鳥は嘘吐きだと*


※暴力的な表現がございます






 その少女は、まるで花びらが風に乗せられて舞い入るように、突然やってきた。




「直哉。彼女がお前の婚約者だ」




 婚約者という名の駒やないか、と直哉は幼いながらに思った。彼女の能力が、いったい直哉にとってどれだけ利用価値のあるものかはわからなかったが、父からの「上手く使え」という言葉に、ただ頷いた。こんな駒がおらんくても俺は当主としてやっていける、そんな思いからか、直哉は然程、なまえに興味はなかった。しかし、大人に群がられ、身体を傷つけられ、段々とその目から光を失っていく彼女を見かけるたびに、直哉はなまえのことを気まぐれに、時には溶けるように優しく甘やかし、時には体の内側に沸く苛立ちをぶつけるかのように粗雑に扱うようになった。




「…君、その腕。痛い?」
「…、ッ」
「これやるわ」
「…ありが、とう…ございます」
「金平糖。」




 小さな手のひらにころりと転がる、青や紫、桃色の金平糖。その瞬間、彼女の目は柔らかく光を灯し、「綺麗」と頬を綻ばせた。直哉にはその光景こそが、何故だか、綺麗だと思えた。




「大人にいいように使われて、可哀想やなぁ」




 なまえの腕は採血や切開された傷で、常に包帯から血が滲んでいる。そのあどけない顔は、頬は腫れ、所々に痣が浮かび、唇の端は切れていた。それは、昨夜、直哉から受けた痕だった。直哉がその痣に触れようと手を伸ばすと、なまえは咄嗟に顔を反らし、きゅっときつく目を瞑る。




「…ふっ、使う側になれへん奴は惨めやなぁ。でも大丈夫。俺が上手く使ったるから」




 顔を上げたなまえの目には、不安や恐怖が滲んでいるように見えた。直哉にとって、彼女が生きようが死のうが、泣こうが笑おうが、関係ない。しかし、先程の「綺麗」と微笑んだ彼女の顔は、初めて「美しい」と思えた。彼女は甘いものが好きなのだろうか、それとも、色とりどりのキラキラとしたものが好きなのだろうか。またあの横顔を見てみたい、と思った。出来るなら、自分の手で彼女を




「なぁ」
「…は、い」
「君にとっての俺は何やと思う?」
「私に…とって、直哉さんは、」
「おん」
「私の、ぜんぶ、です」
「全部?」
「私には、もう、直哉さんの婚約者というお役目以外、何も、ありませんから」




 直哉はその目を細めて、ハッと息を吐くように笑った。
 そう。全部、俺が壊したる。その目に滲む恐怖や不安すら、そのすべてが、無くなってしまえばええ。喜怒哀楽、彼女に与える感情のすべては、俺からであってほしい。俺を映さない瞳なんて、いっそ潰してしまえばええ。そうして俺は、彼女の母親を利用し、一生消えない傷を与えた。彼女が俺のことを、片時も忘れることがないように。




 直哉は、涙を零すなまえの瞳に、自分を映した。その夜は、初めて彼女を抱き、とびきり優しく扱った。直哉が知りうる限りの行程を経て、できるだけ時間を掛けて抱き、その頬や髪を撫でた。彼女は涙を零しながら呻いていたが、翌朝には、まるで感情を失ったように静かに従順になった。あの美しい、綻ぶような笑顔を見ることはなかったが、それでもいいと思った。







「なまえを東京に?」
「五条家の跡取りに探りを入れさせる」
「…そんなん、俺が直々に行ったらええ」
「彼女の術式が格上に使えるかどうかの良い判断にもなる。決定事項だ」




 直哉は苛立っていた。なぜこんなにも苛立つのか、直哉自身もわかっていなかった。なまえを監禁している部屋へ足を踏み入れ、彼女を羽交い絞めにするかのように馬乗りになる。なまえは霞ゆく視界の中で頬に鈍い痛みを感じ、それが直哉に殴られたことによるものだということを理解した。直哉はなまえの動きを封じたまま、立て続けに殴打する。なまえの身体が微かに震えていた。直哉がなまえの首を絞めると、なまえが身体を捩ってどうにか逃れようとするも、直哉の腕力を振り切ることなどできるはずもなく、身動き一つできず、そのうち、眉根を歪めて動かなくなった。




