太陽は眩しすぎると *


※一部、暴力的な表現がございます。







 見慣れた殺風景な景色がそこにはあった。じっとりとかいた汗に着ていた服が纏わりつくようで、大層気持ちが悪かった。なまえは傑との任務中に意識を失ったことをふと思い出し、うまく動かない指先でゆっくりと身体を弄れば、至る所に治療の跡がある。その爪先には赤黒い血がこびり付いていた。

 畳が擦れる音がする。灯り一つない部屋の中では、月明かりだけが頼りだった。唯一、外の世界と繋ぐ窓には鉄格子がはめられており、月明かりが照らしたのは、禪院直哉の金色の髪。彼はなまえが横になっている布団の前で壁に背を持たれるように座り込み、まるで観察するかのようになまえの顔を覗き込んで「死にかけたんやって?」と嘲笑うように尋ねた。なまえは否定も肯定もせず、ただ「申し訳ございません」と、ほとんど囁くように答える。ふらふらと起き上がろうとするなまえを制し、「ええよそのままで」と彼女の頭をふわりと撫でる。その優しい行為とは裏腹に直哉の目は冷たく、嘲笑するかのように片方の口の端を上げた。




「君、五条家の跡取りを籠絡しにわざわざ東京行ったんやろ?死んだら意味ないやん」




 なまえは目だけ動かして、頬杖をついて座り込んだ直哉を追う。身体がうまく動かなかった。まるで金縛りにあったかのように直哉をただ見つめる。その顔には、恐怖も悲しみも、何の感情も浮かんでいない。直哉は「つまらんなぁ」と零し、なまえの上に跨ってその手首を掴むと、まるで見せびらかすように輪状の呪具をひらひらと翳した。なまえは目をかたく瞑る。直哉が慣れた手つきで彼女の手首に呪具をはめ込むと、その途端、なまえは痛みに顔を歪めた。




「痛い?お前の術式、発動されたら面倒やから」




 なまえはゆっくりと目を開く。

 その呪具は呪力や術式を抑え込むもので、抑え込む力が大きいほど装着する術者に痛みを与える。禪院家が欲していたはずの彼女の術式は、とある日を境に、常時この呪具で封印されてきた。なまえには、この痛みのすべてが皮肉のように思えた。




「任務先で君の呪霊が暴走。誰も死なんかったみたいやけど」
「誰も、死ななかった、んですね」
「禪院家の監視を条件に君は死刑にならずに済んだんやで。よかったなぁ」




 なまえは誰も死んでいないという直哉の言葉に胸を撫で下ろしていた。術式を展開する直前、傑がなまえに触れた手の感触が未だに残っている。傑のことを考えると、なまえは頭蓋の内側がじくじくと痛むように感じ、視界が揺れた。
 夏の虫が鳴いている音がする。しかし、なまえにその音の出処を確認することなどできない。禪院家では、この部屋から許可なく外出することは許されないからだ。




「どうやった?悟君は」
「…私の術式では、彼を操ることなど…到底できませんでした」
「役に立たんなぁ」
「…申し訳ございません」
「で、どこまでした?」
「…どこまで、とは」
「セックス」
「…唾液の交換、のみです」
「へぇ」
「…」
「残念やったなぁ。五条家の跡取り息子と子作りするチャンスやったのに」
「私の婚約者は、直哉さん、です」
「よぉわかってるやん。...悟君とヤっとったら、君のこと殺すところやった」




 直哉の言葉に目を見開く。そんななまえを直哉は見下げながら、彼女の着ていた浴衣を剥ぎ取ると、剥き出しになった両足を持ち上げる。




「待って、…」
「俺に指図すんなや。カス」
「…っ」
「今回はあんまり上が五月蠅いから君を悟君のところに送り込んだんやけど…とりあえず足でも折って一生出られんようにしたろかな」




 なまえは湧き上がってくる言葉を胸の内で殺しながら唇を噛み、かたく目を瞑った。ここで何かを発すれば、彼は本当になまえの両足をへし折り兼ねない。




「…はっ、冗談やて。その顔、興奮するわぁ」




 直哉はそのままなまえの両足を肩へ掛け、熱をもった自身を一気に差し入れた。畳が擦れる音が、まるで部屋中に響いているように感じる。少しも濡れていないなまえの秘部は軋むようで、じくじくと不快な痛みが襲った。
 格子窓に映る月を眺めながら、なまえはうっ、と苦しげに吐息を漏らす。直哉はそんな彼女の露わになった胸の先に舌をちろちろと這わせ、まるで反応を観察するかのように、視線を向けたまま荒々しく太ももを掴んで持ち上げ腰を激しく打ち付けた。




「ろくな呪術も使えん。任務もこなせへん」
「…っ」
「顔はべっぴんさんやけど、もっと自分の立場を理解した方がええ」
「は、い」
「ほら、どうしてほしい?」
「…ッ、」
「言えや。特別に許したる」
「、もっと、」
「もっと?」
「もっと、痛くして、ください」




 気持ちよくの間違いやろ、と、直哉は満足気に彼女の唇を食んだ。そのまま、直哉の唇が、喉元、鎖骨へと這っていく。




 高専で過ごしたあの日々は、つかの間の幸せだったのだ。そう。確かにそこに在ったけれど、私なんかが、居ても良い場所ではなかった。私なんかが、知るべき幸せではなかった。太陽の下で、誰かと過ごす時間を知ってしまった。温かな日差しを感じながら、誰かの隣で眠るぬくもりを知ってしまった。知ってしまったからこそ、過ちを犯した自分の醜さと、つかの間の幸せに縋ってしまった愚かさが憎らしい。
 声を出してはいけない。感じてはいけない。なまえはそう自分に暗示をかけるかのように、どんなに攻められても、声を発さず、奥歯を噛み、拒むことも求めることもせず、ただ直哉の熱を浴び続けていた。そんななまえに痺れを切らしたのか、直哉は胸の突起にカリッと爪を立てる。




