔を変えていた。
 この段階になっても「おまえ、本当に俺を抱く気か?」と問いただしたい気持ちがある。
 言ったら悩んで萎えられるかもしれないので言えない。
 
 ちいさく頷けばキスをされる。荒々しくなりそうなところをなんとか踏みとどまろうとする意思を感じたので気にするなと舌を絡ませて水鷹の頭を引き寄せるようにする。
 お互いに呼吸がわかっているので前歯をぶつけるような初歩的なミスはしない。
 
 水鷹に抱かれるなんてありえないことだと思っていた。
 いくら近くに居ても水鷹から声をかけられたらついてくる人間はいくらでもいる。
 性処理の相手なんて俺じゃなくてもいい。
 
 飢えていても俺に手を出すほど困る日なんか来ない、そのはずだった。
 じゃあ、今日は例外の日なんだろうか。どうなんだろう。

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