「君、東京の高校に通うんやって」
「…っ、う、ゲホ…ッ」
「命令や。五条家の跡取り、五条悟君に、術式を試してき」




 唐突に告げられたその言葉がなまえに届いているかどうかなど、直哉にはどうでもよかった。はだけた浴衣の襟元からなまえの胸が露わになり、直哉は強引になまえの顎を掴むと、まだ呼吸が整わないまま、その唇を押し重ねた。着物の裾を割って、直哉の骨張った手がなまえの太ももを撫でる。口元から首筋に伝った唇は、襟元から露わになっている彼女の鎖骨へと移り、思わず漏れ出たなまえの湿った吐息に、ふっと笑った。




「薬で頭おかしくするのもええけど、そんなんなくても、君のこと気持ち良くできんねんで」
「なおや、さ、」
「悟君とセックスするなら、”普通”のやつも、覚えよか」




 耳元で囁かれたその言葉に、なまえは脳がどろり、と溶けているような感覚を覚えた。直哉の指が、なまえの浴衣下の柔肌を撫でる。そのまま胸の突起をゆるりと摘まめば、なまえは息を漏らし、唇を噛んだ。




「唇、噛んだらあかんよ」




 再びキスをしながら、直哉は邪魔くさそうになまえの浴衣を剥がし、彼女の秘所へ指を這わせる。弱い部分を指先で上下させ、ぐっと擦るように押し込められれば、重なった唇の端から、「っ、あ」となまえの声が漏れでた。荒々しくも、まるで彼女を知り尽くしたような愛撫に、なまえは思わず、苦しげな声で直哉の名を呼んだ。その瞬間、直哉は目を見開き、大きく膨らんだ下半身をなまえの太ももに擦り付ける。




「腰、揺れてんで」




 こんなにも優しい直哉の声を、なまえは知らなかった。腹の内側を突き上げられるような感覚に、思わずなまえの息が詰まる。まるで飼い慣らすことのできない欲望が溢れるかのように、なまえの中で直哉のそれがどんどんと質量を増していくのがわかった。うまく呼吸ができず涙を零したなまえをみて、直哉はふっと笑ったが、その表情は何処か余裕はなさそうに見える。なまえも眉根を寄せ、唇を噛むことで何かを抑えているように思えた。




「せやから、唇、噛んだらあかんて」




 直哉が、まるで貪るように上下に動くと、なまえは苦しげ声を漏らし、その途端、痺れにも似た快楽が彼女の身体中を走った。全身を駆け巡る快感に、視界が煌めき、堪らず声が漏れた。直哉は腰の動きを止め、「なあ」と呼びかける。



「悟君は、どんなセックスしてくれるんやろなぁ」




 直哉は面白がるように喉を鳴らした。その後、格子窓の向こうに広がる空が白み始める頃まで行為は続いた。何度も気をやるなまえの頬を直哉はそっと撫で、唇を落とす。その頬は腫れ、痣が浮かんでいた。










 あれから、どのくらいの時間が経っただろう。東京の呪術高専に行った彼女が、大怪我を負い、戻ってきた。五条悟に彼女の術式が効くかどうかなど、直哉にとってはどうでもよかった。しかし、規格外の五条悟が少しでも彼女に情を抱けば面倒なことになる。彼女の痕跡を消し、その呪力が少しも漏れ出ることのないよう、いつものように屋敷の奥にある小部屋に閉じ込め、結界を敷いた。




 その日、屋敷の廊下を歩いていた直哉はふと足を止める。雨上がり、屋敷にある小さな庭園では紫陽花が美しく咲いていた。
 直哉にとって紫陽花など興味はなかったが、いつかの、金平糖を綺麗だと微笑んだ彼女の顔を、また見たい、とふと思ったのだ。




「たまには散歩でも行くか?」




 驚いたように目を見開く彼女の手を引き、直哉は色とりどりの紫陽花を咲き誇る小さな庭園へ彼女を連れ出す。一切の光を映さなくなっていた彼女の目に、柔らかな光が灯っていく




「…綺麗」




 彼女の柔らかい微笑みなど、幼い頃に見たのが最後だった。見たいと思っていたはずなのに、何かが彼女を変えてしまったのではないかと、直哉の脳裏にあの青い瞳がよぎる。他人には興味のない直哉だったが、悟の他、彼女の同級生として行動を共にしていたであろう傑や硝子のことは書面上で知っていた。
 



「…会いたいな」
 



 雨で濡れた地面に蝉が仰向けに転がり、じじじ、と弱々しく音を鳴らしている。直哉は胸の奥から沸々と染み出す苛立ちをぶつけるかのように、地面に転がって事切れた蝉を蹴飛ばした。

 頭がおかしくなりそうや。あのとき、彼女が目覚めたとき、悟君も他の奴らも、みんな死んでもうたって嘘をつけばよかったんや。君のせいで、全員死んだ、と。













(2023.12.05)









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