040 寝起きに頭脳労働はつらい
身体がだるくて筋肉痛なのか節々が痛い。
風邪を引いたのかと首を傾げていたらBがお茶をくれようとした。
まだBがいたらしいことに俺のテンションは下がる。
俺を実験動物だと思っている人間から何かを貰おうとは思えない。
無言で拒否しているとA兄さんが野菜か果物っぽいものをくれた。
言ってしまうと紫色のバナナ。艶々しているあたりナスを思い出す。
先っぽに歯を立てて中身を吸うんだと教えてもらったので試しに先端に歯を立てると勢いよく中身が出てきた。
中身は白濁のどろりとした液体。顔にかかったものが口に入ってきたので舐めると甘い。
バニラアイスではなく杏仁豆腐的なちょっと鼻にくる独特な匂いがあるけれど普通に美味しい甘み。
甘いものって必要だーと思いながら俺はちゅうちゅう紫の細長いものから中身を吸う。
顔についたものはA兄さんがハンカチでぬぐってくれた。
二つ目を勧められたので喜んでもらう。
今度は失敗せずに食べられた。
Bが俺が口に含んでいる場所とは反対を掴んで押した。
勢いよく出てくる中身に当然むせる。
なんで、こんな嫌がらせをしてくるんだと睨みつけると熱のこもった目で見られた。
怖いのでA兄さんを盾にした。
「汚したい顔してるって言われるっしょ」
不本意ながらよく言われるが意味はさっぱり分からない。
Bから距離をとりたがる俺に配慮したのかA兄さんから床に座るように言われるB。
落ち着かないのか貧乏ゆすりを始めるBは精神年齢が幼いタイプかもしれない。
好きなことだけをしたいからこその研究者なんだろうか。
汚れた顔はA兄さんにまたふいて綺麗にしてもらった。
ついでのようにベロチューされたことは何も考えないことにする。
気持ちよかったけどそれを含めて考えない。
俺のキスの価値が暴落してしまったけれど、よく考えると俺の精神的処女をすでにA兄さんに奪われた気がする。
挿入はしてないと言われたけれど気分的に犯されたようなものだ。
俺のキスも尻も安くないのに!!
「中断してしまったが……続きをいいか?」
どこから話が始まるのかとドキドキしていたけれど俺のやらかした事には触れずにいてくれた。
A兄さんが気配りができる人で良かった。ズレてるところはあるけど基本的に信用できる。
ベルトヤカとして知っておくべき事としてA兄さんは以下のことを教えてくれた。
その間Bはハァハァ言いながらうずくまっていた。
どこからどう見ても変態。
A兄さんがチンコをいじるなと言ったから妄想だけで達する試みをしているらしい。
ツインテールが乱れに乱れてぼさぼさで残念なことになっている。
触らなきゃいいってもんじゃない。変態すぎて気持ちが悪い。俺の目の前でやる必要など、何処にもないだろう。勘弁してくれよ。
ともかくA兄さんから聞いたことから分かったのは俺の中にある知識を全面的に信用することが出来ないというものだ。
騙されたとかじゃない。
俺の知っていることは現在の常識よりも少し古い。
所詮俺にはチートも何もないと言うことだ。
いいんだ、いいんだ。拗ねてなんかないもん。
ベルトヤカは境界という名前の王国(?)の掃除屋さん。
掃除屋さんは清掃業という名の殺戮がお仕事。
とはA兄さんは言わなかったけど、きっとそうだと決めつけておく。
Bも物騒な言葉を連呼していたしDの言い方からしても海外で銃を携帯している警察官みたいなものだと思っておく。必要なら武力行使は賛成派だ。人は思った以上に動物的だから抑止力はないといけない。目の前で人が死んだらまた別かもしれないけれど話を聞く限り俺はベルトヤカが行う死刑を反対する理由がなかった。
ベルトヤカの行動を止められる存在はいない。
王様も他国もベルトヤカというだけでどんな行動も見逃している。
理由はメモリリーク。
台風(?)と共に起こる神隠し現象。
境界という王国の存在理由。
これは災害対策本部を取り潰したり、素人が救助活動を邪魔しちゃダメって事と同じで境界は機関であって王国というよりも国を問わずに支援する組織だという認識が分かりやすい。
国と国との境界線に陣取った細く長く転々とした集落を繋げた場所。
そしてベルトヤカは『永遠』という概念の擬人化(?)である吸血鬼の模倣。
つまりは生きた歴史書という扱いもあってどこでも特別待遇らしい。
この辺りはよく分からないけどファンタジーってことで考えるのをやめる。
