▽ ぼくと藤鳥さんと……
藤鳥さんのたぶん親指がぼくの中に入っていく。
ふたつに割られる桃の気持ちになると言ったら藤鳥さんは笑った。
藤鳥さんの笑い方はクラスの男子がするような人を馬鹿にするものじゃない。
委員長が呆れをにじませて遠い目をしているのとも違う。
父がぼくに向ける微笑みに近い気がする。すこしくすぐったいけれど、悪い気はしない。
指が出し入れされるのが分かっても父のような声はぼくから出てこない。
気持ちよくはないと口にしたら藤鳥さんは一言謝って指はいったん抜いた。
どうするのかと思っていたら、ぬるっとした感触。
慌てて見ると藤鳥さんの頭がぼくのお尻にくっついていた。
たぶん、藤鳥さんにお尻をなめられた。
藤鳥さんのお腹が痛くなっても責任とれない。
ぼくがどう言うべきか悩んでいたらお尻の穴をぬるぬるしたものが出入りする。
舌が抜き差しされる感触がこんなものだとぼくは知らなかった。
藤鳥さんに戸惑いはないから大人は普通にしていることなのかもしれない。
違和感にそわそわと落ち着かない気持ちになっていたら固いものがお尻に入ってきた。
藤鳥さんの舌が急に固くなったわけじゃなく指だ。さっきの親指とは長さが違う。奥まで入ってきて少し怖くなる。一本でもキツイと藤鳥さんが困ったように口にするのでぼくは首をかしげた。
「太くて大きいモノで身体の中を満たされるのが気持ちいいんですよ。お父さんなんか分かりやすいですね」
「大人はみんなそうしてるんですか?」
「素質がある人だけ、特別です」
特別っていうのは良い響きだと思う。
クラス委員長とか若頭とか組長なんていうのもぼくからすると格好いいものに見える。
肩書には責任があるから格好いいばかりじゃないのは分かる。
父はぼくの父だからぼくに対してご飯を作ったり生活の面倒をみる義務がある。
それは大変なことなんだと子供だけれどぼくも分かっている。
「ぼくは心の広い寛大な人になると決めています」
「そうなんですか」
「だから、共感しようと思っています」
「共感ですか……お父さんの気持ちをわかるようになりたいんですか?」
「氷山の一角分ぐらい」
口にしてから角砂糖一つ分が正しかったかと少し考え込むけれど藤鳥さんはぼくの言いたいことが伝わったらしい。
優しいですねと言われてお尻に入ってくる指を増やされた。
藤鳥さんは微笑みながら勉強や礼儀作法なんかは実はスパルタだ。
委員長が優秀なのは藤鳥さんが厳しくあれこれ教えているから。
それならぼくにも手厳しいんだろうか。
「えっと、ぼくは理論から入るタイプなので安全が保障されないとダメです」
「……そうですね。安全は大切です」
「とりあえず父を観察してぼくも平気そうなら進めていくのがいいと思います」
「その通りです。お父さんの気持ちを理解するにしても体がついていきませんから、ゆっくり進めましょうね」
組員さんの耳元でなにか囁いただけで泣いて土下座させることができる藤鳥さんだけれど、やっぱり優しくて良い人だ。ぼくは体力がないから父のように汗だくになって気持ちがよくなるとは限らない。ぼくにはぼくのペースがある。マラソンで最後尾だって別に恥ずかしくない。
「父に何も知らない癖にって言われるとムカッとするので口裏を合わせてくださいね」
「はい、もちろんです。折を見てお伝えしておきます」
実のところ自分の行動や言い分の意味をぼくは分かっていない。
お風呂から上がって委員長に口裏合わせをお願いしたら溜め息を吐かれてしまった。
指しかお尻に入れたことがないのが根性なしだと思われたんだろうか。
藤鳥さんに相談したら指以外も入れればいいと提案された。藤鳥さんは本当に頭がいいと思う。
父の治療に使う用にちょっとした道具をセットで持ってきているというのでぼくは早速、夜に使うことを決めた。
ちゃんと藤鳥さんが見ていてくれるというから安心安全だ。