なきごと(泣き言) (及川)






「及川、どうしたの。顔、真っ青だけど」


 俺はあの時、どうかしていたんだ。白鳥沢に勝てないことへの焦り、天才の後輩への恐怖や嫉妬。何もかもがうまくいかない、自分は無価値だとまるで突きつけられているようで。誰でもいい、誰かに俺を必要として欲しくて、幼馴染の大切な彼女を利用したのだ。


「なまえちゃん、付き合ってよ」
「なに、急に」
「俺のこと好きになって」


 無意識のうちに溢れでたその言葉に、まるで奪うかのような接吻に、彼女はいったい何を感じたのだろう。幼馴染だった俺たちは男女の関係など感じさせないまま日々を過ごしていたのに、この日を境に俺たちは彼氏と彼女の関係になった。なまえちゃんは何も俺に聞かなかった。ただ傍で、いつも通り俺の隣に居てくれる。そんな安心感に甘えて、俺は彼女を傷付けた。優しくできなくてごめんねって、今でも謝りたくなる時がある。もう、何もかもが遅いけれど。




「及川、こんなところで、っ」


 夕暮れの誰もいない図書室で、どうしようもない不安が束の間でも消えてくれるのならと、そんな自分勝手な理由で彼女を抱いて、半ば強引に初めてを奪った。少しも濡れていない秘部に熱を持った自身を捻じ込めば、彼女は唇を噛み締める。


「痛みでも、なんでもいい。俺のこと感じて」
「っ、おい、かわ」
「俺だけを見て」
「、泣かないでよ」
「っ、なまえちゃん、ごめ、ん」


 彼女は蚊の鳴くような声で「ばか」と呟いた。俺はこんなことを望んでいたわけではない。いつも隣でふざける俺に、「及川ってほんとばかだなぁ」と笑いかける君が好きだったのに。目の前で震える彼女をそっと抱きしめて行為を止めれば「やめないでよ」と想定外の言葉が零れ落ちた。


「やめないで」
「でも、」
「及川のこと、もっと感じさせてよ」


 彼女は驚くほど穏やかな顔で「お願い」と言った。その柔らかい唇に口付けをして、舌と舌が熱く溶け合うように絡み合う。甘く痺れていく舌先を彼女の首筋から鎖骨へと這わせれば、なまえちゃんはぴくりと腰を跳ねさせた。再び自身をゆっくりと差し入れ、深いところまで押し込むように重く強く腰を打ちつける。頭の片隅ではひどく冷静な自分がいて、この道の先に待つのは幸福なんかではないとわかっている。だって、なまえちゃんは岩ちゃんが好きだから。ずっと傍にいて見ていればわかる。でも、もう戻れない。違う道に進むことなんてできないんだ。


「なまえちゃん、俺のこと好き?」


 差し出された手が俺の頭をくしゃり、と撫でる。その手はまるで君の心をかたどるように、柔らかく、そして冷え切っていた。いつのまにか溢れ落ちた涙を、なまえちゃんの華奢な指が拭う。俺はただ、彼女に執着していただけだ。そしてそんな俺を、彼女は理解した上で隣にいることを選んでいる。まるでこれ以上、俺が壊れてしまわないようにと願うかのように。


「好きだよ、及川」
「うん、なまえちゃん、大好きだよ、だいすき」


 これが恋じゃないことなんて、君はとっくに気づいていただろう。愛されたいわけでも愛したいわけでもなくて、ただそばに居てほしかっただけ。恋でも愛でもないものに、名前をつけてみたかったんだ。こんな俺でも、君の幸せを、祈るくらいは許されるだろうか。






(2022.12.10)
なきごと(泣き言)
泣いて言う言葉。また、嘆いて言う言葉
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