そして、Bが口にするベルトヤカの困ったことは『永遠』として名前を挙げている|十七夜月《かのう》さん以外にいわゆる八尾比丘尼の伝説、人魚の肉を食べて永遠を生きることになった人の話なんかがあるのに兄弟の大半が八尾比丘尼に理解を示さず|十七夜月《かのう》季史さんを知っているということ。
兄弟間で持っている記憶が違っていてその順番もあやふやで中には嘘もあるから指針となるべき長生きしている人間と話をしたいと思っているらしい。
本当はアルファベット順に記憶を持っているのがベルトヤカらしい。
A兄さんだけは長男として少し特別で記憶というよりも目次とか目録な扱いで深い知識はなくても単語は知っているという。
少しややこしい。
このあたりの記憶の整理にA兄さんは俺が取っ掛かりになると考えていてBも同じ意見らしい。
その理由は聞くよりも見た方が早いと言われたのでいずれ知るんだろう。
Bに言われたご神体というのもきっと関係しているかもしれない。
これが俺にとっていいのか悪いのか気になるところ。
ファンタジー的な謎理論がどうにもイマイチ理解が出来ないけれど、それはそういうものってことで、理解は棚上げ。分かることがあるならいつか分かるだろう。
ベルトヤカの生きた歴史書としての機能は邪教によって阻害されているから現在は邪教を滅ぼすのがお掃除屋さんのメインの仕事。
Bいわくベルトヤカに対する敵対行動というよりも記憶に濁りを与えた原因が邪教。
貸し出された本に傷をつける人たち。
A兄さんは意思の総体がどうとか言っていたけれど精神論なのか物理現象なのかよくわからないのでやっぱり保留。
邪教は固定の宗教団体というよりは個人で盛り上がって放っておくと増えていって集団に変わっている人たちらしい。話だけ聞くとゾンビとかのホラーを連想する。
このあたりも俺が想像する新興宗教とはちょっと違っていてよく分からない。
A兄さんは精神の汚染だと言っていた。
Lが実際に酷い目にあわされたことからもイメージ的に秘密結社みたいなのを想像しておく。
そう言えば蜜鳩は邪教探しをさせるために泳がせているとDは言った。勇者になりたいならなればいいと言い捨てていた。
ほぼ確実に邪教への勧誘が蜜鳩を含めて生徒会メンバーに来るらしい。
それならばBも俺を餌にしようとしなくてもいいはずだと酷いことを思った。
すでに俺以外が餌として確定してるなら俺を使う必要なんかないだろう。
兄弟の間で方針が違っていてケンカになったりするのは仕方がないことかもしれないけど、考え方の違いで済ませるには大きな問題だ。
赤滑くんはしばらく座学で引きこもりだから関係ないっていうのはちょっと安心したけど蜜鳩は大丈夫なんだろうか。
大丈夫なら大丈夫で俺が危険になったりするのか?
「彗星が一番理解しておくべきなのは……考えられることは現実に起こりえるということだ」
「えっと??」
「白雪姫がどんな話であるのかBが聞いていただろう」
「いろんなパターンがあるよね。出版社によって表現規制とかあるし」
「乱暴な言い方をすると白雪姫の話は史実だ。そして、幾通りもあるということはパラレルワールド、平行世界の示唆になる」
『多重世界の中に隠されるからこその神隠し。可能性があるというだけで空想は現実になる。……でも、永遠は揺るぎない。十七夜月季史は正しい世界にしか存在しない』
忘れないように、怖がらないように、戸惑わないように。
俺の進むべき道を示す言葉。
『自分が今いる場所が夢なのか現実なのか分からなくなったなら彼を探すといい。彼が居るのならそれは現実であり「正史」だ。彼は可能性の世界には存在しえない。偽物の中にはいない。複製できない存在だからね。多世界がいくら広がりを見せたとしても現実はたったの一回だけ。世界がもう一度同じことを繰り返したとしても彼が居る限りすべて打ち消される。彼が通った道こそがたった一つの現実だからだ。時間を巻き戻らせてもその中に彼はいないんだ』
難しいことばかり言う。知らないことばかり言う。
そんなのおかしい。俺と話しているようでいて俺のことなんかどうでもよく捲し立てる。
俺の未来を語る言葉。俺のための、俺に宛てた言葉。
一方的に受けとることしかできない優しさに俺は生涯報いることがない。
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