「…っ…、!」
「考え事なんて、余裕やなぁ」
「、っ」
「悟君のこと、好きになってもうた?それとも、お友達の、夏油…なんやったけ。あと女の子もおったなぁ」
「ちが、います」
「他のことに気ぃ回しながら、どこまで我慢できるか、試してみよか」





 直哉は面白そうに笑いながら、どこからか小瓶を取り出してその液体を口に含む。そのまま直哉の唇からなまえの口内へどろりとした液体が流し込まれ、ぐ、と喉元を抑え込まれる。堪らずなまえがそれを飲み込めば、脳が甘く痺れていくような感覚が身体中を支配する。それは、彼女が何度も経験したことのあるものだった。




「…ふ、ッあ…」




 いっそう深いところを突かれ、堪らず声を漏らした彼女を見て、直哉は片方の口角をあげた。






「ほんまこの媚薬、即効性高いなぁ。」
「…っ、」
「気持ちええ?」
「…、ふ…」
「悟君にこの姿見せたら、どう思うんかなぁ」
「っ、あ…」
「それとも、夏油とかいう雑魚?随分、偽物の高校生活楽しんどったみたいやけど。君みたいな女が普通の生活送れると思わん方がええ」
「ッ…あぁ…っ」
「自分の母親を殺したくせに」




 荒く、融けるような吐息が響く部屋で、快楽か絶望か。まるで押し込めるようにしていた未来への執着が快楽と共に滲み出るかのように吐息を零すなまえをみて、直哉は目を細める。外から隔絶された小部屋の一角で、彼女だけを視界に映しながら、直哉は、満足げに笑うのだった。










 なまえはごく普通の家庭に生まれた。しかし、なまえの稀有な術式が開花したとき、何処からともなく、まるで人攫いかのように禪院家が彼女を連れ去った。それは、なまえが10歳のときだった。その瞬間から、彼女は両親から引き離され、禪院直哉の婚約者という名目で、禪院家の一部屋に軟禁され、呪術師としての教育を受けた。
 唾液、涙、粘液、血液、ありとあらゆる体液を採取され、対人間に対してなまえの術式がどれだけの強制力があるのか、任務という名の実験が繰り返され、最初は泣きながら抵抗していた彼女も、次第に目から光を失い、抵抗などしなくなっていった。同じ景色、同じ命令、同じことの繰り返し。一片の希望もないその繰り返される日々に、彼女は疲弊し切っていた。




「なまえ、おいで」
「…はい」




 彼女が15歳になった日。最後の確認、と言って、直哉がなまえを部屋から連れ出した。手を引かれて連れられた先には、冷たい石畳にぐったりと横になった状態で女が倒れていた。顔は見えないが、その細腕には針が刺さっており、輸血がされている。きっとあれは自分の血液だ、となまえは理解した。
 直哉の手がなまえの目を覆い、視界が遮られる。真っ暗な景色のなかで、まるで足元がぬかるんでいるかのように、視界がぐらりと揺れるような感覚に陥る。




「その女に死んでもらお、思て」
「…っ、」
「命じろ。簡単なことやろ」
「で、も」
「これで最後や」
「…さい、ご」
「よかったやん。今まで頑張ったもんなぁ」




 高らかな直哉の声が、なまえの脳内にこびり付くように響いた。嘘か本当か、そんなことすら判断できなくなっていた彼女は、ただ脳内で繰り返される直哉の「最後」という言葉に縋るように眉根を震わせる。なまえの唇が僅かに動き、「死んで」と吐き出すように囁いた。直哉の手がゆっくりと解かれ、なまえの視界にぼんやりと女の姿が見えた。その女は苦しそうに藻掻き、這うようになまえへ手を伸ばす。まるで何か月も食事など与えられていないような、ひどく骨張った腕だ。

 そこで、なまえはやっと気づいた。こちらを見上げているその女は、なまえの母親だということに。




「お、かあ、さん」
「今更気づいたん?」




 なまえは地面に膝をつき、母親が伸ばした手に顔を寄せる。




「…って、…る」




 微かに漏れ聞こえた声。




「呪って…や、る」




 それが禪院家に向けられた言葉だったのか、実の娘に向けられた言葉だったのか、誰にもわからない。なまえは目を逸らし、耳を塞いだ。目の前で息絶えた母親は、最期に呪いの言葉を吐いて、呪霊となった。変わり果てたその姿に、なまえの瞳からは、もう流れないと思っていた涙がぽろぽろと零れ落ちる。




「へえ。呪霊になってもうた。君にあげるわ、この場で祓ってやってもええけど」




 直哉は形のいい唇をゆるませ、膝をついて動かないなまえの後頭部へと片腕を回した。




「ほら、はやくせんと、食われる。どうすんの?」
「あ、…っう、」
「どうすんのって聞いてんねんけど」




 促されるままに、なまえは目の前の呪霊に、自身の呪力を流し込んだ。直哉は目の前の呪霊がなまえの使役対象となったことを確認すると、その手首に呪具を装着した。直哉は、まるで皮膚を剥がされるかのような初めての痛みに蹲るなまえの髪を撫で、頬に触れ、そうして唇を重ねる。押し広げるように舌先をなまえの口内に入れ、彼女が身に着けている服を一枚ずつ剥いていった。




 その日、なまえは初めて直哉に抱かれた。喉と唇を跨いで溢れたのは、掠れた呼吸だけだった。











(2023.12.01)









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